第七話 命がけのナンパ
カラオケ。
誰しもがそう呼称してはいるが、本来の言語用途としては少し違っている。
私達が共通認識している用途を正しく言語化するなら、正確にはカラオケボックスと呼称すべきではある。
しかし今は、そんな長年の略称が定着した経緯や意味なんてものはどうでもいい。
今問題となっている事は……
「2時間待ちとかないわぁ……」
仕事・学校終わりの夕方という時間帯を正直甘くみていた。
お前等そんなに暇か?他にやる事ないのか?
まぁ無いわな……
ド田舎とまでは言わないが、都会というわけでもない。
中途半端に物がなく、娯楽施設も色々と限られているこの町。
私達も、このその他大勢と同様に、他に時間潰す代案がなかったからこそのコノ場所なのだ。
しかし、時間潰しを求めて来た場所に入るための待ち時間は、いったいどう潰せばいいと言うのだろう?
「とりあえず予約だけはしといたけど……どうすっか?」
「帰るか……」
美咲の質問にはとりあえず即答してみた。
とは言っても、カラオケ行かないって事は、そのまま無条件で幸の魔法練習に付き合う流れになるわけで……
「ねーねー、もう帰っちゃうの?」
不意に後ろから聞こえてきた声に反応して、そちらを向く。
そこには馬鹿っぽい三人組の男が立っている。
「順番的に、ウチ等そろそろ呼ばれるんだけどさぁ、一緒にどうよ?」
うわぁ……美咲が馬鹿っぽい格好してるから簡単に釣れると思われてるなコレ
まぁこういうのは適当に無視でも……
「結構です。アナタ方だけで歌っていてください」
あ~あ……そういや、こういうの無視できない奴が一人いたわ……
こんなのは、無視し続けて、それでもしつこくきたら、最後に「うるせぇ!しつけぇと警察呼ぶぞ!」とか適当にキレとけば終わるのに……
会話にのっちゃうと「ちょっとは脈アリ?」とか「会話が成立するなら、そっからは話術で誘導しよう」とか思われて、あしらうのが面倒になるんだよなぁ……
「でもさぁ、今から2時間以上待つのとかきつくない?」
「何だったら、ウチ等三人、最初は歌わないで部屋の端っこでダベってるから、その間自由に歌ってもらっててもいいよ」
「男三人じゃ華がないからさぁ、可愛い子がいてくれた方が俺等も助かるんだよぉ、ねぇ人助けだと思って一緒にどう?」
「私達、歌う事にそこまで執着ありませんからお気になさらず。それにカラオケがダメならダメで、他にやる事もありますから」
「え~何、何?何やるの?」
「気になるなぁ、それってウチ等も一緒にやっていい?」
「ってか何だかんだ言って、俺等相手してくれてるあたり君すげぇ優しいよね?」
視線すら合わせない、私と美咲には目もくれず、ひたすら絡まれる幸。
自分で蒔いた種だ、自分で何とかしてくれ。
その間、少しでも時間潰しになるし。
「なぁ裕美。魔法でアイツ等追っ払ってくれよ」
美咲が小声で話しかけてくる。
「やだよ。私は魔王とか魔法少女とかちょっとでもバレる事は極力したくないんだよ。ってか美咲が変身して追っ払えばいいだろ?」
「やだよ。アタシだって魔法とかバラしたくないし。ていうかこの歳になると、魔法少女とか人前でやるのはハズいんだよ」
そりゃあ、いきなりコスプレ衣装みたいな格好で登場とか、普通に考えてやりたくないわな。
……いや待てよ、そういうの気にしなさそうなヤツを私は一人知っている気がする。
「ちょっと待て!!?」
私は不本意ながら、幸と愉快な仲間達の会話に割り込んでいく。
何故なら、今まさに変身アイテムに手をかけようとしている、怒りでコメカミがピクピクしている女が目の前にいたからだ。
「そうだぞ兄ちゃん達。その子の言う通り、ちょっと待った方がええで」
タイミング良く、すぐ横から声がかかる。
「さっきから見てたで、この子等嫌がってんちゃうんか?しつこすぎるとホンマ痛い目みるで」
そこには似非関西弁を使う魔族が立っていた。
私は咄嗟に手で顔を隠し、その魔族が魔王軍幹部でない事を確認し手を下ろす。
私の変身前の姿を知っているのは魔王軍幹部連中のみ、それ以外の一般魔族から私が魔王だという情報が出てくる心配はないからだ。
「すぐにこの場から離れて予定通りカラオケ楽しむか、抵抗してワシにボコボコにされんのどっちがええ?」
口調は普通な感じには聞こえるものの、三人組はたじろいで言葉につまる。
まぁこいつ等には気づかないだろうけど、この魔族威圧魔法纏って話しているから、三人組はよくわからないけどプレッシャーを受けている状態になっているのだろう。
ちなみに、同じ魔法を私がガチで使ったら、たぶん魔法抵抗力の無い一般人は、一瞬で失神して失禁するだろう。
「な……なんだよ。別に会話するくらいいいだろ?」
「せやな、お互いにええ気持ちで会話できてんのなら何も言わんけどな、そこの姉ちゃんかなり怒っとったで」
思ってもなく会話に巻き込まれて、困惑した表情で「え、はぁ……」とか適当な相づちを打っている幸。
たぶん、一番困惑している要因は『魔族の人助け』に巻き込まれている事だろう。
魔物は『悪』、魔法少女は『善』とか完全二分化してる思考持ちっぽかったんで、こういう表情になるだろうことは予想できてたけどね。
「魔族だって言ったって、あんた下っ端だろ?俺達をどうこうする権限なんてないだろ!」
お、一人怒りだしたな。
魔族のおっさん(?)は呆れたような表情でため息をつくと、足をゆっくりと少しだけ上げて、そのまますごい勢いで下におろす。
地響きのような音とともに、床に足の形で穴があく。
「下っ端いうても、魔力を扱えない人間と扱える魔族との、根本的な戦力差は理解しとるか?それに、こうやって床を壊しても、弁償しなくてええし、器物破損で捕まる事もない、魔族の特権がある事を忘れてへんか?」
そう、この場でこの魔族のおっさんが暴れて2・3人殺害したところで、自然災害と同様に扱われるだけで、おっさんが捕まる事はない。
つまるところ「はやくどっか行かねぇと、お前等を躊躇なく殺せるんだぞコッチは」という脅しである。
三人組は、舌打ちを小さくすると何も言わずにその場を離れていった。
「ありがとうおっちゃん、助かったよ」
すぐさま美咲が声をかける。
「ええねん、ええねん、仕事終わりにストレス発散しにカラオケ寄ってみたら、逆にストレス溜まる現場を見せられてついしゃしゃり出てもうただけやし。でも、おっちゃんってのは酷いなぁ、これでも人間でいうところの20歳前後くらいなんやけどなぁ」
「そうなん?ごめんごめん、魔族の見た目年齢よくわかんなくてさぁ」
美咲……騙されるなよ。
『人間でいうと20歳前後』って事は、実年齢は500歳前後で、超シニアだぞ。
「それじゃあワシはもう行くわ。あんま話し込んで、ワシがナンパ横取りしたみたいに思われんのは癪やしな」
「そっかぁ、でもほんと助かったよ、ありがとねお兄さん」
私と幸が何も反応しない分、美咲は念入りにお礼をしている。
500歳の爺さんは、そのまま受付で予約を入れるついでに、壊した床を弁償するような旨を伝えているような感じだった。
「何で……?魔族っていったら普通は人に迷惑かける側で……迷惑な人を追っ払って人助けとか、保険で対応できる床の修繕費を弁償したり……何がどうなって?」
そうだよね、普通は魔族のイメージって違うよね。まぁ全ては私の教育の賜物なんだけどね。
「そっかぁ、さっちゃんはコッチ来たばっかだから知らないのか。魔族って割と皆あんな感じだよ」
「皆!!?」
「うん、昔はたぶんさっちゃんのイメージに近い感じだったかもしれないけど、魔王の強権……いや狂犬政治かな?それが彼等をこんな善人集団に変えちゃったんだよ」
「えっ!?それってどういう……?」
美咲のその言い方だと、そう言いたくなるよね。
まぁ理由は単純……
最初のうちは、治安維持の名目で、魔族達をサーチ魔法で常に監視して、悪さをした奴は拷問に近い方法でいたぶりまくっていた。その結果悪さをする奴はかなり減ってきた。
次に、たまに悪さをした奴の証拠映像を残して、後々私の気分が悪い時のストレス発散サンドバッグとして利用するようになったところ、悪さをする奴がいなくなった。
最後に、『悪い事した奴』で私のサンドバッグ確保できなくなったため、『良い事をしなかった奴』というくくりで、適当にいちゃもんつけて、ストレス発散サンドバッグを手に入れるようにした結果が今である。
「つまり、清く正しい生活を送っていないと、いつ魔王から理不尽なクレームはいってサンドバッグにされるかわからないから、粗を出さないようになっちゃったのが今の魔族ってわけ」
美咲が、幸に丁寧に説明する。
「サンドバッグって……その程度で魔族がおとなしくなるのですか?」
「さっちゃん……魔王のサンドバッグ刑を甘くみちゃダメだって。一回でも体験したら、たぶんアタシ以上のトラウマ植え付けられると思うよ……聞きたい?」
「興味はあります」
「まずね、拘束魔法で身体の自由を奪われんの。しかも魔王の強大な魔力の籠った拘束魔法なもんで、解呪できない上に、身体の外だけじゃんくて内臓まで自由を奪われて、呼吸すらままならない状態で魔力込めたコブシで死ぬまでボッコボコに殴られて、死んだら即蘇生魔法で復活させられて、魔王がスッキリするまで、永遠とループが続くんよ、泣きながら、自由にできない口で何とか『もう殺して……』って言った魔族はその後3時間生き死にを繰り返したらしいよ」
美咲……それは丁寧に説明しなくてもいいぞ。
まるで私が極悪非道なゲス人間みたいに思われるじゃないか。
「美咲さん、やけに詳しいですけど……まさか美咲さんもサンドバッグに!?」
「いやアタシはなった事ないよ。経験した事ある魔族に詳しく聞かされた事あったから知ってるだけ」
たぶんヴィグルだな。
アイツも昔は性根の曲がった奴だったからなぁ
「それにしても私が思っていた魔族とはだいぶ違っていた事は事実ですね……」
「そうそう、だからもうほっといていんじゃね?アイツ等特に迷惑かけてるわけじゃないし」
私がフォロー入れるまでもなく、美咲が私の言いたい事を代弁してくれている。
まぁ最終的に私と対峙する恐怖をわかってる美咲の、ささやかな警告にも思えた。
「一考はしてみます。しかし、魔王の脅威だけは印象変わってませんので、魔族はひとまず置いといて、魔王だけは何とかしてみせます」
ダメだこいつわかってない。
「だから魔王だけはやめとけって言ってんのに……」
美咲もボソっとつぶやく。
「そうと決まればお二人とも、魔法の練習お願いします!」
ダメだこいつ……はやく何とかしないと……
※曜日設定ミスを修正しました。