第十七話 ハンデ戦
私の言葉と、ほぼ同時。
少しためらう素振りを見せたものの、幸は勢いよくサクラへと飛びかかる。
「サクラさん!逃げてください!!」
言動と行動が一致していないのは、はたから見ていて面白い。
サクラは、幸の言う通り、迎撃する事なく、襲い掛かってくる幸と一定の距離をとるように、運動場を右へ左へと逃げ回る。
たまに遠距離攻撃もしているようだったが、サクラの防壁にあっさりと弾かれていた。
まぁ、幸って遠距離攻撃魔法不得意だしな。
「幸さん!このままじゃアイツの思うつぼよ!何とかならない?」
逃げながらも幸へと声をかけるサクラ。
「頭では止まって欲しいって思ってるんですけど、体内にある魔力が私の体を勝手に動かしてるような感覚といいますか、何とも変な感じで、どうしたらいいのかまったくわかりません!!とりあえず逃げまわってください!頭は冷静なんで、何とか対処法を考えてみます!」
ああ、なるほどね。幸の体内にある魔力って元は私の魔力だしな。命令に逆らえない原理って、その辺が影響してるのかな?
「さすが裕美。随分とえげつない事するなぁ」
一人取り残された美咲が話しかけてくる。
「サクラちゃんがさっちゃんを絶対に攻撃しないってわかってて、一方的になぶり殺しにする作戦だろ?止めるにはアタシがさっちゃんを殺すしかない……どう転んでもアタシ達の1人は死ぬ」
何か美咲に、冷静に分析されてるけど、お前そういうキャラじゃなくね?
「さっちゃんがサクラちゃんを殺すにしても、アタシがさっちゃんを殺すにしても、結果的にはすげぇ後味が悪い結末しか残らない……よくもまぁそういうゲスい事思いつくな……」
うん、全然見当違いな事考えてるな……やっぱお前そういうキャラじゃないよ。キャラに合わない事やってっから私の考えが理解できねぇんだよ。まったく、何年親友やってんだよ……
私がその程度で済ませると思ってんのか?
「おいおい……他にも選択肢はあるだろ?幸がサクラを殺す前に、美咲が私を倒せばいいだろ?」
私を倒せる可能性は、ほぼ0だと思って選択肢に入れてないんだろうけどな。
「ああ、でも……私を殺すと、私の眷属な幸も一緒に消滅するから、私を生かさず殺さずな状態で止めておかないとならないけどな」
「難易度高ぇよ!!?」
ごもっとも。
「そもそも、アタシ一人で裕美倒せるんだったら苦労しねぇよ!自動防御と自動回復と反魔法をどう攻略しろって言うんだよ!!」
まぁそうだよな。その辺が、このゲームをクソゲー化してる要因なんだよな。……前にノゾミちゃんにメタクソに言われたもんな。
「それじゃあハンデをやるよ。少なくとも今のうちは、そのチート要素を使わないでいてやるよ」
「は?何言ってんだ?いや……だって……え?嘘だろ?どういう作戦だよ?アタシそういう駆け引き苦手なんだよ」
は?嘘だろ?お前、苦手なの駆け引きだけじゃないだろ……
「とりあえず証拠見せてやるよ。ほれ、何でもいいから攻撃してみろよ」
私がそう言うと、美咲はためらいながらも、いつもの、魔力で作った弓と矢を出してくる。
「いいんだな?本当にいいんだな?後から『何私に向かって攻撃してんだよ!?』とか言ってキレたりしないだろうな?そうなったら泣くぞ!アタシ本気で泣くからな!いいか?いいんだな?」
前置きなげぇよ。どんだけ予防線張りてぇんだよコイツ?
私がただ、黙って立っていると、何やら意を決したように、目を閉じ歯を食いしばって矢を放ってきた。
私は無言で、飛んできた魔力の矢を左手で弾く。
「思ってたより痛ぇなコレ……」
率直な感想を口にする。
「いや……そりゃあ、今までにないくらいに全力で魔力込めてたし……ってか何だよ?本当に何を考えてるんだよ!?怖ぇよ!マジで考えがわからなすぎて超怖ぇよ!!?」
ノーガード戦法なの警戒しすぎだろコイツ。
美咲は警戒心むき出しになって、一切動こうとしなくなってしまっていた。
まぁ、それならそれで別にいいけど……
とりあえず、その隙に、幸とサクラがどうなったのか気になったので、そちらに注意を向けてみる。
そこでは相変わらず、ピョンピョン跳ねて逃げ回るサクラと、それをピョンピョン追いかける幸がいた。
「幸さん!冷静に対応してください!裕美様に決して惑わされてはいけませんよ!!」
「主の命を遂行するのは当たり前の行為ではあるが、何とも不甲斐ないな小娘……存外、暗示にかかりやすいタイプなのかもしれんな」
どうやら、暇そうにしている外野二人からの野次が追加されているようだった。
ってかこの二人は何やら感づいてるみたいだな……種明かしをしないってのは、一応は中立って立場を守ってる感じか?
という事は、早めに行動しないと、私が仕込んだネタがバレる可能性もあるのかな?
私は再び美咲へと視線を戻す。
「こねぇならコッチから行くぞ美咲」
動こうとしない美咲を軽く煽ってみる。
「安心しろ美咲。1日1人って原則は守ってやる。うっかりお前が死んだりした場合は、幸への命令は取り消してやるよ」
そう言いながら、ゆっくりと美咲に近づいていく。
「うわぁぁぁ!!来んな!!コッチ来んな裕美!!」
物凄い形相で逃げ出す美咲。
ッチ!面倒臭ぇな……こんなところで、昔のトラウマ復活させんなよ。
「じゃあ選べ美咲!お前に選ばせてやる!……1、美咲が私に殺される。2、美咲が幸を殺す。3、幸がサクラを殺すまでお前が逃げまわる。何番がいい?」
美咲へと質問を投げかけながら、美咲が逃げた分、同じ距離をつめる。
私の言葉を聞いた美咲は、その場で立ち止まり、ゆっくりと私がいる方へと振り向く。
「やだ……どれもやだ……どれも選びたくない……」
その表情は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「……4番だ。アタシが裕美を止める!」
おお!?吹っ切れたな美咲。
何かすげぇ物語の主人公みたいな感じだな。昔、私が憧れた、今の私とは正反対な存在だ。
「ハンデはそのままで頼むぞ裕美……ちょっと痛ぇかもしれないけど、少しだけ我慢してくれよ!」
美咲はそう言うと、両手を上にあげると、一気に下へと振り下ろす。
その瞬間、上から押し付けられるような、下から引っ張られるような、そんな感覚になった。なるほど……反魔法で無効化しないで受ける重力魔法ってこんな感じなのか。でもな、ちょっと動きにくくなっただけで、私を拘束するにはまだ威力が足りてないぞ。
「くったばれ裕美ぃぃ!!」
重力魔法を発動したままの状態で、大量の魔力の矢を放ってきた。
美咲のヤツそうとう無理してんな。超短期決戦する気だな。この一瞬で、自分の魔力9割くらい消費してんだろ?
……でもな。
「甘ぇよ美咲……」
飛んできた矢は、一本残らず全て弾き飛ばす。
一本一本にとんでもない魔力を込めていたようで、弾いた手が痺れていた。
「無駄に長期戦狙って、何か打開策が思いつくのを待つっていう事なかれ主義的戦術を取らなかったのは褒めてやるけど、そのせいでもう魔力ほとんど残ってねぇだろ?もうちょっと残しといて、この後逃げ回ってれば、今回死ぬのは美咲じゃなかったのにな……」
「……言ったろ?裕美を止める、って。もう他の選択肢の事なんて考えてなかったっての……」
肩で息をしながら答える美咲。
すげぇな……本当に物語の主人公みたいだな。
「ご立派だな美咲。じゃあ私は遠慮なく、今回はお前を……」
その瞬間、突然左胸に激痛が走る。
「……なっ!?何が……!?」
視線を落とすと、背中から貫通するようにして、左胸に突き刺さっている雷槍が目に入った。
後ろへ視線を向けると、そこには、雷槍を放った体勢のまま固まっている幸と、その隣に立つサクラの姿があった。
「ど……どうやって……幸、私の……命令を?」
「あ……えっと、私の体内の魔力を一旦遮断するために、魔法少女に変身して、魔力核を別の物に……って、そうじゃなくて!!?何で!?何で裕美様!?反魔法は?自動防壁は!?」
そう言う幸の姿は、魔法少女の姿ではなく、いつもの通称『羽女』の姿だった。なるほどね……一旦魔力遮断すれば、命令も無効化されるのか。覚えておこう。
ってか……痛ぇな……もう、立ってるのもつらくなってきたな。
私はそのまま地面へと倒れこむ。
「裕美様!!?何で!!?ただ私は裕美様の注意を逸らそうと思って……何で無防備な状態になってたんですか!?」
叫びながら私の方へと駆け寄ってくる幸。
ああ、そうか……幸とサクラは追いかけっこに夢中になってて、私がノーガードになってるの気付いてなかったのか……
「……悪いな幸……私が死んだら……お前も道連れで消滅しちまうな……」
ああチクショウ……超痛ぇなコレ……
「縁起でもない事言わないでください裕美様!!……な、何で!?何で回復魔法が効果ないんですか!?」
必死になって回復魔法をかけてくる幸。
効果ないのは……そりゃあ色々と仕込んでたせいで……
「いいや……もう……何だ、その……疲れた……」
「やだ!!やだっ!!裕美様!お願いです!!気をしっかり持ってください!!」
幸の叫び声を聞きつつ、私はゆっくりと瞳を閉じた……




