第十六話 ゲーム開始
ビジネスホテルのカフェスペースにて、優雅に過ごすブレックファーストというのも悪くはないものである。
昨日は、最悪この町全部のビジネスホテルを回ってでも空室を探すつもりで意気込んでいたものの、一件目にて難なくチェックインする事ができた。
拍子抜けではあったが、クリスマスも過ぎたこの年末時期、別に観光名所も、初詣で有名な神社も無く、ましてや年末イベントが多く行われる都内からの距離は、ここを拠点に移動するにはちょっと遠い、といった町であるため、ホテルに空室があるのも、まぁ納得できる。
そんなわけで、9時までは、朝食用の軽食食べ放題が付いているこのホテルで、ステラちゃんと二人、まったりとくつろいでいるのであった。
「あの……いいのでしょうか?他の方達は皆、10分~20分程度で席を立っているのですが、ワタクシ達ここに座って2時間近くたちますけど……」
小心者だなステラちゃん。どうせ、もうすぐ9時だから、黙ってても移動するのに。まぁ店員からの視線はだいぶ痛いが、タダで食ってていいって言ったのはソッチなんだから文句はないだろ?ってか、私が魔王の姿をしてるから、文句言いたくても言えないのか?
「それに昨日、女神様の護衛をしている方達に、1日1回奇襲をかける、と仰っておりましたが、ここでゆっくりしていてもよろしいのですか?」
せっかちだなぁステラちゃん。
「大丈夫大丈夫。何時に行くとは言ってねぇから。むしろ何時くるかわからないで警戒し続ける方が、精神すり減るから、遅く行くにこした事はないんだよ」
それに、サーチ魔法で確認してみた感じ、何やら面白い事になってそうだしな……
「向こう陣営がサーチ魔法使って、私達の場所を探ろうとしても、今パッシブ状態でサーチに対する逆探知できる魔法使ってるから、探り入れに動いてもすぐに把握できるし、今のところ反応は無いから、場所の特定もされてないから、ステラちゃんの身も安全だ」
あと、ここはアイツ等がいる場所から20㎞強離れた場所である。美咲のサーチ魔法ですら、たしか半径10㎞までしか探れなかったハズなので、魔力が同程度の幸も、おそらく同じくらいだろうし、サクラは、最近サーチ魔法習得したらしいが、覚えたてのヤツが美咲以上の効果は発揮できないだろう。
そんなわけで、コチラから一方的に索敵できる現状、急いで行動する必要性は皆無なのだ。
「しかも、サーチ魔法が私を捕らえた瞬間に、逆探魔法に阻害魔力を自動的に流して、チャフをばらまいたみたいに、至る場所に私が数十人現れるような、サーチ魔法無力化プログラムも設置してあるから、何があっても問題ない!」
私が自慢げに話すと、ステラちゃんは感心したような表情をする。
「常人には理解すら及ばない程の魔法……さすがは裕美さんですね。破壊神と言われるだけの事はありますね」
「まだ何も破壊してねぇのに『破壊神』はやめてくれ……」
私の、魔法説明が意味不明だったなら「何言ってるかわけわからん」とか言ってくれればいいよ。褒めるための無駄な優しさはいらないよステラちゃん。
「まぁ、でもステラちゃんがどうしても、って言うなら、様子見程度に行ってみてもいいぞ。ちょっと試してみたい事もあるから、そのついでに」
そう言って私は、そっと目を閉じて魔法を発動する。
……
…
「うおっ!?裕美!?もっと遅い時間に来るのかと思ったのに、もう来たのかよ!!?くそ!予想が外れた!」
美咲の叫び声を合図に、私はそっと目を開ける。
目の前には、美咲・幸・サクラだけではなく、中二病さんを取り囲むようにして、ヴィグルやポチ、それと元四天王の面々が集まっていた。
まぁサーチ魔法でわかってはいたんだけどね。
「私以外の魔王軍総戦力って感じだな。ってかココって町で管理してる運動場だろ?ちゃんと使用許可取ってんのか?」
「ご心配なく。裕美様ではないので、きちんと正規の手続きを取らせていただいております」
全員を代表するようにヴィグルが答える。
「それにしても……私は一応、魔王なんだけどなぁ。魔王軍総出で反逆ってのは、ちょっと悲しくなるなぁ」
そんな事はまったく思ってないが、とりあえずは口にしておく。
「ご安心ください。裕美様に逆らう愚かさは身をもって実感しておりますので、今更反旗を翻すつもりはありませんよ。私はただ、裕美様を止める説得をしに来ただけです」
ホントかねぇ?
「ポチは?」
「我は裕美殿に逆らう気は毛頭ない。魔王軍としての立場上、はせ参じはしたが、我はこの場では中立でいるつもりだ。裕美殿を止める気も、煽る気もない」
腕試しに、戦いに参加するかとも思ったけど、予想以上に律儀だなコイツ。
「ポチ。中立の立場ってなら、戦い眺めてようが何してようが構わないから好きにしろ。それとヴィグル。これは私の暇つぶしのためのゲームなんだ。説得に応じる気はまったく無い。そのうえで、お前はどうするか勝手に決めてくれ」
とりあえず、二人に言いたい事は伝えておく。
「しかし、魔王軍として、そちらのエフィさんを保護すると決めた以上、途中で見捨てるというのはあまりにも不義理でしょう。魔王軍の名に傷がつきます」
「別に傷ついてもいいんじゃね?私にはそこまで魔王軍である事に誇りなんてないし。ヴィグルがソレを大事にしたいっていうのなら、中二病さんの魔力を早く戻すんだな。魔力が戻って元の世界に帰ったヤツを、私はわざわざ追ってはいかねぇぞ」
ついでに言うと、魔力が戻らない状態で、魔王軍側で世界間移動ゲート開いて、中二病さんを帰したところで、ステラちゃんが即追いかけてって、それでおしまいになるだけ。仮にステラちゃんが追えなかったとしても、おそらく向こうの世界にいる魔法少女の生き残り、もしくは新規の魔法少女が、中二病さんを討つだけで、中二病さんを魔王軍が見捨てた、という事に変わりはなくなる。
まぁヴィグルの事だから、その辺は理解しているからこそ、世界間移動ゲートで中二病さんだけを逃がす、って選択肢を選んでないんだろうけど……
「そんなわけで説明はお終いだ」
私は、美咲・幸・サクラに、順に視線を送る。
「さて……今日は誰を殺そうか?」
私のその一言で、3人は一瞬にして極限の緊張状態になったようだった。
3人の位置関係等も把握しながら、色々と品定めを行う。
再び過呼吸に陥っている中二病さんの息遣いだけが、町の運動場に響く。
そんな静寂を打ち破るように、私は口を開く。
「幸……」
名前を呼ばれた幸は、大きくビクッと体を震わせる。
「……命令だ。サクラを殺せ」
幸への無慈悲な命令が、静かに響いた。




