第十話 公園の主
冬休み初日の昼。
いくら真昼間とはいえ、暦上では冬である以上、寒いものは寒い。というか、風がキツイ。もう寒いというかむしろ痛い。
昨日のクリスマスパーティーの時に言われた、中二病さんのリハビリのため、魔王軍管理のマンションへと向かおうとした私達だったが、ヴィグルとポチが仕事忙しいらしく、部屋の鍵管理をしている余裕がない、という事と、中二病さんが外の空気を吸いたい、という事らしく、集合場所が学校近くの公園へと変更されたのだった。
つうか何が「外の空気吸いたい」だ?異世界人に吸わせる空気はねぇよ!魔王権限で、テメェにだけ空気税とか払わせてやろうか?何こんな寒ぃ場所に呼び出してんだよ?暖房効いてる部屋に入らせろよ!
「何か裕美様すごい不機嫌そうですね?」
「ほら、コイツ寒いの苦手だから。それでだろ」
美咲の言う事は半分正解だな。もう半分は、幸によって10分前行動を強要されたせいで、寒空の中無駄に待つハメになった事が原因だ。
「アレ?貴方達はこの前の……先日はお世話になりました」
突然声をかけられ、そちらを振り向くと、そこには数日前にノゾミちゃんちで飯を奢ったサクラ二号が立っていた。
っていうか、会ってからたった数日なのに何かヤツレてね?
「アナタはこの前の……こんな場所でどうしたんですか?」
面倒臭い事になりそうだったから無視したかったのだが、幸が反応してしまう。
「ああ、それはですね、この場所は無料で水が飲めるので重宝させていただいているんですよ」
え?馬鹿なのこの子?もしかしてこの数日本当に水だけで生活してたの?
美咲の方へと目をやると、私と同じ事を考えてるかのような表情をして若干引いているようだった。
「あの……このサンドイッチ、皆さんが小腹すいた時用に用意しといたんですけど……量がすくなくて申し訳ないんですけど、よかったら食べますか?」
幸はバックの中から弁当箱を取り出し、ふたを開けた状態でサクラ二号に差し出す。
「よ……よろしいのですか?」
サクラ二号は目を輝かせつつ、若干涙を潤ませながら、恐る恐るといった感じに手を伸ばす。
「もしかしてお前……あれから飯食ってないのか?っていうか、どこで寝泊まりしてんだ?」
とりあえず疑問に思った事を聞いてみる。
「はい、何とか水だけで生活をしてきました。どうしても空腹を我慢できない時は、少し雑草をかじったり、腹を殴って空腹をおさえたりしておりました」
減量中のボクサーかよ!?
「寝泊まりは、そこの木や植え込みの隙間で、段ボールや新聞紙にくるまりまがら寝ております。この世界は素晴らしいですね。段ボールは大き目なお店に行けば無料でいただけますし、新聞紙はその辺の入れ物に毎日補充していただけますし」
その辺の入れ物……ってただのゴミ箱じゃん!?何この子、寝るために毎日ゴミ箱漁りしてんの?時期的にサクラより過酷な状況になってんじゃん!?
「いったん自分の世界に帰る、って選択肢はないのか?」
何か前にサクラにもこんな質問したような気がするな……まぁ、何となく答えは想像できるんだけど……
「ワタクシの魔力では世界間移動の空間を開く事ができないのです。来る時は女神様が開けた空間を通ってきたのですが、もうその空間は閉じてしまいましたので……」
案の定、帰りたくても帰れないってわけね……やっぱコイツ、サクラ二号だな。
「あの……よかったら私の家に……」
「腹減ってんだろ?幸が食っていいって言ってるんだから、とっととそのサンドイッチ食っちまえよ」
幸の言葉を遮って、サクラ二号にサンドイッチを食べるように促す。
「馬鹿かお前は。何人ヒモを囲む気だよ?ちょっとは考えて口を開け」
小声で幸を注意する。こんな浮浪児を見つける度に家に住まわせてたらキリがなくなるって事を教えておかないと、そのうちとんでもない事になりそうだ。
「そうだよさっちゃん。せっかく魔王軍からもらってる給料が減っちゃうじゃんかよ」
いや、金の問題じゃねぇよ!?どんだけ俗物人間なんだよコイツは!?……まぁ私も人の事は言えないかもしれんけど。
「おいしい!おいしいです!!もう……もうダメかと思いました。ワタクシ……世界を移動してまで来たのに、何も成せないまま死んでしまうんじゃないかと……不安で……不安で……」
コソコソ話をしている私達を気にもとめずに、堰を切ったかのように大粒の涙を流しながら、弁当箱を抱えながらサンドイッチを食べながらむせび泣くサクラ二号。
やめてくれ……良心が痛くなる。
「裕美様!何と言われても、私やっぱりこの子を放っておくなんてできません!」
つられたように、目に涙をうかべ、もらい泣きしながら幸が叫ぶ。
あ~……うん、この流れはそんな発言するんじゃないかと思ったわ。
「あの!よかったら私の家に来ませんか?3人ですとちょっと狭いかもしれませんが、飢えと寒さは防げるハズですから!」
幸が叫ぶと、サクラ二号は目を丸くする。
「そのお言葉、凄くありがたいです。ですが、これ以上アナタのお世話になっても、ワタクシには返せるモノがありません……それに、アナタに甘えて堕落してしまっては、女神様を倒す事ができなくなってしまいそうなのです」
予想外な発言だな。ってかサクラに聞かせてやりたいなコレ。
「ワタクシの事を心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫です!女神様を倒すまでの辛抱ですから!」
健気な感じで言ってるから聞き流しそうになったけど、女神様倒しちゃったら空間移動魔法発動できる人いなくなって、結局帰れないままなんじゃね?まぁ、ツッコミ入れて話ややこしくしても面倒臭いから、そのまま受け流しとくけど……
「っていうかサーチ魔法は使えないの?……えっと、名前って聞いてたっけ?」
そういや名前聞いてなかったな、脳内でずっとサクラ二号で確定してたせいで、会話してて違和感とかまったく感じなかったわ。とりあえず美咲ナイスだ。
「ワタクシの名前はステラ……ステラ・トームスと申します」
サクラって名前をちょっと期待したんだけど、まぁそれはいくらなんでも無いわな。
「サーチ魔法は使えるのですが、ちょっと苦手でして、半径500m程度しか効果が……」
途中で話すのを止め、ステラは何かに気付いたかのように、大きく目を見開くと、突然後ろを振り返る。
「…………見つけました……女神様……」
無表情な状態で、小さくつぶやく。
その視線の先には、サクラと、サクラに付き添われて歩く中二病さんがいた。
「どっちの事を言ってると思う?」
美咲が小声でささやいてくる。
いや、どう考えても中二病さんの方だろ?何言ってんだコイツ?
「オッズは単勝で、サクラちゃん250倍、エフィ1.1倍なんだけど、どっちに賭ける?大穴が狙い目だぞ裕美」
大穴の倍率で釣って、私にサクラに賭けさせて「この賭けは私の勝ちだ~」ってやりたいんだろうけど、そんなのに引っかかるのは美咲くらいだろ?
「じゃあエフィに1億、サクラに44万ほど賭けさせてくれ。どっちがきても私の手元に1億1000万くる事になるから、ちゃんと金用意しとけよ」
「ふぁ!!?」
それどっから声出してんだよ?
賭けのからくりを理解しないで、適当に思いついた事言ってるからこうなるんだよ。まぁ高い授業料だろうけど、いい勉強になっただろうからいいだろ?
「裕美……この賭けは不正が発覚したため中止になったみたいなんだ……かけ金は返金するからなかった事にしといてくれ」
舐めてんのか?不正して逃げようとしてんのはテメェだろうが!




