第五話 魔王の家庭生活
「なるほど……それで誤魔化しきれたという事は、そのサチという少女も頭がちょっとアレなのかもしれませんね」
今日学校に来た転校生について話した後の、開口一番のヴィグルのセリフがこれである。
サチという少女『も』って部分がちょっと引っかかる気がするが、その部分はあえて無視する。
「私の演技力の賜物だっての!咄嗟に出た名誉魔族って単語すごくない?」
「働かないで学校通ってる眷属なんていませんよ。魔族含めて『働かざる者食うべからず』と決めたのは裕美様ではないですか?」
たしかに、魔王の私が普通の暮らしをしているのに、我が物顔で好き放題生活してる魔族に腹を立てて、そんな事言った気がする……
「しかも中々就職できない者をボコボコに殴って『何自分がやりたい仕事ばっか選んで面接受けてんの?仕事なんて選ばなきゃいくらでもあんだろ?高望みしてねぇで身の丈にあった仕事探せよ!』とか言ってませんでしたか?」
あ、うん、覚えてるソレ。
ちょっと嫌な事があってムシャクシャしてたから、サンドバック探してた時のやつだ。
「眷属だとか嘘つく余裕があるんでしたら、本来ご自分がやるべき業務を少しでもやっていただけると、私としては助かるのですが」
「ああ、無理無理。私頭そんなによくないし。そういう実務的なのは今後もよろしくね」
小言と嫌味は毎度の事なんで軽く流す。
「まったく……少しは私の苦労も考えていただきたいのですが。それはそうと裕美様、母上殿からの伝言で、夕食ができたので至急ダイニングまで来るように、との事です」
『至急』ってなら、まずそれを言えよ!?
「へぇへぇ、今行きますよ~、ヴィグルは?もう先食べた?」
「いえ、私も御一緒致します」
二人して、二階にある私の部屋から、一階の台所へと向かう。
既に食事を終えているのかオヤジはリビングで寝転んでテレビを眺めている。
おかんも食べ終わっているようで、食器を片付けはじめていた。
「悪いわねヴィグルさん。変なお使い頼んじゃって」
「いえいえ構いませんよ。いつもお世話になっているのですし、むしろこれくらいの事はさせていただかなくては、後で私が魔王様に怒られてしまいます」
基本的に魔族が住んでいるのは、人間の家だ。
魔族は気に入った家があれば、そこに居候できるという新しい法律が、政府から3年前に施行されている。
『絶対に迷惑かけんなよ』と魔族を脅したうえで、私が作ったルールの一つである。それをヴィグルに伝えて全世界に浸透させた。
まぁアレだ。
家に野良猫がやってきたら、飯と寝る場所だけ提供してやってくれ。
ってだけの、今までの人間社会の生活を極力崩す事なく魔物をすんなり社会に溶け込ませるために考えたのだ。
「それとご主人。忘れる前に今月の生活費を受け取ってください」
「また30万も!?さすがに食事と寝床を提供してるだけで、この金額は多いと毎回……」
「私の気持ちです。心配せずとも、自分で必要な額は別口で取ってありますからそのままお納めください」
まぁこんな感じで、ヴィグルみたいに家賃代わり働いた賃金の一部を収めてるやつもいる。
なかには、アパートやマンションを借りてるやつもいるもいるが、魔族が賃貸に手を出すと、人間のそれよりも提出すべき書類が多く、そういった事のしわ寄せが全てヴィグルの業務へとまわってくる。
そのため、ヴィグルはあまり賃貸許可を出さなかったりしている。
「でも、これだけの金額をパッと出せるって事はヴィグルさん結構偉い人?」
「人ではないですが、そうですね。権力でいえば私の上には今のところ魔王様しかいませんね。それが何か?」
また変な事を言い出しそうなおかんの質問にヴィグルが答える。
「何とか裕美を名誉魔族にしてもらえないかしら?」
いきなり何を言い出すんだこのおかん?
「ほら、この子、口も性格も悪ければ顔も悪いでしょ?嫁の貰い手ないじゃない?」
顔面レベルの低さは、親の遺伝子のせいだと思いますが?
「だからといって頭が良いわけでもないから、将来的に就職するのは難しそうじゃない?このままいったらニートまっしぐらよ?」
「なるほど、それで最悪働かなくても生きていけるようにして欲しい、という事でしょうか?」
いやいや、もう少し我が子を信用しろよ!
「そう頼まれると眷属にしてあげたいと思うのですが、残念ながら眷属にするには、厳しい審査をくぐりぬいた上で、最終的には魔王様の許可が下りなければダメなのです」
「そうなの?魔王って人は頭固いわねぇ」
その頭固いのアンタの娘だよ。
「それに、そこまで心配せずとも大丈夫ですよ。裕美様は勉強は苦手かもしれませんが、基本能力はありますから、職にあぶれる事はないと思いますよ」
嫁の貰い手無いって方のフォローは無しかい!
「おそらくですが裕美様は、人の上に立つ事で能力が発揮できるタイプだと私は推測しております」
まぁ今、実際に魔王軍のトップではあるけど……
「はははっ!ヴィグルさん、お世辞でもこの子を高評価してくれてありがとね。でも、さすがにこの子が上に立って権力握ったら、その会社潰れるわよ」
いやいやいやいや、おそらくだけど、今全世界で一番権力持ってんの私だと思うよ。
世界が潰れるってやばくない?
「はいはい、ご馳走様。んじゃ私は部屋戻るんで、あとよろしく」
「あら?もう食べ終わったの?」
あんた等がくだらないやり取るしてる間に終わってるっての。
「ダラダラ食いは好きじゃないんでね。それに目の前で私の悪口合戦されて、今とても心が痛んでるから早く部屋に戻って一人涙したいんでね」
「心臓から毛、どころじゃなくて針金でも生えてるような強ハートのアンタが心痛めるわけないでしょ?くだらない事言ってないでちゃんと勉強してなさいよ」
ひどい言われようだ。ほんとに泣くぞ。
自分の部屋に戻りつつ、今日の事を振り返る。
厄介な魔法少女が現れたもんだ……
実力よりも性格が、だけど……
ああいうの相手してるとストレスたまるんだよなぁ……
そして、明日どう行動するかを思考する。
………
……
…
「よし!その辺にいる魔族に適当な言い掛かりつけてボコボコにしてストレス発散しよう!」