第二十七話 馬鹿一名追加
クーラーボックスの中身。
それは、大量の保冷剤と大量の業務用氷。
そして、中心には口がしっかりと閉じられたビニール袋。
そのビニール袋の中に入っていたのは、右手首。
そう、切断された夜に、ノゾミちゃんが口にくわえて持っていった、ノゾミちゃんの右手だった。
「怖っ!?何でノゾミちゃん手首なんて厳重保管してんの?」
後ろから覗き込みながら美咲が驚きの声をあげる。
そりゃあ回復魔法でくっつかなかったからって、おいそれと捨てられないだろ。
ただ、この状況は僥倖だ。
手首しかないとはいえ、今現在、唯一この世に残ったノゾミちゃんの一部だ。
手首をビニール袋から取り出すと、私はダメもとで蘇生魔法を使ってみる。
青白く冷たかった手首は、ほんのりと赤みを帯び、若干体温が戻る。
……って手首だけ生き返ってどうすんだよ!?
知らなかった。蘇生魔法って生命としての機能を停止してれば、部位だけにも効果あるんだな。
いや、まぁ普通そんなパターンないだろうから知ったところで意味はあまりないだろうけど。
「え?ナニコレ?生きてんの?この手首?」
いちいち反応する美咲。
正直鬱陶しい。
「この手首に名前つけるなら、ミギーとマドハンドどっちがいいと思う?アタシ的には……」
「どっちもアウトだよ!!?そもそも手首だけで独立して動けねぇから!ってかちょっとは黙って見てろ!」
いい加減ツッコミを入れる。
美咲を黙らせたところで、次は再生魔法をかけてみる。
すると、手首を起点にして、じわじわと腕が再生し、肩・胸・左腕と生えるようにして再生していく。
「お……おお~!?」
黙ってろと言っといたのに、さっそく後ろで歓声をあげる美咲。
まぁ気持ちはわかるけどな。
私も今、内心叫びだしたいくらいである。
もしかしたら、手首だけでも蘇生できたのが功を奏したのかもしれない。
再生魔法は体が記憶している情報をもとにして効果を及ぼすから、死んだままの状態だと記憶情報を引き出せなかったかもしれない。
それを考えると、使う魔法が逆だった場合、再生魔法は効果がなく、その後で蘇生魔法で手首を生き返らせても、もう一度再生魔法を使ってみようとは思わなかっただろう。
そうこう考えてるうちに、ノゾミちゃんの体は完全に再生される。
呼吸がある事を確認し、念のため回復魔法をかけてみる。
「ん?アレ?ここ……私の部屋?……右手!?ある?何で……って何で私裸なんスか!?」
自分に何が起きたのか理解できないのか、ひたすら叫び声をあげるノゾミちゃん。
「着やせするタイプだったのかよ……アタシよりオッパイでけぇし……くそっ!騙された」
私の後ろからは、ものすごい恨みの呟きが聞こえる。
「だから、同年代でお前より小さいオッパイ探す方が難しいっての。安心しろ美咲。陰部はお前の方が剛毛だから」
「嬉しくねぇよ!今の発言のどこに安心する要素があったんだよ!?ってか何度も言ってるけど、私の裸体を裕美に見せた事は……」
「なっ!!?魔王!!?」
私達の存在に今まで気付いてなかったのか、美咲の歓喜の叫びを聞いて驚きの声をあげる。
「え……?魔王と……もう一人の方もテレビで見た事があるッス……んん?魔王が……二人?」
何やら訳の分からない発言をするノゾミちゃん。
「ど……どっちが本物の魔王なんスか……!?」
私は自分を指差し、美咲は私を指差す。
「今まで戦ってた魔王は偽物だったんスか?まさかアノ羽女が言ってたのは事実だったって事ッスか?じゃあ、私を死ぬよりヒドイ目にあわせに来るって言ってたのも……」
幸……ノゾミちゃんに何言った?
まぁそれはともかく、ノゾミちゃんのこの発言。もしかして……
「勝手に一人で盛り上げってるとこ悪いんだが、さっきこの部屋で目が覚める前の最後の記憶って何だ?」
「その声……すごい聞き覚えがあるッス……私が苦戦する戦いをする時たいてい近くにいた名誉魔族……ずっと下っ端魔族のフリをして、観察してたってわけッスか?馬鹿にするのも大概にしてほしいッスね」
「ああ……うん……そのセリフもう既に聞いたわ。そんな事はどうでもいいから私の質問に答えろ」
ノゾミちゃんは若干納得いかなさそうな表情をする。
「……名誉魔族のオジサンと戦ってたッス。伏兵に気付かずに右手を切られて……そっから先どうなったのかの記憶がないッス」
やっぱりそうか。
そこで本体から切り離された右手から今のノゾミちゃんを再生させたから、記憶もその時の状態で止まってたって事か。
「あ~……何だ……とりあえず、今はその記憶から3日ほど経過してる。それとお前は二人目だ。ノゾミちゃん本体はこの世から消滅してる」
「……は?……何を言ってるんスか!?」
状況を理解できていないノゾミちゃんに、これまでの経緯を説明する。
警戒心の強いノゾミちゃんの事だから、私が話す内容を信じないかとも思ったが、親父さんの腕が再生したって事を話したとたんに、裸のまま走り出し、厨房の様子を見て帰ってくると、目に涙を浮かべつつ「アンタの言う事を信じるッス」と一言もらしていた。
「今のノゾミちゃんに言うのも何だけど、悪かったな……再生魔法を最初から私が親父さんに使ってればこんな事にはならなかっただろうしな」
「いや……いいんスよ。私でも……いや、私だからわかるんス。父さんの腕を治せる魔法があるなら、他の人に頼らずに、私自身の手で使ってやりたいって思うッスから」
ああ……ノゾミちゃんは良い子だなぁ……
「裕美が素直に謝罪の言葉を……?」とか驚愕の表情を浮かべてる馬鹿にも見習ってほしいもんだ。
「それと私の再生魔法が完璧じゃなかったせいか、貧相な体で復活させちゃって悪かったな」
「こ……この体型は自前ッス!!?」
裸だった事をすっかり忘れていたのか、ベットのシーツを引き取り、体に巻き付ける。
「わかったわかった。じゃあその可哀そうなオッパイ隠すために早く着替えて来い」
ノゾミちゃんは恨めしそうな表情で部屋の片隅に移動すると、コソコソと着替え始める。
「おい……その可哀そうなオッパイよりさらに貧相なアタシは何なんだよ?」
「ん?その分乳首がどす黒いから問題ないんじゃね?」
「問題しかねぇよ!?ってか、妄想の中のアタシにさらに変な設定加えるのやめてくれよ!!」
うるせぇな。近所迷惑だろ。もう少し叫ぶ音量抑えろよ。
「えええぇぇぇ~~!!?」
「って何なんだよ!?お前等二人ともうるせぇよ!!」
って私もか。
……で?何でノゾミちゃんはいきなり叫びだしたんだ?
「あの……?何で私、変身した時の容姿なんスか?ってかどう頑張っても変身解除できねぇんスけど?」
鏡を見ながら固まっているノゾミちゃん。
言われてみれば確かにそうだ。
あまりにも変身後の姿を見慣れてたせいで、まったく違和感なかったわ。
変身前のノゾミちゃんは、茶色がかったショートヘアだが、今は銀髪のセミロング。瞳の色は金色になっている。
「ああ、アレじゃね?切断された右腕が、その時の肉体情報を記憶してたから、その状態で再生されたんじゃね?」
「えっと……髪は切って染めれば誤魔化せるんじゃね?瞳は……カラコン入れとけば大丈夫じゃない?」
私と美咲で『所詮は他人事』発言をする。
「え?嘘ッスよね?私この先ずっと地毛銀髪に金色の目ですごすんスか……?」
鏡を凝視したまま、動かずに冷や汗を流すノゾミちゃん。
「ん?ノゾミちゃんその格好のおかげか魔力あるじゃん。だったら名誉魔族になったって言って誤魔化せばいいんじゃね?」
サーチ魔法で確認したノゾミちゃんは魔力をもっていた。
「……そんな……他人事だと思って無責任な発言しないでほしいッス……」
いや、だって他人事だし。
「でもなぁ~ここで力になってやっても、また『マオウコロス』とか言ってケンカ売ってくるんだろ?そんなヤツの頼みは聞けないなぁ」
「何で片言なんスか!?ってかもうケンカ売るのやめるッス!父さんの腕治してくれた人をもう悪く言ったりしねぇッスから!」
まぁその父さんの腕切ったのも魔王軍だから、完全なマッチポンプなんだが、ノゾミちゃんが納得してるならいいかな?
「じゃあ今から私の魔力注ぎ込んで、本物の名誉魔族にしてやる。それで問題解決だ」
「それ本末転倒ッス!!」
わがままなヤツだな。
「だったら、自前の魔力があるんだから、変身魔法とか編み出せばいいじゃねぇかよ」
目を見開くノゾミちゃん。
「……天才の発想ッスね」
コイツも美咲や幸と一緒で馬鹿の一員かよ!?
ってか魔法少女ってバカ率多くね?




