第二十六話 美咲の耳に念仏
「希美は……もう……」
店の営業時間外を狙って、ノゾミちゃんの消失現場を調べに来た私に、ノゾミちゃんの母親が泣きだしそうな声で訪ねてくる。
ノゾミちゃんが消えてから2日がたっているものの、どうすればノゾミちゃんを復活させられるかの検討がまったくつけられずにいた。
ノゾミちゃんの母親も、人間たった2日でこんなにやつれるのか、というほどに生気がなくなっている。
「そこから先はまだ口に出さない方がいいですよ。希望を捨てたら何もかもお終いですから」
ある意味、私自身にあてた言葉でもあるかもしれない発言をする。
「私も信じたいです……でも……あの子は私達の目の前で消えて、いまだに帰ってこない……それに、この2日間、魔王様がこれだけ探しているのに……」
まぁそうだよな、ノゾミちゃん両親の目の前で消えちゃってるしな。
ただの行方不明状態とは違ってる分、絶望具合が大きいんだろうな。
「この世には異世界ってのが存在します。何かの拍子で次元のズレが生じた場合、そちらに引っ張られる事もあるんです。今私がやってるのは、無数にある異世界に干渉してノゾミちゃんの反応を探ってるんです。この作業はそう簡単に済むものじゃないので、もう少し希望を捨てずにいてください」
うん、もちろん嘘なんだけどね。
こうでも言わないと、ノゾミちゃんの母ちゃんリストカットでもしちゃいそうで見てられないっていうか何というか……
「……はい……希美を……よろしくお願いします……」
ノゾミちゃんの母ちゃんは、それだけをつぶやくと、黙って私の動作を眺めていた。
うう……すげぇやりにくい。
ってか空気が重い。
「スミマセン。この後仕事上で人と会う約束があるのでいったん席を外しますが、また来ます」
別に黙って出て行ってもよかったのだけど、何かいたたまれなくて、私は言い訳っぽい嘘をついて、これ見よがしに転移魔法を発動する。
転移先は別に決まってないけど……どうすっかな?
「うわっ!?いきなりなんだ!!?裕美?変身状態で突然何なんだよ!?」
とりあえず美咲の部屋に転移してみた。
美咲は相変わらず変身した格好でベットに横たわっていた。
傍らに大量の漫画本が積まれてるので、だいぶリラックスしていたとみられる。
「おお、よかったよかった。アポなしで転移してきたからオナニー中じゃないか心配してたんだよ」
「いきなり現れて即下ネタかよ!?アタシを何だと思ってるんだよ?」
ベットから起き上がり、さっそくクレームをつけてくる。
「大丈夫だって、股に常に何か入れてないと落ち着かないっていう性癖を他人にバラしたりしねぇから安心してオナってろ」
「してなくてよかった、とか言ったのに、してた方がよかったのかよ!?もう裕美がアタシに何を求めてんのか意味不明なんだけど」
いいなぁ~……こういう、ちょっと何か言うと常にツッコミが入るの。
さっきまでの重い空気で滅入ってる気持ちが和むわぁ……
「とりあえずスッキリしたから帰るわ」
「オイっ!!?せめていきなり来た理由と状況を説明してから帰れ!このまま帰られたら気持ち悪い」
「うん、面白いから気持ち悪いままでいていいぞ」
「ふっざけんなよ!」
適当にからかっている私に掴みかかろうとする美咲。
……でもな、よく考えて行動しろ?
最近見慣れてるせいで気にならなくなってるのかもしれないけど、私変身中なんだぞ。
魔力すら纏わない通常物理攻撃なんてしたら、変身前より何十倍も強化されてる自動防壁が……
「いってぇぇ~~!!?」
だから言ったのに……いや、口に出して言ってはないか。
「何だよ今のは!?ちょっと首しめてやろうとしただけなのに、めちゃくちゃ弾かれたぞ!?肩脱臼するかと思ったぞ!?」
「そりゃあ相手の敵意にも反応してる防壁だからな。よかったな、全力で殴りかかってきてたらコブシが潰れて手首がもげてたかもな」
「えげつねぇな……そういや手首もげるといえば、例のノゾミちゃんどうなったんだ?恨まれてる理由わかったか?」
うっ……せっかくリラックスできてたのに思い出しちまったじゃないか……
ってか、コイツにはまだ色々と話してなかったか。
「いや……実は色々あってだな……」
私は美咲にこれまでの経緯を説明する。
もちろん、美咲のおつむでも理解できるように色々とかいつまみながらだけど。
「……やべぇじゃん」
そりゃやべぇよ!ってか長々と説明させといて、それしかコメント出てこねぇ方がやべぇよ!
「何とかノゾミちゃんを助けられそうな方法とか魔法の案は何か思いつくか?」
藁にもすがる思いで美咲に尋ねてみる。
「既存の魔法は効果ないんだろ?じゃあもう新しい魔法作るしかなくねぇ?」
「だよなぁ……やっぱそう思うだろ。私が今悩んでるのは、どういう術式を組んだ、どういう効果の魔法ならノゾミちゃんを復活させらるかなんだよ」
ノゾミちゃんの影も形も残ってない状態では、回復魔法も再生魔法も蘇生魔法も効果が無い。
だからといって、影も形も残ってない物体に、どうやって魔法を使えば効果が得られるってんだよ!?
「じゃあ『創造魔法』とかはどうだ?裕美がノゾミちゃんを一から創っちゃえばいいんじゃね?」
無茶言うなや!!!?
私に人体の神秘を解明しろと!?
ってか、消える前のノゾミちゃんの脳の状態ですら再現できねぇよ!
「えっと……神を冒涜する行為はNGで……」
馬鹿に説明は面倒臭いんで、適当に答えておく。
「いい案だと思ったんだけどなぁ~」
本気で言ってんのかコイツ?
「……………………」
特に会話もなく、お互いに考え込む。
頭空っぽな適当な意見をガンガン言ってくると思った美咲も珍しく考え込んでいる。
さすがに能天気な美咲でも、ポジティブな案はでないようだった。
「あ~~!もう!ここで考え込んでても話になんねぇよ!」
突然美咲が叫びだす。
ついに頭イカレたか?……元からか?
「裕美!ノゾミちゃんち行くぞ!ノゾミちゃんがいた空間を共有すれば、何か思いつくかもしれないぞ!とりあえずノゾミちゃんの部屋だ!!」
すまん……理屈がまったく理解できない。
「何を口半開きになってんだよ裕美!ほら!早く行くぞ!!」
「お……おう」
美咲の勢いに気圧されて、美咲の手を掴み、一緒にノゾミちゃんの部屋に転移する。
ノゾミちゃんの両親は、昼の部から夜の部の間の休憩時間を終えて、既に店に出ているようだった。
まぁ私はともかく、美咲はただの不法侵入だから、好都合っちゃ好都合だったな。
「んで?ノゾミちゃんの部屋に来たけど、どうすんだ?」
「ん~~……とりあえず、部屋の中を色々と見てまわろう」
やる事はただの空き巣じゃねぇかよ!?
やっぱ勢いだけで、そこまで深く考えてなかっただろコイツ。
「ほ……ほら、裕美も色々とノゾミちゃんと意識を共有するためにアレで、えっと……とにかく色々調べよろよ!」
何かよくわからない発言をして、小物入れを漁りだす美咲。
後に引けなくなってテンパってるのはわかったから、せめて喋る時は何を話すか考えてから口に出してくれ。あと、やってる事完全に犯罪者だぞ。
私は、とりあえず美咲に合わせるように、何気なしにクローゼットを開く。
「……ん?」
そこには、明らかに違和感たっぷりに、奥の方に隠すように置かれたクーラーボックスがあった。
「何だコレ?」
私はクーラーボックスを引っ張り出し、ふたを開けてみた。
「……あっ!!」
まさか美咲の意見に従ったのが功を奏するとは夢にも思わなかった。
まぁ当の本人は、冷や汗かきながら視線が定まらない状態でノゾミちゃんの部屋を物色してるけどな。
どっから見ても立派な犯罪者だぞ美咲。
考え無しに行動したら、自分の過ちを認めて素直に謝罪する事も学んだ方がいいぞ美咲。
でも、本人は無自覚だが、今回はグッジョブだ美咲。




