第四話 ケーキ屋での一幕
気まずい……
どうしてこうなった……
放課後、ケーキ屋ドゥースのテラス席で、無言でケーキを食べている三人。
いや、無言ってわけではないか……「やっぱうめぇなぁ~」と空気を読んでない馬鹿が若干一名存在している。
そして、その馬鹿に向かって殺気を放っているのが一名。
と、いうか気のせいじゃなければ、殺気が私にまで向いてる気がする。
私の分のケーキまで奢らされたからか?
ってかそんなにウチ等が嫌いなら何でついて来た?誘い断れよ!?
「そういや幸ちゃんさ、魔王がどうこうって言ってたけど……」
美咲がそう口を開いた瞬間だった。
幸は右手に持っていたケーキ用の銀のフォークを、左手の逆手に持ち替え、左の席で食べていた私の顔目掛けて全力で刺しにきた。
油断さえしてなければ、咄嗟にでもかわせる攻撃だった。
でもしょうがないだろ?ちょっとくらい油断だってするさ。
こんな公衆の面前で、教室で隣の席に座ってるやつが、傷害事件起こそうとしてるなんて夢にも思わないだろ?
私はうっかり受けてしまった。
一定以上の衝撃に対して自動的に発動する防壁魔法で……
私の眼球に刺さる予定だったフォークは先端が曲がった状態で幸の左手に収まっている。
そして、傷害未遂事件を起こした当人は、何故かこの3人の中で一番驚いた表情をしていた。
いやなめてんのかコイツ?
「頭狂ってんのかオマエは!?今の普通なら失明コースだぞオイ!?」
私はすぐさま幸の胸ぐらをつかむ。
「いや……ちがっ……これは……えっと……?」
かなり混乱してるようだ。
とりあえず、混乱しながら喋った幸の言い訳はこうだ……
いまだ美咲を魔王だと思い込んでいる幸は、美咲の親友と思われる私にケガを負わせた上で人質として、美咲を変身させる事なく倒してしまおうとしたらしい。
ケガさせる事なく人質にすると『抵抗すると親友がひどい目にあうぞ』の脅し文句がブラフだと思われてしまいそうだから。それと人質自身が抵抗してくる事を考慮して、先におとなしくさせておこう、という考えかららしい。
もちろん事が済んだら回復魔法で後遺症すらまったく残らないように治療するつもりだった。ってのも付け加えていた。
一般人を巻き込む行為は極力したくなかったけれど、とても太刀打ちできない魔王を倒すためには仕方ない、と一大決心で行動に移したら、予想外の結果になってしまい、どうしていいか戸惑ってしまった……ってな事らしい。
「裕美さん……何者なんですかアナタ?変身もしてないのに魔法を……」
「何って?だってコイツ魔……」
「だって私『名誉魔族』だから!」
余計な事を喋ろうとしていた美咲を遮って、咄嗟に嘘を言った。
名誉魔族ってのは、ようは人間でありながら魔族に魔力を分け与えてもらう事によって、その魔族の眷属になった人間の事である。
こうなった人間は、人として今まで通りの生活をしつつも、何か犯罪的な事を犯しても、魔族と同じように災害認定してもらえるという特権が得られる。
デメリットとしては……
その1、魔力を与えてくれた魔族には絶対服従である事。
まぁ魔力によって繋がってる時点で、逆らいたくても逆らえない上下関係明白な契約になってるんだけどね。ついでにいうと、魔力を与えた魔族が死ぬと、一緒になって消滅したりもする。
その2、見た目が変化して、人間らしさがなくなる事。
元々魔力抵抗値が低いのが人間なんで、体の許容量を超えて魔力が入り込んできた時点で、体に異変が起きる。まぁ送られてきた魔力を溜めておけるように体が作り変えられるのである。
尻尾が生えたり、角が生えたり、羽が生えてきたりetc……それでも限界を超えた場合は爆散するらしいので注意が必要だったりする。
ちなみに、魔法少女の変身も、瞬間的に魔力を扱うために、この辺の原理が応用されている。
本来なら、一度変化した体は戻らないものなのだが、戻すのを可能にするため架空の魔力貯蔵スペースを体に作ってなんちゃらかんちゃら、と昔ヴィグルや浮遊狐から聞いたんだけど、難しい話はまったくわからなかったので、とりあえずは不思議な事が起こってる。くらいの考えでいる。
まぁ閑話休題……
それと最後にもう一つ、重要なデメリットは特権使って好き放題暴れた時点で、私の制裁が入るようになるって事だろうか?
ちなみに私が、変身しないで魔法が使えるのは、変身後の自分の魔力を、変身前の自分へと送ったからである。
魔族は魔力を人に送る事で、眷属を作る事ができる。という話をヴィグルに聞いた時に自分で試してみたのである。
見た目が変わらないギリギリを計算しながら、自分の変身前の魔力許容量を信じてみた結果
たぶん、幸あたりが変身しても普通に倒せるくらいの魔力は生身の状態でも手に入れたのだ。
もちろん、魔力の供給者が死ぬと、共倒れになるというデメリットがあるので、魔王としての私が死ぬと、人間としての私も死ぬ事になるのである。
……何を当たり前の事を言ってんだ私は?
私が死ねば私も死ぬ、とか何かの哲学か?
そんなわけで、咄嗟に出た『名誉魔族』ってのもあながちまったくの嘘というわけではない。
「名誉魔族……初めて見ました。本当にいるんですね……見た目が変わるってのはデマなんでしょうか?」
幸がブツブツと呟いている。
そりゃあ、名誉魔族になったのは、全世界で5人。実際にお目にかかれるのなんて、ツチノコ並みだろう。
そのうちの4人は、仕事に忙殺されてるヴィグルが秘書としてこき使っており。
あと一人は、調子に乗った下っ端魔族が作ったチンピラみたいな兄ちゃんだったけれど、私の許可なく勝手な事したんで、その下っ端魔族を制裁してうっかり殺っちゃったせいで、消滅してしまいましたとさ……
後から、制裁した魔族は復活魔法で回復したものの、消滅した眷属までは復活できなかった。
まぁいい勉強になった……かな?
「わかったわ!」
急に幸は大声を上げる。
「やはり美咲さん。あなたは魔王で、親友である裕美さんを名誉魔族に変えたのね」
こいつは……いったん魔王から思考離せよ。
「いや、だから魔王はコイ……ひぐっ!!?」
「私等は魔王とは関係ないよ。美咲は三年くらい前に魔王にフルボッコにされた魔法少女ってだけだし、私は変な下っ端魔族に超気に入られただけの名誉魔族ってだけ」
余計な発言をしようとしていた美咲の顔周辺の空気を魔法で抜いて、呼吸できないようにしてから、嘘と本当を入り交えつつ誤解を解く言い訳をした。
「ってか幸ちゃんさぁ……魔王の普段の姿と変身後の姿知ってんの?」
「普段の姿はまったく情報がないわ。変身後は過去の映像ではあるけど、ピンク色の……あ!」
そこまで言って自分の間違いに気づいたのだろう。
「コイツ何色だった?」
涙目になって口をパクパクしている美咲を指さす。
ははっ!金魚みてぇ。
「……白」
今にも消え入りそうな声の大きさだ。
私は美咲のスマホに一言『私の正体喋ったら殺す』とメッセージを送り、魔法を解除する。
その瞬間『すでに殺されかけてんですけど!?』と返信がくる。
どうでもいい返信ありがとう。律儀なやつだなぁ。
「あの!勝手な思い込みで迷惑かけてごめんなさい!」
額から血が出るんじゃないかと思われる勢いでテーブルに額を押し付けて謝りだす。
「こんな事言える義理じゃないけれど、お願い!私に力を貸してほしいの!あなた達みたいに強い人がついてくれれば、きっと魔王だって倒せる!」
あ~あ……この子、魔王を倒す手伝いしてくれって魔王にお願いしちゃったよ。
「あ~私は無理だわ。一応眷属なんで、その親玉には逆らえないからね」
嘘だけど。
「いや無理、アタシ無理、怖い。あれマジでヤバいから。いきなり上半身吹き飛ばされるとかトラウマだし」
あ、こっちは本気なやつだ。
「美咲さんほどの力があっても……」
魔王の強さを想像してか、顔から血の気が引いている。
ああ……毎回私と対峙した魔法少女がこんな顔するけど、私って他人のこういう表情好きだわ。
「まぁほら、アイツは特殊だし。無理に挑んでアタシみたいなトラウマつくる事ないって。それにほら、ほっといても害ないって……いや、口を開けば下ネタしか出ないのは多少は害があるのか?」
おい、本人目の前にして、害があるとかやめろや。
「それでも私はあきらめないわ。いずれ魔王を超える……いや、まずは美咲さんを超える力を身に着けてみせます!」
そう言うと、残っていたケーキと紅茶をいっきに口に入れる。
「そうと決まれば、さっそくキューちゃんに頼んで特訓手伝ってもらわないと!それじゃあ私はこれで失礼するわ!」
それだけを言い放って去っていく。
「……面倒臭いけど、根は良いやつっぽいから、お手柔らかに頼むよ」
完全に姿が見えなくなってから美咲がつぶやく。
「状況によるかな?とりあえず触手召喚魔法とかで、エロ同人みたいな展開にしたらあきらめてくれるかな?」
「そんな魔法使えんの?」
「いや、使えない」
そこで会話が止まったかと思うと、スマホに新着メッセージが届く。
『じゃあ言うなよ下ネタ魔王が!』
律儀なやつだなぁ
『もう幸いないから魔王関連の話題は直で喋ってもいいんだぞ』
『いや!お前もな!!』
ケーキ屋のテラス席。無言の女子高生二人の間にメッセージ受信音だけが響き続けた。