第二十三話 本名:高塩希美
個人経営の大衆食堂というのは、どこにでもあるものだ。
そう、都会から離れたちょっとした田舎町だろうと、もちろん当たり前に存在する。
駅や学校、オフィス街や工業団地等々、もちろん周りに何も無くても、交通量の多い道路沿いなど、とにかく人の流れがある場所には、昔から変わらない風貌であるものだ。
私が足を運んだのも、隣町にある、ありふれた大衆食堂だった。
『高塩飯店』と書かれた暖簾をくぐり中に入ると、夫婦経営なのだろう。中年夫婦が二人三脚で動き回り、私以外に来ていた3組の接客を行っていた。
時刻は19時前。
別に人気店として取り上げられたりした事はないので、混み具合としては普通なのだろうか?それともやや混み?基準がよくわからないので、何とも判別が難しいところである。
まぁいつまでも入り口付近で立ち止まっていても仕方がないので、私は空いていたカウンター席へと移動し、カウンターのド真ん中の席へと腰掛ける。
「マスター!ラーメン餃子セット一つね」
とりあえず注文しておく。厨房の奥から「あいよ!」って声が聞こえてきたんで、たぶん私の注文は通ったのだろう。
なにぶんこういった場所にはあまり来ないんで勝手がわからない。
「いらっしゃい。こんな若い子が一人でカウンターなんて珍しいわね」
水とおしぼりを運んできた奥さんと思われる女性に声をかけられる。
「いやね、今日ノゾミちゃん学校休んだみたいだから、心配になって様子見に来たんだけど、その前にちょっとお腹すいたんで食べて行こうかと思ってね」
そう、ノゾミちゃんの変身アイテムが放つ微妙な魔力は、ずっとこの食堂と兼用してるであろう自宅から動かずにいた。
まぁそんなわけで、ノゾミちゃんの母親と思われる女性に対して、ちょっとカマかけ気味にノゾミちゃんがここにいるかを確認してみたところである。
「あら?希美の友達だったの?そうなのよ、あの子昨日部活で右手を大怪我したらしくて、今日はずっと部屋に閉じこもってるのよ……「友達が来た」っていって呼んでみる?」
「いやいや、いいよ。飯食った後で上がらせてもらえれば、勝手にお見舞いしに行くから」
「そう?じゃあアノ子励ましてあげてもらっていいかしら?それじゃあちょっと待っててね、今ラーメン餃子セット持ってくるから」
あっさりと家に上がる許可が出る。
私が泥棒とかだったらどうするつもりなんだ?
もう少し他人を疑った方がいいぞ、ノゾミちゃんの母ちゃん。
まぁそれはともかく、さっきノゾミちゃんの母ちゃんが『昨日部活で右手を大怪我した』って言っていたので、たぶん右手を包帯グルグル巻きにでもして、切断された事を隠してたんだろう。
それなのに、今日私にさらに右手短くされて、誤魔化しがきかなくなったせいで、部屋に閉じこもっていると思われるので、たぶん「友達が来た」とか言われた程度で部屋から出てくるとは思えなかった。
だが今はとりあえず飯だ。
私はラーメン餃子セットがくるまでの間、厨房を眺めてみた。
こういう事ができるのがある意味カウンター席の利点かもな。
ともかく、少しでもノゾミちゃんの過ごしてきた家庭環境がどんなものか?魔族に対しての怒りの理由のヒントはあるか?その辺を注視しながら眺めてみる。
中では、ノゾミちゃんの親父さんが鍋を振るい、母ちゃんが皿を用意したり、盛り付けをしたりとサポートをしつつ、客が来れば接客をしに出てくる。
ノゾミちゃんの母ちゃん忙しそうだな……
親父さんも、もうちょっとこう、皿を用意するくらいは自分で……
って、んん?よく見ると、ノゾミちゃんの親父さん、左手が無い?
あまりにも器用に右手一本で調理してたんで気付かなかったよ。
このへんも、ノゾミちゃんが魔族を恨んでた理由の可能性はあるのかな?
そんなことを何だかんだと考えてるうちに注文していたラーメン餃子セットが届く。
そこには、ラーメン一人前と、どんぶりテンコ盛りの白米一人前に、お新香がはみ出すように乗った小皿、そして成人男性のゲンコツくらいの大きさをした餃子5つが入ったお皿、ついでにオマケ程度にデザートとして杏仁豆腐がほんの少し……
900円という値段に騙されたわ。
1000円以下で食える時点でもっと少量だと思ってたよ。
大衆食堂のお得さを舐めてたよ。
……とりあえず、気合入れていくか!
…………
………
……
…
うえぇ~腹いてぇ~……
普段小食な私にアノ量は拷問だよ。
残せばいいって?いやいや、自分で注文して出されたもんは全部食うのが礼儀ってもんだろ?
ともかく、苦しくなるほど食べた腹を押さえつつ、変身アイテムが放つ微量な魔力を辿りながら、ノゾミちゃんの部屋と思われる扉の前までたどり着く。
案の定というか何というか、鍵が閉まっていて開かない。
まぁ関係ないけどね。
「勝手に入るぞ~大丈夫かぁ?エロい事してねぇかぁ?」
魔法で鍵を開けて、問答無用で部屋に入っていく。
「ふえぇッ!!?」
オマエそれどっから声出してんだよ。ってな感じの驚きの声を上げつつコチラを向くノゾミちゃん。
ノゾミちゃんは丸めた新聞紙を右手にあてがい、その上から包帯をグルグル巻きにしている。
ああ、なるほど……何でもいいから腕と同じ形の物を包帯で巻き付けて、あたかも腕がまだあるように見せかけたいのね。
「ま……魔王…?なんスよね?」
「ああ、変身前の格好だからわかりずらかったか?ほれ、これでどうだ?」
ノゾミちゃんの目の前で変身してみせる。
「何で私の家がわかったんスか……って聞くのは愚問スね。どうせよくわからない魔法で探し当てたとかなんスよね?」
いや、ほぼ誰でも使えるような、ただのサーチ魔法使っただけだけど……
「ここに来たって事は、私にトドメをさしに来たって事ッスか?満身創痍で勝てるとは思ってないッスけど、ただで死ぬほど諦めいい性格してねぇッスよ」
ノゾミちゃんは勝手に盛り上がって、変身して身構えてくる。
「まぁ落ち着けよノゾミちゃん……」
「―――――っッ!!?」
私は拘束魔法を使ってノゾミちゃんを落ち着かせる。
「何も今すぐに殺しに来たわけじゃねぇって。まずは冷静になって話し合いしねぇ?こっからさきの労力の都合で、戦わなくて済むならそっちのがいいだろ?」
ノゾミちゃんの心を折らずとも、話し合いでノゾミちゃんが怒ってる理由さえ聞き出せれば、その原因を潰してノゾミちゃんの戦う理由を無くしてしまえばいい。ってな作戦である。
「そんなに睨むなって……今拘束魔法は解いてやるから。ちなみに暴れたり騒いだり逃げ出したりした場合は、アンタの両親を殺すからな。ここ来る前にノゾミちゃんの両親の頭にコッソリと触れてあるんだよ……この意味がわかるか?できれば私の指示に従う事をお勧めするよ」
指鉄砲で頭を撃ち抜くジェスチャーを交えて説明しつつ、言い終わった後で拘束魔法を解く。
「……今まで見たこともないレベルのクズヤローっすね……」
ヒドイ言われようだな。
「そんなに理由が知りたいなら教えてやるッス。魔族は父さんの左腕を切り落としやがったんスよ!注文してから1分以内に料理が来なかった、とかいう理不尽な理由で!!」
……どこの馬鹿だ?そんな事しやがったのは?
「お前の親父さん、今は普通に鍋振ってたよな?って事は、事が起きたのは3年前くらいか?」
「父さんが、今あんな風にできるようになるまでどれだけ努力したと思ってるんスか!?そんな簡単に言わないでほしいッス!」
あ~も~わかってるよ!面倒くせぇな……
「わかったわかった……ともかく、私が言ったように3年前くらいなんだろ?だったら後から魔族が謝罪しにきたりしなかったか?」
この時期は、人間相手にやらかした魔族は、私にボコられた後、ヴィグル同行でその相手に土下座させに行かせていた。
こういう屈辱的な事をやらせて「もう二度とこんな事やらされたくない」と思わせ、今後の自制心を植え付けようとしていたハズなのだ。
「来たッスよ……表面上だけの謝罪だけッスけどね。同行していた魔族にはっきり言われたッスよ『魔王の命令じゃなければ、下等な種族に頭を下げるなんてまっぴらごめんだ』って」
オイ!……ちょっと待て。
「父さんの傷口を魔法でふさいでいったんスけど『腕を元通りにしたければ魔王の蘇生魔法じゃなければ不可能だ』って……『私達は魔王の命令で手出しができないから、お前が父親を殺せば魔王に元通りに戻してもらえるぞ』って挑発もされたッス……」
待て待て待て待て!それって……
「魔族の内面なんて、そんなもんなんスよ!今は表面上では善人ぶってるッスけど、アンタの命令一つですぐにでも化けの皮剥がれるんスよ!!」
ノゾミちゃんがこんなになった犯人ヴィグルじゃねぇかよ!!?
そういやヴィグルも、今はただの腹黒魔族程度で収まってるけど、昔はけっこうなクソ野郎だったよな……私に粛正されるまで。
さて、とりあえずノゾミちゃんが怒り心頭な理由はわかったわけだけど……
どうやって怒りを収めるかな……?




