第二十一話 魔王様再降臨
「さて、それじゃあそろそろ行動するか……」
窓の外を眺めつつつぶやく。
何故か幸が安堵の息をつく。
「その前に少し説得でもしてみるけど、いいか?幸?」
「え?何で私に確認するんですか?戦わずに話し合いですむならいい事じゃないですか?」
『話し合い』するなんて一言も言ってないんだけどな。
まぁともかく、幸からの了承が取れたからいいか。
私は大きく息を吸い込むと、窓の外へと叫ぶ。
「か~え~れッ!か~え~れッ!……ほら、お前等も皆で叫べ」
私の扇動に、美咲が乗ってくる。
それにミキちゃんが続きヨシミちゃんが続く。
そして、私のクラス全員が続き、最終的には私達の叫びを聞いた他クラスからも『帰れコール』の合唱が響く。
「なッ!?み……皆、魔王に騙されてるんスよ!冷静になって考えてほしいッス!」
「「「か~え~れッ!か~え~れッ!」」」
「魔王を野放しにしてたら、いずれ人類皆殺されてしまうかもしんねぇんスよ!魔王はとんでもなく悪い奴だってわかってほしいッス!」
「「「か~え~れッ!か~え~れッ!」」」
「魔王様がこの学校来た時は校内設備を一つも破壊しなかったぞぉ!」
『帰れコール』のガヤに混じって、コッソリとヤジを飛ばしてみる。
「ちがッ!?コレは……魔王を……ほんと、違うんッス……わかってほしいッス……魔族は一匹たりとも野放しにしちゃ……」
段々と声は小さくなっていき、最後には膝をつきうずくまってしまうノゾミちゃん。
「魔族は……魔族はいちゃいけねぇんスよ……」
うずくまりながらも、言葉をはき続けてはいるものの、もう魔力を使って声を拾わないと聞こえないレベルで『帰れコール』中の学生達にその声は届かない。
「もう……もうやめてあげてください……」
ノゾミちゃんと同じような格好になって、両手で顔を押さえながら幸がつぶやく。
何でお前まで一緒になってダメージ受けてんだよ?
私は『帰れコール』が鳴り響いてる窓枠からそっと離れ、人目を忍んでコッソリといつもの屋上へと転移する。
上から校庭の様子を眺めつつ、誰に見られる事もなく変身する。
このまま心折れて帰ってくれれば別にそれでもいい。
学校終わった後に、人気のない場所で、二度と魔王軍に牙をむこうと思わない程度に教育すればすむ話だ。
問題は、なりふり構わなくなったノゾミちゃんが、魔王を探しに校舎内に入ってきて無差別に破壊活動を繰り返す行動に出た場合だ。
まぁその兆候があった場合は即行動できるように、一応スタンバっておく。
………
……
…
って少しは動けよ!!?
『帰れコール』もだいぶ音量小さくなってきてるってのに、何でうずくまったまま動かねぇんだよ!?
帰るかキレるかしろよ!
アレか?私が待つの嫌いって知ってて動かないのか!?
おぅおぅ良い度胸じゃねぇか?だったらソッチ行ってやるよ。後悔すんなよ?
私は転移魔法を使ってノゾミちゃんの上空に移動すると、できるだけ威厳ありそうな感じでゆっくりと地面に降り立つ。
風の魔法をほんのちょっとだけ使って、砂煙を若干立てる。
ノゾミちゃんの背後に、私の決め顔が一番映える斜め45°の角度で少し膝を曲げつつ着地する。
決まっただろコレ!
これで、うっかり動画撮られてたとしてもバッチリだろ。
「「「きゃ~~~~ぁ!!」」」
校舎内から黄色い声援が上がる。
あれ?もしかして魔王ファンってミキちゃん以外にもけっこういるの?
「ま……魔王?……なんスか?」
ヤジが歓声に変わった事で、後ろにいる私に気付いたノゾミちゃんが顔を上げる。
「ああ、そうだよ。どうしたそんな顔して?替え玉にすらなってなかった偽魔王相手に粋がってたのが哀れすぎたんで、同情して出てきてやったんだ。もっと嬉しそうな顔しろよ、ノゾミちゃん」
呆けたような表情をしていたノゾミちゃんだったが、段々と覇気が戻り、何やら怒りで目つきが鋭くなる。
何でだ?私まだ何もしてねぇぞ?
「その声……すごい聞き覚えがあるッス……私が苦戦する戦いをする時たいてい近くにいた名誉魔族……」
気付いてたのか?てっきり眼中にないのかと思ってたわ。
「ずっと下っ端魔族のフリをして、観察してたってわけッスか?馬鹿にするのも大概にしてほしいッスね」
いやいや!私の事下っ端魔族だって勝手に勘違いしてただけだろ?八つ当たりも大概にしろよ。
「ただ、正体を現したのは良い事ッス。ここでアンタを倒して、そのまま魔族全員葬ってやるッス!」
随分な夢物語だな。
「まぁ落ち着けよノゾミちゃん。そもそも何でそんなに魔族恨んでんの?浮遊狐にでも何か吹き込まれたか?聞いてやるから、おねぇさんに話してみな?」
私は魔法で空気を固定して透明な椅子を作ると、そこに腰掛け足を組み、いまだに地面にうずくまった時の体勢でいるノゾミちゃんを見下してみる。
「狐さんは関係ないッス。いえ、この力を与えてくれたって事を考えると、関係ないとは言い切れないかもしれないッスけど……」
幸の時みたいに、浮遊狐に色々と吹き込まれたわけじゃないのか?
「そんな細かい部分での関係性なんてどうでもいいっての。ともかくアノ獣は関係ないんだろ?だったら何が原因でそんなに怒ってんだよ?」
私の発言の後、私に向けられてるノゾミちゃんの殺気が膨れ上がる。
「そういうところッスよ……アンタ等にとってはその程度の出来事だったって事なんスよ」
そう言い放ち、立ち上がると同時に右腕を上に上げると、そのまま勢いよく下げて、私に対して重力魔法を使ってくる。
ってか今まで気にしてなかったけど、ノゾミちゃんの右手、手首から先が無いな。
結局ノゾミちゃんの回復魔法じゃくっつかななったのか?
そうか……ノゾミちゃんが使う強力な魔法は全部他人の魔法だったな。ノゾミちゃん本人の魔法ってのは脆弱なんだよな。そりゃ回復魔法も弱いわけだ。
「潰れちまえッス!!」
私が思考している間も必死になって重力魔法を維持しているノゾミちゃん。
「ポチに言われてなかったか?貧弱だって。それと……誰が立っていいって言った?頭が高くね?」
私は椅子に座ったまま、ノゾミちゃんが死なない程度に力を押さえて重力魔法を使う。
「~~~~~っッッ!!?」
ノゾミちゃんは、圧迫されて声を出すこともなく、地べたに這いつくばる。
「……くっ!……せめて……触れさえすれば……」
潰されて身動きできない状態で、絞り出すように負け惜しみを言う。
いいねぇ……健気だねぇ。
「何だ?私に触りたかったのか?別にご利益はないけど、触りたいなら触っていいぞ。ほれ?」
ノゾミちゃんの目の前に左足を差し出す。
ノゾミちゃんは圧力に必死に抵抗しながら右手を動かして、私の爪先に、包帯グルグル巻きの右腕の切断面が触れる。
「はは……舐めプがあだになったッスね……常に優位に立ってるって思わない方がいいッスよ……」
そう言いながら左手で指を鳴らす。
…………
何も起こらない。
「な……何でッスか?……全身の骨砕くつもりで……魔力をいつもより多めに……」
「何か驚いてるとこ悪ぃんだけどさ、ノゾミちゃんが私に触ったって事は、私もノゾミちゃんに触ってるんだよ。言ったろ?ご利益はないって」
私が言いたい事を理解したのか、ノゾミちゃんの顔が青くなる。
いいね。優位に立ってると思ってた顔が一瞬で絶望に変わるのってすげぇ好きだわ。
「よ~く覚えて、情報更新しとけよ。この魔法はこうやって使うんだよ」
重力魔法を解いてやりつつ、私は指を鳴らす。
「うああぁぁぁぁぁ~~ッ!!」
ノゾミちゃんの右手の二の腕から先が破裂し、今までよりもさらに右手が短くなる。
それでもノゾミちゃんは諦める事なく、回復魔法をかけつつ、後ろに飛んで私との距離をとると、極大な風の刃を作って私へと横一線に放つ。
これはアレか?サクラがノゾミちゃんの腕を切り落としたやつか?
「斬れちまえッス!」
そのまま避けようともせずに座ったままでいる私へと、ノゾミちゃんが叫ぶ。
そして叫びも虚しく、風の刃は私に触れた瞬間に四散する。
「な……何でッスか?……何で……」
種明かしをするなら、私は常に反魔法の防御を張ってるから、私に触れる魔力は全部無効化されてるってだけなんだけどね。
ってもコレは、さすがの私も使うのは結構大変で、自分の使う魔力に干渉しないように気を付け続けなければならないから、攻撃と防御を同時に行う時は細心の注意が必要になる。
「さてと……最近ちょっとおいたがすぎたなノゾミちゃん?」
私はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「ま……まだ……私はまだ殺されるわけにはいかねぇッス!」
ノゾミちゃんは、踵を返して恥も外聞もなく一目散に逃げ出す。
「逃がさねぇっての……」
転移魔法でノゾミちゃんの目の前に移動する。
「……え?」
いきなり目の前に現れた私を見て、絶望的な表情になるノゾミちゃんを、そのまま蹴り飛ばす。
広い校庭の端から端まで、ま反対の方までぶっ飛んでいくノゾミちゃん。
そして、ぶっ飛ばされた勢いのまま、何度かバウンドしつつも、すぐさま起き上がり、飛ばされた方向から学校外へと逃亡する。
「あ……しまった」
追うか?
……いや、大間裕美の不在時間が長すぎるとクラスメイトに疑われる。
今ですら、イコール魔王と思われる要素が多い状態での、これ以上の引き延ばしはリスクしかない。
「まぁ……しゃあないか……続きは放課後だな」
私は校舎内の人のいない場所へと転移すると、変身を解く。
「さて……教室に戻るか」
独り言をつぶやきつつ教室へと歩き出す。
幸はそろそろダメージから復帰してるだろうか?




