第十八話 ノゾミちゃん攻略戦
夜の田舎町といっても、人がまったく来ない場所というのはなかなか無いものである。
精々が、人がほとんど来ない場所である。
ノゾミちゃんをサーチ魔法で常に監視し、そういった場所に入り込むタイミングを狙ってポチにその場所に向かうように指示を出す。
今回の戦場は狭い橋がかかっている近くの河原。
車一台分程度の幅しかなく、子供たちが通学路として利用する以外、普段でもほとんど利用する人がいない、そんな橋だ。
私は様子見のため橋の欄干の上に座りこんでいる。
そして、私の隣には何故かついて来たサクラが待機していた。
何も喋る事なく、対峙しているポチとノゾミちゃんを眺めている。
「おじさん……この前、私が倒した名誉魔族ッスね?……ってかもしかして、今日羽女を回収して一目散に逃げてったのおじさんスか?」
ポチにとっては「逃げた」って部分は不本意だろうな。あの時は幸の回収を最優先に考えて、不用意な戦闘を避けただけだろうからな……
「こんなところで待ち伏せして、どうしたんスか?もしかして魔王軍を抜けて、私に付く気になったんスか?」
「すまんな。本当はすぐにでも貴様を血祭に上げたかったのだが、魔王殿の許可がなかなか下りなかったのでな。それと、我はわざわざ劣勢の勢力へと鞍替えするほど酔狂な思考は持ち合わせていないのだ。残念だったな」
「劣勢とか言ってるのも今のうちッスよ。今日の羽女との戦闘で、私は魔王を倒せる力を得た自信があるッス」
「そうか……貴様の欠陥部分はそのオツムか?なんだったら取り換える時間をやってもいいぞ。もう少しまともな脳に付け替えたらどうだ?」
「試してみるッスか?後悔してもしらねぇッスよ」
ポチの挑発につられて、ノゾミちゃんはすぐにでもポチに飛び掛かる気満々な状態になる。
ってかポチ、相変わらず他人を煽るの得意だなぁ。
無言でにらみ合う二人。
最初に均衡を破ったのはノゾミちゃんだった。
凄まじい勢いでポチへと接近する。
いつものポチなら迎え撃つと思うのだが、今回は違った。
ノゾミちゃんが突っ込んでくる勢いと同等の速さでバックステップで距離を取り、コブシに込めた魔力を飛ばして攻撃する。
あれ?何かこの戦法どっかで見たことあるような気がするんだけど?
ノゾミちゃんは、ポチのその戦術を確認すると、近づくとこをあっさりと諦めて、魔力で弓矢を作るとそれを放って攻撃する。
だよな……ポチが使った、美咲のアノ戦法は相手が遠距離攻撃不得意な場合のみ有効な方法だろうしな。
しかしポチは攻撃方法を変える事はなかった。
ひたすらに遠距離攻撃の応酬を繰り返す。
互いにひたすら、避ける・攻撃・避ける・攻撃の繰り返しである。
完全に場の流れは膠着状態である。
ただ無駄に魔力を消費するだけで、何も変化が起きない。
と、思っていた矢先に、ノゾミちゃんは唐突に攻撃をやめる。
「狙いがわかったッスよおじさん。魔力切れを狙ってるッスね?最初に比べて手数が減ってきてるッスよ。同等の魔力消費してると見せかけて、先に魔力切れさせようって魂胆ッスね」
ああ、なるほど。
私は魔力切れとかは縁が無いから、これっぽちも頭になかったわ。
「わかったからにはソレに付き合う気はないッスよ。こっから先は私は遠距離魔法を使わないで、接近戦だけを狙っていくッス」
たしかに、触れば勝ちのノゾミちゃんからしたら、遠距離攻撃で無駄な魔力使う必要はない。
それでもポチが距離をとって遠距離攻撃を繰り返せば、決定打を与えられずに先に魔力切れを起こすのはポチの方だ。
そうなったら何もできずにポチの負けだ。
ポチは不利な状態だとしても、勝つためには一か八か接近戦を試みるしか方法がない。
絶望的だな。
ポチは何も言わずにただ立っている。
攻撃するわけでも、接近戦に備えて構えるわけでもない。
「観念したんスか?だからと言っても攻撃の手を緩める気はないッスよ!」
言い終わると同時にノゾミちゃんは地を蹴る。
右手を伸ばした状態でポチへと突進する。
どこでもいいから触る気満々だなノゾミちゃん。
そりゃあ触るのがどこでも、魔力を込めて爆ぜさせれば致命傷になるもんな。
「……馬鹿め、注意散漫だな」
ポチがボソッとつぶやくと、突然ノゾミちゃんの右手が、手首の先から切断される。
「……え?」
何が起こったのか理解できない、といった表情のノゾミちゃん。
「あああああああああぁぁぁ~!!?」
そしてワンテンポ遅れて、その場でしゃがみ込み叫び声をあげる。
「……サクラ。お前……」
私の隣では、渾身の一撃を放ったサクラが肩で息をしている。
「何?何か文句あるの?」
「いや、文句はねぇけどさ……狙ってたのか?」
何で一緒に来たのかと思ったけど、これがやりたかったのか?
「ヤガミの提案よ。あの子を狙いやすいタイミングを意地でも作るから、全力で腕でも足でも切断しろ~って。ただし、幸さんの意思を尊重して殺すな……ってのも言ってたわね」
ヤガミ?ああ、ポチの本名か。
ってか打合せ済みかよ。ポチが他人の助力を必要とするなんて珍しいな。
「ってかそもそも、お前ポチと敵対してなかったか?いつの間にそんな仲良くなったんだよ?」
「仲良くなったわけじゃないわよ!ヤガミは絶対に許せない……けど、そんな過去の私情よりも、今は幸さんの仇をとりたいっていう私情が優先されただけよ」
そんなに幸が好きなのかよ?
まぁ野垂れ死にしてもおかしくない状況を救ってくれたのが幸だしな。
それはそうとアッチはどうなった?
「伏兵を用意してたなんて汚ねぇッスね……ってかおじさんは絶対に一対一を好むっぽいキャラだと思ってたんスけどね……」
うずくまって回復魔法で止血しながらも減らず口をやめないノゾミちゃん。
「一人で戦うとは一言も言った覚えがないが?しかし本来なら他人の力を借りるなどしたくは無いのも事実だな。だが今回に関してはプライドを捨ててでも優先すべき事があったのでな。悪いが絶対に勝てる方法をとらせてもらった」
ポチもポチでどんだけ幸が好きなんだよ。
よかったな幸。気付いてないだけで、本音で悪口言い合える親友ゲットできてたぞ。
「もう勝った気になってんスか?この世には絶対って事は絶対に無いって教えてやるッス!」
ナチュラルに矛盾発言をしてノゾミちゃんは、左手を上に上げ、そのまま勢いよく振り下ろし、重力魔法を使う。
「そのまま潰れちまえッス!」
ノゾミちゃんが叫ぶが、ポチは潰れる事もなく、そのまま立っている。
「貧弱だ。魔王殿の重力魔法はこの比ではなかったぞ!」
そう言うと、魔力を込めた右足で、魔法を使っているノゾミちゃんの左手を蹴る。
「うああぁぁぁ~~!!?」
叫び声を上げるノゾミちゃんの左手は曲がってはいけない方向に曲がっている。
「こんなのおかしいッス……何なんスかこれ……魔族の分際で……こんなゴミみたいな連中に……こんな事あっちゃいけねぇッス……」
目の焦点が合わない状態で、ノゾミちゃんがブツブツと何かつぶやきだす。
「そうか……悪いのは頭だけかと思っていたが口もか……」
ポチはノゾミちゃんの左手を蹴った足で、そのままノゾミちゃんの口も防壁をぶち抜いて蹴り飛ばす。
「あぐっ!!?」
蹴り飛ばされて、口から2・3本歯を落としながら地面に倒れるノゾミちゃん。
「チクショウ……魔族め……屑魔族共め……殺して……絶対殺してやるッス……」
それでもブツブツ言いながら起き上がるノゾミちゃん。
そういや耐久力お化けだったなノゾミちゃん……
「覚えてろぉ!お前等魔族全員、絶対に殺してやるッス!!」
ブツブツ言っていたノゾミちゃんは急に叫びだすと、使えなくなってしまった手のかわりに口で、落ちていた自分の右手を咥えると、足で爆破魔法を使い、激しい爆音とともに凄まじい土煙をあげる。
「……目くらませ?逃げるか?」
ポチのつぶやき通り、土煙がはれた河原にはノゾミちゃんの姿はなかった。
まぁ私はサーチ魔法でどこ行ったかわかるんだけど、幸の敵討ちは済んだっぽいので、今日は追いかけずにその場にとどまった。
ポチは少し辺りを見渡して、ノゾミちゃんの姿が一切見当たらないのを確認すると、コチラにやってくる。
「裕美殿。このチャンスを与えてくれた事感謝する。娘よ、お前もよくやってくれた。助力感謝する。そろそろお前の実力も認めねばならぬかもな……サクラよ」
ポチが他人を認めるなんて珍しいな。
意外過ぎてサクラのやつ完全に呆けた顔になってるし。
「そろそろサチの意識も戻る頃だろう……戻らなくてよいのかサクラ?」
いや……
何だかんだで幸の事も認めてるのか。
たぶん実力的にも美咲の事も認めてるだろうし、私やヴィグルもか……
何だかんだで多いな……
もしかして、そんなに言うほど珍しい事じゃなかったか?




