番外編 ~魔王眷属~
全身を鏡で見て確認をする。
たぶん問題ないだろう。
パッと見だけでは私だと認識しづらい格好になっている。
キャスケット帽を深めにかぶり、度の入っていない眼鏡をかけ、最近では近所で私としてのトレードマークになりつつある、悪目立ちしている羽をマントを羽織って隠す。
服装は趣味で集めていたものの着る勇気がなかったスチームバンク風衣装を身にまとう。
「あれ?幸さん学校行かないの?」
同居人のサクラさんが声をかけてくる。
「はい。今日はちょっと用事があるので隣町まで出かけてきます」
「え!?その格好で?」
サクラさんは怪訝な表情になる。
まぁそうですよね。羽を隠しているせいで、もっさりしているマント羽織っていれば誰でも同じ反応しますよね。
「サクラさんの今日の予定はどうなんですか?」
「ん?今日は初出勤なの。この後ヴィグル社長が迎えに来る事になってるのよ」
サクラさんは昨日からヴィグルさんを『社長』と呼ぶようになったようである。
本来でしたら社長ポジションは裕美様なんでしょうけど、ヴィグルさんの方が威厳ありますからね……
でもサクラさん、職場がポチと一緒ですけどいいんでしょうか?
「では私はそろそろ行きますね。戸締りだけはよろしくお願いしますね」
私はそそくさと家を出る。
うっかりヴィグルさんと鉢合わせたりしたら、たぶん止められるでしょうからね……
時刻は8時過ぎ。
隣町にある学校までゆっくり歩いていけば、1限目くらいには着けるだろう。
あの魔法少女のノゾミさんという子は、見た目だけではありますが、学校をサボるような人には見えなかったので、授業中でしたら絶対に学校にいるハズ。
それにしても……
学校をサボってまでこんな事をしている私を裕美様はどう思うだろう?
馬鹿だと言われるだろうか?それとも心配してくれるだろうか?
たぶん前者かな?そして美咲さんが後者。
出し抜くような形をとってしまってポチには悪い事しただろうか?
正直ポチの事はあまり好きではないけれど、曲がった事をしてまで優位に立ちたいとは思っていなかった。
「さて……どうやって校内からおびき出しますかねぇ?」
色々と考えつつ目的地に到着したのはいいのですが、肝心な部分が無計画でした。
とりあえず校内のどの部分からでも目につきやすい校庭へと移動して『威力は微妙だけど見た目は派手』と裕美様から教えてもらった爆破魔法を地面に打ち込む。
凄まじい音とものすごい土煙が上がる。
でも、うん……威力は大したことなさそう……
直後に校舎内がザワザワし始める。
どうやら注意を惹く事には成功したようだった。
注目されている事がわかったので、私は目に見える範囲で壊せる物を壊してまわる。
テニスコートのネット、サッカーゴールにバスケットゴール。
そこでふと魔力反応に気が付き、私は後ろに飛ぶ。
私が立っていた場所には弾丸のような勢いで蹴りを放ってきていた少女がいた。
「何者ッスかあんた?魔族?まぁアンタが暴れて注意をひいてくれたおかげで変身しやすかったッスけど」
かかった!
思った通り魔法少女のノゾミさんをおびき寄せる事ができた。
私はすぐさま結界魔法を使い、ノゾミさんを巻き込み、私を中心に半径約50m程度の空間を外から遮断する。
「なっ!?結界?私を逃がさないための物ッスか!?」
いえ、周りから見えないようにしたかっただけです。
私はマントを外し、帽子と眼鏡も外す。
「あっ!羽女だったんスか!?何しに来たんスか?っていうか、アンタこんな風に暴れまわるようなヤツじゃないって思ってたんスけど、私のおもい違いだったんスか?」
私の名前は羽女なんですね……
「そうですね……手荒な真似をしてアナタを呼び出そうとした事は謝ります。ただ、どうしても今日中にはアナタに話さなくてはいけない事があるんです」
ノゾミさんは黙って私の話を聞いてくれているようだった。
「単刀直入に言います。魔法少女を引退してください!」
「はぁ?敵であるアンタに言われて『はいわかりました』ってなると思ってるんスか?」
ですよね。
私だって当時同じ事言われたら同じ言葉を返すでしょうし……
「アナタは少々暴れすぎたんです。明日からは本格的にゆ……魔王様が動きだします。そうなるとアナタは死ぬよりもヒドイ目に合うでしょう。ですからその前に魔法少女を引退してください。もう変身はしないと約束してくれれば、私の方から魔王様に伝えておきますから!」
伝えようと思った事は全て口に出した。
ただ、現役時代の私が同じ事を言われたらどう返すかを考えると……
「悪いッスけど、魔王の実力は知ってるッス。確かに強いとは思うッスけど、手も足も出ないほどでもないッス。その脅しは私には効果ないッスよ」
美咲さんの馬鹿!!
これ完全に美咲さんが魔王だって信じちゃってるじゃないですか!?
「ちなみに、アナタが戦った魔王様は偽物だって言ったら信じます?」
「馬鹿にしてるんスか?」
「……ですよね」
もう、裕美様と美咲さんの二人に直接説明してもらわないと『美咲さん魔王説』は覆らなさそうですね……
「話が終わったなら、もう結界解いて帰ってくんねッスか?私もあまり長い間校内で不在になってると正体バレる可能性出てくるんスよ」
「そうはいかないです。私もアナタから『もう魔法少女辞めます』って約束をしてもらえないと帰れないです」
平行線ですね……
「私に魔法少女辞めさせたかったアンタが実力行使でも何でもすればいいんじゃないッスか?」
やっぱりそういう流れになりますよね。
「そうですね。アナタも私に結界解いてほしいのでしたら私を倒すしかなくなりましたね」
私がそう言うと、ノゾミさんは待っていたかのように、凄まじい勢いで私の方へと突進してくるとコブシに魔力を込めて殴りかかってくる。
これは、ポチの得意ないつものやつですね……
「残念ですね。それの防ぎ方は知っていますよ」
私は防壁に雷魔法を混ぜておく。
「っぐ!?」
案の定コブシを弾かれたノゾミさんは、超至近距離でガードがら空き状態になっている。
私はその隙を逃すことなく、風の刃を腕にまといノゾミさんの肩から袈裟斬りに……
「っチ!?しくじっちゃいましたか……」
この一撃で致命傷を与えて、戦闘を終わらせるつもりでしたが、ノゾミさんががむしゃらに動かした手に当たり、軌道が軽くずらされてしまい、刃の入りが浅くなっていまう。
「対ポチ用に考えてた必勝法のつもりだったんですけど……改良が必要みたいですね……」
そして……
「私の利き腕……触られてしまいましたね……」
私が刃を完全に振り下ろしたタイミングで、ノゾミさんは指を鳴らす。
「っっつ!!」
痛みと共に、私の右腕は垂れ下がり動かなくなる。
「痛ぇっス……今のは危なかったッスよ。運よく私の手が当たったからよかったッスけど、そうじゃなかったら死んでたッスよ!警告しに来ただけとか言いながら、まさか初手カウンターで殺しにかかってくるなんて思ってもみなかったスよ!」
あ~あ……
今まで出さなかった隠し玉を出したのに、致命傷与えられずに、私の右腕は使用不能。
しかも今後は、その隠し玉もパクられるっていうオマケ付き……
「その表情……あきらめたみたいな感じッスけど。結界は解いてくれねぇんスか?」
「言いましたよね?アナタが『魔法少女辞める』って言うまで解く気はないですよ」
ちょっと意地になってノゾミさんを挑発する。
これは、死んだかな?私?
ノゾミさんは、私の残った手足も破壊する。
少しは抵抗はしてはみましたが、手負い状態で、触れただけで勝ちなノゾミさんには対抗できずに私は地面に転がる。
「いい加減あきらめて結界解いてくんねぇッスか?私は魔王を倒すまで、魔法少女辞める気はねぇッスよ」
「私もアナタが『魔法少女辞める』って言うまで結界解かないっていいましたよね」
もう半分意地みたいになっている。
「じゃあコレでどうッスか?」
ノゾミさんは私のお腹にそっと手を置くと、再び指をならす。
「っが!!がはぁ!」
内臓にダメージがくる。
私は咳き込み吐血する。
痛い……すごく痛いです。
「泣いてまで我慢する事でもなくねぇッスか?意地になってないでいい加減結界を解いてほしいッス」
私は首を振る。
「本当に信じてください……魔王様が動けば、今アナタが私にしている以上に理不尽な暴力がアナタを襲うんです。私は相手が誰であってもひどい目にあわせたくないんです」
「魔王は私が倒すッス!だから結界を解いて、いい加減私を解放してほしいッス」
私は黙って首を振る。
「だったら、私はアンタをじわじわといたぶるッス。耐えられなくなったら結界解いてほしいッス。ってかこのまま続けたら本当に死ぬッスよ?いいんスか?」
倒れた私の目の前で、魔力の弓矢を構えたノゾミさんが見える。
ただ、私は結界を解く気はない。
痛みに耐えながら、何でこんなに意地になっているのか自分でもよくわからなかった。
このままだと、たぶん私は死ぬだろう。
裕美様はこんなバカな私を復活させてくれるだろうか?
「……ああ………そう……か……」
薄れ良く意識の中でふと気が付く。
たぶん私は、誰かが酷い目に合うのを見たくないんじゃない。
裕美様が、誰かを酷い目に合わせるのを見たくないんだ。
美咲さんみたいに特殊な人はあまり存在しない。
裕美様に酷い目にあわされた人は、裕美様を恐怖の対象として見るだろう。裕美様に恨みを持つ人もいるだろう。
そして、魔王の悪い噂は独り歩きをする。
確かに裕美様は言動はすごく悪い。
けど、根はすごくいい人だという事を私は知っている。
裕美様の本質を知らない人達が裕美様を悪く言う。
それが嫌なんだ。
それを私は許せないんだ。
でもごめんなさい裕美様。
私はこの子を止める事はできませんでした。
段々と狭くなっていく視界の片隅で、結界を外側から破壊されるのが見えた。
解呪には高度な技術がいるハズなのでノゾミさんには不可能なのに……
誰が?まさか……裕美様が私を助けに来て……
私が最後に視界の片隅に収めたのは、結界を解呪してやってきた、怒り狂った表情をしたポチだった……




