第十話 ダメ人間製造機・幸
「お前さぁ……魔王倒す気あんの?」
ポチとサクラが前哨戦をした日から約二週間。
当初は近いうちに二人が戦うのかと思っていたものの、そんな気配は微塵も無くなり、サクラはすっかり幸のヒモに成り下がっていた。
「あ……あるわよ!ただ魔王が見つからないんだからしょうがないじゃない!」
幸の部屋で、白米を天ぷらで食べながら答えるサクラ。
いや……なめてんのかコイツ?
「まあまあ裕美様。裕美様もせっかく来たんですから夕飯食べていきます?」
これはアレか?サクラがどうこうじゃなくて、幸のせいか?
幸と同棲すると人間ダメになるんじゃないか?
「サクラさんも、私達が学校行ってる間は異世界魔王探しがんばってるみたいですし……そんな簡単に見つかるものでもないでしょうから、もう少し大目に見てあげてください」
この発言は完全なヒモ製造機だな。
ってか完全に、ダメ人間製造機と化してるな幸……
時刻はまだ18時、日が伸びてきていて、この時間でもまだ明るい。
それなのに、様子を見に幸のアパートに立ち寄ってみれば、もう魔王探しを切り上げて夕飯食べてるとか、サクラのやつどんだけクソみたいな生活送るようになったんだ?
衣食住がそろった環境が手に入って堕落したか?
まぁそうだよな、うっかり魔王が見つかって倒しちゃったりしたら、この生活はもうお終いだもんな。魔王を見つけずに、このままダラダラ生活してた方が楽だもんな。
……でもな、そういう生き方は大嫌いなんだ。
嫌でもこの均衡を崩させてもらうぞ……
「これが何かわかるか?」
サクラの目の前に、私のスマホを差し出す。
「馬鹿にしてるの?私もだいぶこの世界にいるんだから、それくらいはわかるようになったわよ。スマホでしょ?魔力を使わないで通話ができる不思議機械くらい知ってるわよ」
「ああ、そうだ……魔力を使わずに離れた相手と会話ができる便利なツールだ……今、このスマホが、お前が探してる魔王と繋がってるって言ったらどうする?」
サクラの目が丸くなる。
「裕美様、サクラさんが探している魔王を探してくれていたんですか?」
前に、サクラが探してるのはポチだって、幸に言ったのに、幸のやつサクラの言う「ウチの世界の魔王はポチなんて名前じゃない」を真に受けて、ポチとは別の魔王がいるとでも思ってんのか?
「電話越しにはポチが待機してる……いや、本名が『ソウガ・ヤガミ』って言った方が伝わりやすいな」
「ポチの……本名?裕美様……知ってたんですか?」
「そりゃあ一応私の部下だしな」
本当はこの前知ったのだけど、それっぽい言動でお茶を濁す。
サクラは私のスマホにゆっくりと手を伸ばす。
幸のヒモになる前だったら、最初の『魔王と繋がってる』って部分を聞いた瞬間に、スマホ奪い取るくらいな行動とってただろうに……
やっぱ、今の生活に未練がでてきてるな。
「スマホを受け取る前に一つ言っておく。ポチ……ソウガ・ヤガミは私に負けて、私の配下に下ってる。お前はどこまでを望む?既に倒された奴はどうでいいか?それでも挑戦するか?それとも、さらにその上に君臨してる私にまで挑むか?その辺よく考えて話せよ」
私の言葉を聞いて、スマホに触れる手前でサクラの手が一瞬止まる。
しかし、何かを決意したかのような顔をして、奪い取るようにしてスマホをその手に握る。
「……もしもし、魔王?」
サクラがスマホに向かって話しかける。
しかし、受信口からは何も返答はない。
そりゃそうだよな。
だって電話繋がってないし。
「何なのコレは?私を馬鹿にしてるの?」
まぁそういう反応になるわな。
「べつに馬鹿にしてるわけじゃないさ。試しただけだよ。さっきも言った通り、ポチの本名がソウガ・ヤガミってのは本当の事だ。つまるところヴィグルを窓口にすればいつでもポチを呼び出す事ができる。そのうえで、お前はどうしたいのか、決意ってもんを知っときたかったんだよ」
サクラは私の発言を黙って聞いている。
「で?スマホを受け取ったって事は、さっき私が言った事の結論は出てるんだろ?どうするつもりだ?私に挑みたいってんなら、すぐにでも消し炭にしてやってもいいぞ」
幸が息をのむ音が聞こえる。
何でオマエが緊張してんだよ?
「アナタに挑戦するってのは、まだわからないわ。過去からの恨みがあるのは、ソウガ・ヤガミだけ……まずは奴を倒すことが全て。その戦いをしたうえでアナタとの戦闘を考えるわ」
『一方的な虐殺』じゃなくて『戦闘』になるといいな。
「それで?奴と戦うにはどうすればいいの?ここに呼んでもらえるなら私はすぐにでも戦えるわよ」
幸が『ここで争うのはやめて!』みたいな表情になるが、場の空気がそれを言葉にすることを許さなかった。
私は無言でスマホをいじり、ヴィグルに電話する。
数コール呼び出し音が響いた後ヴィグルが電話に出る。
「ヴィグルか?今ポチはそこにいるか?」
ヴィグルに何か喋らせる暇をあたえずに話始める。
「前に言ってた、異世界からポチを追って来たサクラが、ポチ討伐をしたいらしいんだが、いつ予定空けられる聞いておけ」
部屋には私の声だけが響いている。
窓は全部閉まっているのに、外の雑音がうるさく感じるほど、この部屋から音が消えている。
「わかった……決まったらまた連絡しろ」
その一言を最後に、私は電話を切る。
「ど……どうなったんですか?」
まるで自分の事のように幸が質問してくる。
「周りに被害が出ない場所を見繕うから、それまで待ってろって事らしい……また追って連絡くる事になってるからちょっと待ってろ」
そこで張りつめていた空気が少し緩む。
「随分と、とんとん拍子で決まりましたね……サクラさんは自信のほどはどうなんですか?」
まだ緊張がとけていないサクラを気遣い、幸が話をふる。
「正直わからない……一応、魔王を倒すための訓練は受け続けてて国のお偉いさんからは『時は満ちた』とか言われて魔王討伐には送り出されはしたんだけど、施設の人間からは『まだ調整が完璧じゃない』とは言われてたから……」
何それ?超微妙な感じじゃん?
まぁウチの元四天王をあっさり倒せるあたり、ポチと同等程度には力はあるんだろうから、一方的な展開にはならないんだろうけど……
「安心してくださいサクラさん。何かあったら私も加勢しますから!」
いやいや、魔法少女状態の幸ならともかく、今の幸が加勢したらポチに勝ち目なくなるんじゃね?
たぶん三人とも実力は拮抗してるだろうし……
「でも幸さん、ヤガミの仲間なんじゃ……?」
「大丈夫です。裕美様の手前、仲間って事になってますが私自身はポチが嫌いなんで」
私の前でそれ言っちゃダメだろ。
まぁでも、漫画とかゲームとかだと四天王、というか悪役側の幹部って基本仲悪いから、そういう展開も有りっちゃ有りだな。
「それで?私達はどれくらい待てばいいの?」
さりげなく『私達』とか言ってるし。
共闘する気満々じゃねぇかコイツ。
「さぁな。いつ連絡くるかもわからんし、とりあえず私はコンビニ行ってくるから、お前等も適当にくつろいで待ってろ」
私はそう言い残して、そそくさと幸の部屋を出る。
いや……だってさ……
今更言えないじゃん?
超シリアスに決め顔して、偉そうな口調で電話しといて実は『ヴィグルの携帯が留守電になってました』なんて……
まぁ毎回、ヴィグルの留守電にメッセージ残しておくと遅くても30分以内に折り返し電話がくるんで、アイツ等にはバレずに事を進ませられるだろうけど……
この留守電を聞いたヴィグルの、知能が低い小動物を小馬鹿にしたような笑みを想像すると何とも言えない感情がわいてくる。
事が済んだら、ヴィグルを記憶が無くなるまでボコボコにしようかな……




