エピローグ
人間は未知に遭遇した時、それを知りたいと思う知的好奇心を持っている。
しかしながら、知りえるための障害が大きい場合は大抵の人はあきらめてしまうものであり、未知を既知へと変えるのは偉人が成しえる事である。
そのほとんどの人達は『触らぬ神に祟りなし』の精神で日常を送るものである。
そして現在、それを体現する現象が起こっている。
「裕美さん、美咲さん、お願いですから私から離れないでくださいね」
『裕美様』呼びを禁止させた幸が、私達の腕をガッチリとホールドしている。
学校へと向かう道。
通行人は、あからさまに私達を避けて通る。
「すげぇな……このまま満員電車乗ったらどうなるか試してみてぇな」
旧約聖書のモーゼって海割った時こんな気分だったのかな?って思えるほど、人波が割れていく。
「何でなんだろうな?この羽とかカッコいいと思うんだけどな」
美咲が幸の羽をいじりながらつぶやく。
いや、カッコいいとかそういう問題じゃないから。
まぁこの町の住民は、魔族なら見慣れてるだろうけど、生の名誉魔族なんて見たことないだろうからなぁ……
たぶん大丈夫だろうとは思っていても、確証が持てなければ、あまり近づきたくはないだろうしな。
何だろう?魔族を、絶対にカタギの人には手を出さないって誓っているヤーさんだとすると、名誉魔族は、その辺にたむろしているヤンキーくらいな感じの印象なのかな?
いや……違うかな……
もっと単純に、羽の生えた女子高生を中心に三人でべったりくっついて歩いて行く姿が異様だから避けてるだけなのかもしれない。
「ってか幸。この歩き方じゃないとダメなのか?さっきから羽がぶつかってきて鬱陶しいんだが」
「ダメです!手を離したら裕美様、速攻で逃げて遠目から私の行動笑いながら観察するでしょうし」
テンパるとたまに『様』になるのな。
にしても、付き合いはまだ一週間程度なのに私の性格をしっかり把握してるな。
「でもさっちゃん、さすがに毎日こうやって登校するのも問題じゃね?ちょっとずつでも慣れておいた方がいいんじゃないかな?もしくは、開き直って飛んで登校しちゃえば?」
ナイスアイディア!
「いえ、さすがにそれをするのは人間として超えてはいけない一線だと思うんで」
翼生えてる時点で、人間としてヒルサイズ越えしてる気がするのは私だけだろうか?
「だったら慣れるしかないだろ。さいわいクラスの連中なら、この前の事件を間近で見てるから、幸のその姿にも抵抗が薄いだろうし、アイツ等と交流する事で慣らしておけばいいんじゃね?」
「こんな格好の私に話しかけてきてくれますかね?」
「大丈夫じゃね?アイツ等けっこうミーハーで好奇心旺盛だし」
うん、たぶんその認識は間違ってないと思う。
「……裕美様の嘘つき……」
教室に着いて数分。
誰からもお声がかからずに、机に突っ伏した状態での幸の最初の一言である。
「いや、諦めはえぇよ。もうちょっと気長に待てって。あと学校で『様』はやめろ」
そりゃあ、夏休みどころかゴールデンウィークすらまだなのに、クラスメイトがいきなり夏休みデビューしちゃってたら、声かけたくても、どう話しかければいいか悩むだろ。
「とりあえずは皆にも頭の中整理させる時間くらい与えてやれよ」
ん?ちょっと待てよ……
別に待つ必要はないんじゃないか?
「幸……命令だ。今の状況をクラス皆に教えてやれ」
待つんじゃなくて、コッチから行けばいいんだ。
何も悩むことはない簡単な答えだ。
何よりも、そっちの方が、私が見ていて楽しめそうだ。
「皆さん聞いてください!私、魔王の名誉魔族になってしまいました!こんな姿で今後どうすればいいのか悩んでいます!私はどうするべきかアドバイスください!」
幸は立ち上がり、大声で叫ぶ。
一瞬、教室の中が静まり返る。
「え?魔王様に会ったの?いつ?」
すぐ近くにいたクラスメイトの一人が、恐る恐る口を開く。
「え……えっと、昨日です」
いきなり現状を叫ばされ混乱気味になっていた幸も、かろうじて返事をする。
「魔王様昨日どこにいたの?」
「えっと……ここです。学校で……」
質問は続く。
それに口ごもりながらも返答していく幸。
「え?何でこうなったの?」
「その……私、ちょっと死にかけちゃいまして。魔族と同じ驚異的な自然治癒力を得て、それで死ぬのを回避させてもらったみたいで……」
「へぇ~、やっぱ魔王様優しいんだ!」
次々と幸の周りに人が集まり、皆続々と質問を投げかける。
「その羽って動かせるの?」
「動きますよ。ほら」
「飛べるの?」
「魔法を使って飛ぶ事はできますけど、この羽で飛ぶのはできなさそうです」
「ねぇねぇ!魔王様と話せたの?」
「はい、口は悪いですけどいい人です」
「やっぱ間近で見た魔王様ってかわいかった?」
「かわいかったですよ。でもスタイルは普通でした」
……何でちょこちょこ私の悪口挟み込むんだよ?
幸が友達少なかった理由って一番は、思った事をそのまま口に出すからじゃね?
隣の席が人で埋め尽くされるのを確認し、視線をふと前に戻すと、前の席に座る美咲がコチラを向いてニヤニヤしていた。
「何だよ気持ち悪ぃな。変な性病うつされて、おつむがおかしくなったか?」
「んなわけねぇよ!裕美の気の使い方が不器用で面白かったんだよ」
何言ってんだコイツ?
「さっちゃんを皆に溶け込まさせるために強引な命令したろ?」
聞こえてたのか?
まぁ隣にいる幸にだけ聞こえる音量っていっても、すぐ前にいる美咲に聞こえててもおかしくないか。
「全員の注目浴びさせた状態で、誰か一人でも反応してさえくれれば、後は皆それに続くだろう、って感じだったんだろ?」
誰か反応してくれるかどうかは賭けだったけどな。
まぁ誰も反応しなかったら美咲をサクラにでもしようかとは思ってたけど……
「いつもの裕美だったら、一人クラスから浮いてる奴がいても、知らん顔して無視してるくせに『私は何もしてないよ~』くらいな態度で、さっちゃんの背中押してやってるから面白くて」
馬鹿のくせに、人の行動分析しやがって……
「実際私は何もやってねぇよ。ああやって喋ってるのは、幸が自分で考えて受け答えしてるんだ。それは、今現在皆との距離を縮めようと四苦八苦してる幸の努力だ。私のお節介のせいじゃねぇよ」
隣の席へ目をやると、嬉しそうな顔で、それでいて少し困ったような表情である。
まぁいくらクラスに打ち解けるっていっても、あれだけ質問攻めされればキツイわな。
「だな。前にさっちゃん『戦いに皆を巻き込みたくないから、あえて避けられるようにしてる』みたいな事言ってたけど、もう魔王と戦う必要はなくなったわけだから、ああやって友達たくさん作っても、心に負い目を持つ事もないだろ」
ふ~ん……美咲にしては、だいぶまともにしめたな。
「ちょ……裕美様!くつろいでないで、皆さんの質問に答えるの手伝ってください!」
「え?裕美『様』?何それ?二人どういう関係?」
この馬鹿!?学校で『様』はやめろって……
「あれだよアレ!私も魔王の眷属だから、幸からしたら姉弟子みたいなもんだから、それでだよ」
我ながら苦しい言い訳だ。
「え~でも、見た目でいうと、今井さんの方が大間さんより強そうじゃない?」
余計なお世話だ。
「ねぇねぇ?姉弟子って何?」
「あれだよ、わかりやすく言うと、棒姉妹みたいな感じだよ」
おい!いつの間に話に加わってきたんだよ、前の席の馬鹿。
「さりげなく下ネタぶっこんでくんじゃねぇよ!セクハラで訴えるぞ」
「棒姉妹?ってなんだろう?」
「わかんねぇならそれでいいから!わざわざスマホ出して調べようとすんなよ!この現代っ子!!」
「え~……私いちおう現代っ子だし」
何でもない他愛のないクラスの会話。
それは、朝礼が始まるまでの短い時間の幻のように消えてしまう一時の現実。
ふと幸の顔が視界に入ってくる。
楽しそうな顔をして笑っている。
そういえば幸の笑った顔って見たことなかったかもしれないな……
初めて幸が、この教室で自己紹介をした時『幸って名前に謝れ』とか思った気がするけれど、今はその笑顔を見ると、名は体を表すって言葉がしっくりくるように思える。
いずれまた、あの浮遊狐が新しい魔法少女を連れてやってくるだろう。
そうなると、幸のあの姿では、否応なしに戦いに巻き込まれるだろう。
まぁ私の魔力を与えたんで、そうそう負ける事はないだろうけど、思考が極端な幸が、再び『皆を巻き込まないように』とか言って孤立する事で、その笑顔が消えてしまわないように見張る必要ってのはあるかもしれない。
おっ!友達の笑顔を守るために、人知れず戦うって、何かすげぇ魔法少女モノのアニメみたいだな。
まさに私が夢見たアニメのような展開。
ただ、問題なのは襲い掛かってくる方が魔法少女って事かな?
そうこれは、悪い魔王となった元魔法少女を倒そうと活躍する魔法少女の話ではない。
魔法少女を蹂躙する、悪い魔王となった元魔法少女の話。
略して、魔王少女のお話である。




