第二十五話 資金源
油断していた……
最近は何事もなかったので完全に油断しており、気付くのが遅れてしまった。
まさか、ここまで堂々と私に歯向かうヤツが、内部に潜んでいたなんて思いもしなかった。
久々に腕が鳴る。
私に逆らったヤツがどうなるかを思い出させてやる。
私の魔力感知からは何人たりとも逃げられはしない。
ゆっくりと歩きながら、周りに誰もいない事を確認しながら変身する。
目的地はもう目の前だ。
そこは古ぼけたアパート。
築年数もそこそこなのだろう。私が一人暮らししているアパートよりも家賃は安そうに見える。
私はアパートの敷地内に足を踏み入れる。
それとほぼ同時、いくつも並んだドアの一つが開く。
「え!?ま、魔王……さん?わ……私、アレからは何もしてませんよ!それとも気付かないうちに気に障る事しちゃってましたか!?」
出て来たのはカエデちゃんだった。
相変わらず敬語なのは変わらないんだな……ってか、このボロアパート……って言ったらこのアパートの管理人さんに失礼だな。カエデちゃんここに住んでたのか。
「大丈夫だカエデちゃん。今回用があるのは、カエデちゃんの隣人だ」
そもそもで、カエデちゃんがここに住んでるの初めて知ったし……まぁサーチ魔法使った時、変身アイテムの微妙な魔力反応はあったような気がするけど、目的外だったんでまったく気にしていなかった。
「隣?確か魔族の人が住んでましたよね?ゴミ出しの日とかよく挨拶してるんで知ってますけど……何か悪い事するような人には見えなかったですけど……」
いいや……ここの住人は極悪人だ。
何と言っても『魔王に逆らう』っていう大罪を犯している。
ただ、ここでカエデちゃんにそれを説明してやるほど暇ではない。
「人は見かけによらねぇって事だよ」
まぁ相手は魔族だから人ではないんだろうけど、細かい事はどうでもいい。
それだけを返答し、カエデちゃんを素通りし、目的地の玄関の呼び鈴を押す。
……反応はまったく無かった。
そうか……相手もサーチ魔法くらいは使えるんだったな。
玄関先にいるのが私だって事に気付いたんだな。
んで、関わりたくないから居留守を使ってるって訳か?……馬鹿か?そんな手が通用するとでも思ってんのか?
何度もしつこく呼び鈴を押す。
玄関のドア越しにチャイムが鳴っている音は聞こえるので、呼び鈴が壊れてるって事はないから、完全に居留守を決め込んでやがるな。
「留守……なんじゃないですか?」
私の行動が気になるのか、後ろからカエデちゃんが声をかけてくる。
暇なのかカエデちゃん?どっか出かけようとして、家から出て来たんじゃないのか?
まぁカエデちゃんの予定はどうでもいいか。
「魔力反応があるから間違いなくいるよ」
カエデちゃんに答えを返しつつ、今度はドアを何度もノックする事にする。
魔王としては、このドアをぶち壊して突撃していくのが正しい行動なのかもしれないが、一般常識を持ち合わせた、ただの女子大生である裕美ちゃんとしては、コレが正しい行動なのだ。
何より、借家のドアをぶっ壊すのは、このアパートの大家さんに気が引ける。
「もしも~~し。居るのはわかってんですよぉ~早いとこ出て来てくれませんかねぇ?」
ノックの音をジワジワと大きくしながら、家の中まで聞こえるくらいの音量で、ドアに向かって話しかける。
「……と、取り立て業者?」
後ろでカエデちゃんが何か言っているが無視する。
「私がまだ温厚な内に出て来てくんねぇかなぁ?……あと10秒だけ待ってやる。10秒以内に出て来なかったら、このアパートごとテメェを消し炭にするからな……10……9……8……」
「あの……私も住むところ無くなっちゃうんで、そういうのはできるだけやめてほしいんですが……」
隣人であるカエデちゃんからの苦情が入るが無視する。
恨むなら、私に逆らった隣人を恨むんだな。
「5……4……3……」
カウントを進めていると、残り2秒のところで勢いよくドアが開く。
そして、ドアが完全に開き切る前に、住人の魔族は既に土下座の姿勢になっている。
すっげぇ綺麗な土下座だなコレ……これだけ見事な土下座だと、それだけで許してやりたい気分になってくるが、そういうわけにはいかない。
「何で私が来たか理解してるか?」
「申し訳ございません。皆目見当がついておりません!何かの勘違いである事を祈り、居留守を使った事、深く謝罪致します!」
額を地面にこすりつけたまま、私の言葉に返答する。
どんだけ必死なんだよコイツ……もしかして、過去に私からの拷問経験あるヤツか?正直魔族の顔とか、あまり区別がついてないんだよな私…。
そして、振り返らなくても空気でわかる。後ろにいるカエデちゃん、この光景見てドン引きしてるな。
「そうか。だったら私が来た理由を教えてやる……私への上納金、先月から2,000円に値上げするって連絡がヴィグルからきてるハズだよな?なぁ、先月分の振込の明細をちょっと見せてくれねぇか?」
そう。私への上納金は、私のお小遣……じゃない!私への忠誠の証みたいなものだ。それを蔑ろにするってのは、つまりは私への裏切り行為なのだ。
コレを払うだけで、不慮の事故で命を落としても、私に蘇生させてもらえるんだから安いもんだろ?上納金という名の保険みたいなもんだ。
今までの1,000円が安すぎたんだ。高校卒業して生活環境が変わったのを機に、ちょっとくらい値上げしても罰はあたらないだろう。
いちおう私でも、振込されたお金の確認はちゃんとやっている。ズルして恩恵だけ受けようってヤカラが、このシステム稼働時はいたので、そういうヤツを見過ごすわけにはいかなかった。
魔王軍で働いている魔族は、給料天引きで自動的に私に上納金支払ってるから問題ないのだが、こういう別の場所で働いている連中は、油断するとたまに振込忘れとかをするのだ。
まぁ、そういう奴等を見せしめに、ちょっとイジメたりしたところ、振込忘れは激減し、最近ではほとんどなかったので、ちょっと油断して確認作業が遅れてしまっていた。
金額が変わったってのもあるかもしれんけど、ちょっと認識が甘かったようだ。
「申し訳ございません。つい、いつも通りの金額しか入金していませんでした。これで……許していただけないでしょうか?」
その魔族が、土下座したままの体勢で差し出してきた手には、万札が握られていた。
う~ん……足りない千円に、私がわざわざ出向いた手間賃をちょっと足してもらった額を回収できればいいと思ってたのに、予想以上に金額がデカくなったな。
私が何でやって来たのかわからなかったくせに、万札は手元に用意してあったのか?
もしかして『魔王には下手な手土産渡すより、好きな物が選んで買える現金を渡した方が喜ばれる』って噂が流れてるって、前に幸に聞いたような気がするけど、それか?
そして再び、振り向かなくても空気でわかる。
カエデちゃん「本当に取り立てだったよ……」みたいな感じで、本気でドン引きしてるな。
「しゃあない……今回はコレで見逃してやる。次からは気を付けろよ」
わかってる。貰う金額が多すぎるのは私だってわかってる。
でもここで「あ、手間賃込みで2,000円でいいよ。ちょっと待って、今お釣り用意するね」とか言ったら威厳も何もあったもんじゃない。
そんなわけで、コイツには悪いが、万札をふんだくって、帰るために後ろを振り返る。
そこでカエデちゃんと目が合う。ドン引きしていると思っていたカエデちゃんは、予想外にも涙を流していた。
「私……昔から魔族皆が、こんな目に合ってるなんて知らなくて……魔族は皆悪者だって思って、キューブさんの言う事を信じて、何人も倒して……魔王に酷い目にあわされてる魔族を、私がさらに追い打ちするみたいに酷い事を……」
何か後悔の念をつぶやいてるんだけど……
でも安心していいぞカエデちゃん。カエデちゃんが魔法少女やってた時代の魔族は、まだ性根の腐ったヤツが結構いたから問題無いぞ。
「あの、魔王さん……お金、私が払うんで、その方にお金返してもうら事はできますか?」
う~ん……そういう正義感の押し売りは面倒臭いな。
当人達が納得しているところに第三者が混じって、終わった事を引っ掻き回すのは止めてもらいたい。
そんなに金払いたいなら、後でカエデちゃんが直接ソイツに金を渡せばいいだけの話だ。
私がいない場所でいくらでも好きにすればいい。
「私は帰るぞ、ダルマ」
「ダルマはやめてください!」
ツッコミ早ぇな。そんなに嫌か?そのあだ名。




