番外編3 ~18人目の魔法少女 part3~
何事もなく高校生活が終わった。
言葉通り、本当に何もなかった。
一切何も喋らない日もあったくらいだ。
友達が一人もいない事も、トイレでのお弁当も、それが普通のように思えて、何も感情が浮かばなくなっていた。
私の心は壊れてしまったのだろうか?
来ると信じていた、魔法少女の勧誘は結局来なかった。
大学進学が決まってはいたが、このまま無機質に生きていく事に意味が見いだせなかった。
大学でもまた、高校と同じような生活になる事は目に見えてわかっていた。
気が付くと私は、いつもの河原で叫んでいた。
ここには人があまり来ない事は3年通ってわかっていた。いや、仮に誰かに聞かれていたとしても、今更どうでもよかった。
私は、高校3年間誰とも話さなかった分を吐き出すように叫んだ。
この鬱憤を吐き出さないと気が狂いそうだった。
ただその時、川辺に落ちていた綺麗な石が目についた。
ソレを手に取り握りしめた時、奇跡が起きた。
そう!魔法少女に変身できたのだ!
正直拍子抜けだった。
何年も待ち望んでいた夢が、人知れずあっさりと叶ってしまった。
ただ、家に帰り、鏡を前に変身した姿を見て、ジワジワと嬉しさがこみあげてきた。
神様は見ていてくれたのだ。
想い続けた私の願いをかなえてくれたのだ。
ついに私の世界は産声を上げる事ができたのだ。
狂ってしまっていた歯車がガッチリと噛み合うような気がした。
全てが上手くいく!そんな気分だった。
しかし、長年かけて積み上げてしまっていた、私の性格は変わる事はなかった。
結局、大学の入学式では誰にも話しかける事ができなかった。
私と同じ趣味を持ってる人達が集まっているだろう漫画研究部に入部しようと、サークル勧誘している部員の近くまで行って声をかけたのだが、私のさえずるような声は、部員の人の耳に届く事なく素通りされてしまった。
魔法少女になれれば変われると思った……
全て上手くいくと思った……
本当の友達ができると思った……
全部……全部私の勘違いだったんだ。
私は魔法少女になっても何も変われない。
私は私のまま、何も変われないんだ。
涙が出て来た。
くだらない妄想で期待に胸を膨らませていた自分が、情けなくて情けなくて仕方がなかった。
「そこのキミ可愛いね。コスプレとか興味ない?」
突然声をかけられて顔を上げる。
そこには、男装の麗人というのだろうか?とてもカッコいい感じの女性が立っていた。
『可愛い』などと今まで言われた事がなかったので、私の事ではないと思っていたのだが、その人の視線はしっかりと私を捕らえていた。
「ん?どうした?泣いてたのか?……いや、でも可愛い子の涙っていうのも、また似合ってるな」
また『可愛い』って……そうか、この人はサークル勧誘しているっぽいから、お世辞で言ってるんだ。気分良くさせて入部させよう、とかそういうやつなんだ。
「わ、私……か、可愛くなんてな、ないです。ぶ、ブスだって自分でわ、わかってます」
おだてられて、泣き顔見られて、それでいてまともに喋れない。
本当に自分が惨めになってくる。
「うーん……キミの事を『可愛い』って思う、私の感性を否定されてる感じで、ちょっと悲しくなるな。でも、うん。キミが、そう言われるのが嫌なら、思ってるだけで口に出すのは極力止めるようにするよ」
なんだろう……この人の感じ。嘘をついてるようには思えない。私の事を本気で『可愛い』って思ってくれてるの?
「ともかく話を戻そう。コスプレ興味ない?キミに似合いそうな衣装もいくつか思いついてるんだ」
「で、でもわ、私……は、話すのもに、苦手でう、上手く他の人とか、会話できないです」
コスプレにはもちろん興味はある。
でも、人前でソレを披露するなんて、私なんかがやっていい事じゃないように思えた。
「苦手?今、私と普通に喋れてるんじゃない?」
え?この人は本気で言ってるの?
「わ、私の声ち、小さいし……ど、どもっちゃってき、聞き取りにくいって……」
「だから何?ちゃんとこうして意思の疎通ができてるんだから、何も問題無くない?会話の主目的はコミュニケーションなんだから、会話が成立してる時点で、声が小さいとか関係ないよ……世の中には、会話しているようで、まったく意思の疎通ができないような、声がデカいだけの化物みたいな連中がたくさんいるんだ……キミは喋るのは得意じゃないのかもしれないけれど『会話』ができないわけじゃないよ」
私が?『会話』できる?
『――――もう、誰も胡桃の話なんて聞いてないのよ――――』
……私、話してもいいの?
私の話聞いてくれるの?
「わ、私い、今までの自分をか、変えたくて大学までき、来たんです……さ、サークル入ればか、変われるとお、思いますか?こ、こんな私でもと、友達できるとお、思いますか?」
私は初対面の人に何を話しているんだろう?
でも、何でだろう?この人は、私の話を聞いてくれるような気がした。
「変わりたいっていうならウチのコスプレ研究会は持ってこいだな。コスプレってのは、自分じゃない『変わりたい自分』になる行為だ。それと友達欲しいなら、私、立候補してもいいかな?キミとは話しやすい。ダメかな?」
変わりたい自分になれる?
友達になってくれる?
ああ……何でこの人は、私が心から欲しいと思っている言葉を言ってくれるのだろう?
適当な事を言っている感じはしない。むしろ本心からでている言葉のように思える。
今の私なら、簡単に詐欺とかに引っかかりそうな気がする。
でも構わない。騙されていても気にしない。
「わ、わかりました。わ、私入部し、します」
この人になら騙されてもいい、と思ってしまっている私がいる。
「ありがとう。歓迎するよ……そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は柏木 春花いちおう3年だ」
「あ……多々良胡桃、です」
不思議な気分だ。
友達……私の友達。相手は先輩ではあるけれど、私の本当の友達なんだ……
「こんなガサツで男っぽいのに『春花』とか似合わないだろ?」
「わ、私も……ブスなのに『胡桃』ってな、名前負けし、してますよ」
そんな事を言いながら二人で笑う。
笑ったのなんて、いつぶりだろうか?
私はちゃんと笑えているだろうか?
この人がいれば、私は変われる。強くなれる。
……そんな気がした。




