第六話 マネージャー幸
その日の大学での授業が終わり、ユリを迎えに行くため魔王軍本部へと足を運ぶ。
いつもだったらユリを回収したら、即帰宅するのだが、今回はちょっとばかり寄らなければならない場所がある。
そう!ヴィグルの執務室だ!!
どうせ、言い負かされて、全国遊説行く羽目になるんだろうけど、少しくらい文句言ってもいいだろう。
「おうコラ!ヴィグル!お前、あのホームページの『魔王遊説』って何だコラ!!」
ドアを勢いよく開けて怒鳴りこむ。
「うわぁ!?ビックリした……裕美様?どうしたんですか急に?ヴィグルさんでしたら別の仕事で外出してますよ」
そこには、口調は似ているが、声は似ても似つかない幸がいるだけだった。
さては逃げたなヴィグル……
基本、いつもヴィグルに言い負かされる私だが、あまりに正論を叩きつけられすぎると、極稀に手が出る事がある。
ヴィグルによる言葉の暴力に対して、私は直接的な暴力に訴える事があるのは、まぁ仕方がない事ではあると思うのだが……
ともかくヴィグルは『今回は手が出てくるだろう』とふんで、事前に逃げていたのだろう……危機管理能力の高いヤツだ。
少し前までは、ここで逃げても、帰宅するべき家が同じだったので、逃げても無駄……というか、本当にただの一時しのぎでしかなかったため、諦めていたりもしたのだが、今回はガチで逃げに走ったようだ。
「ああ、でも大丈夫です裕美様!さっき裕美様が言っていた『魔王遊説』については私に任せてください!」
「は?」
幸は何を言ってるんだ?「任せてください」って何?幸が代わりに行ってくれんの?魔王のコスプレでもして?でも、さすがに魔王でも羽は生えてないぞ。
「さっそくいくつか依頼が来てるんですよ。まぁ裕美様の予定とかも考えて、無理そうなやつは断りますけど、裕美様って転移魔法持ってるんで、結構対応できちゃうんですよね……差しあたっては、条件的に行けそうな依頼を出して来た人達と打ち合わせに行きたいと思っております」
「ちょ!?待て待て幸!!何でそんなにやる気満々なんだよ?」
放っておくと話続けそうな幸を強引に止める。
「そりゃあヴィグルさんから、この件に関して裕美様のマネージャーを仰せつかってますから!」
何でそうなってる!?
っていうかヴィグルのヤツ、幸に私を擦り付けて本格的に逃げやがったな!?
「とりあえず明日、依頼のあった裕美様が通う大学に行く事になってるんですが、裕美様も一緒に行きますか?」
「待て幸!とりあえずいったん落ち着け!」
こちとら今日初めて『魔王遊説』なる企画が進行してた事を知った私としては、まったくもって理解が追いついていない。
「まず根本的な事を教えてくれ。何で『魔王遊説』とか企画が出て来た?需要なんて無いだろ?どこの世界に『恐怖の魔王様』なんかを呼んで喜ぶ連中がいると思ってるんだ?」
普通は、恐怖の代名詞ともいうべき魔王を呼ぼう、なんて思わないだろう。
「裕美様……エゴサとかしないんですか?」
「しねぇよ!!」
幸からの質問を速攻で否定する。
何が悲しくて、一般JDな私がエゴサなんてするんだよ?
「少しはしましょうよ……今SNSとかで『魔王様』って検索かけると、物凄い数出てきますよ」
あ、エゴサって『魔王』としてね。
そりゃあそうか。『大間裕美』で検索しても意味ないよね……恥ずかしい勘違いしてたわ。
「数は多くても、どうせ否定的な書き込みが多いだろ?」
「そんな事はないですよ……まぁ中には悪口とかも少々あったりはしますけど、そういう書き込みは私や、ミキさん達魔王ファンクラブの人達が荒らしの如く否定しまくりますから!『魔王様の事よく知らないくせに、よくそんな発言できるな?魔王エアプ乙』とか」
そういうの止めよう……色々恥ずかしいから。
「ともかく、前のテレビ出演以降、ちょこちょこと魔王様目撃情報があったりで、けっこう盛り上がってるんですよ」
ああ……そういやそのあたりから、ちょこちょこ人目が付くとこに出てったりしてるかもな。
それまでは夜とかに、人目の付かない場所で魔法少女狩ってただけだったから、目撃情報なんて皆無だったもんな。
って、よくよく考えたら、それって幸に会ったあたりからって事だよな?実は幸、私にとっての疫病神なんじゃねぇの?魔法少女になって四天王撃破する前に私の正体見破ったりしやがったしな……
「ですから裕美様!魔王様に関する誤情報を無くすためにも、裕美様が魔王として顔出しするのは必要だと思うんですよ!」
まぁ変な誤解されたままよりかは、世間一般が私の優しさに気付くなら、魔王としても活動しやすくはなるとは思う……思うんだけど……
「正直メンドイ」
率直な意見を述べておく。
「裕美様……別に、来た依頼全てに対応してほしいとは言いません。できる範囲でいいんです」
急にマジメなトーンで喋り出す幸。
「私は、裕美様が凄く優しい人だって事を知っています。私が今こうして生きていられるのは裕美様のおかげなんですから……裕美様からの友情を裏切って死にかけた私を、こうして友達として隣にいさせてくれてる事、凄く感謝してるんですよ、私」
まぁ……そんな事もあったわな。
「私は、そんな裕美様が、世間から『悪い人』と誤解される事が嫌なんです……誰がなんと言おうと、裕美様は良い人なんです。それを皆にわかって欲しいんです」
何だろう……面と向かってマジメにこんな事言われると、けっこうテレるな。
「あ~わかったわかった!遊説でも何でもしてやるよ!そのかわり、受ける依頼は本当に少しにしろよ!」
ほめ殺しに弱いな私……褒められ慣れてない弊害が出たなこりゃ。
「裕美様……ありがとうございます!」
あ~もう!本気で嬉しそうな表情しやがって……
「……にしても、随分と熱心だな幸。ヴィグルに押し付けられたような仕事なんて適当でいいんだぞ」
私の眷属って事を考えれば、幸は適材適所なのかもしれないが、幸が魔王軍に正式入社した事を「コレ幸い」と、私に振り回される役を、幸に押し付けたってだけだろうに……
「いえいえ!『魔王遊説』を企画した者としては、しっかりとやり通しますよ!」
……ん?今何て言った?
「なのでヴィグルさんに、裕美様のマネージャーにしてほしいって頼み込んで、先日無事その任を任される事になったんです!」
犯人はヴィグルじゃなくて……
「裕美様!私、頑張りますよ!!」
コイツだったのか……
「幸……」
「はい!何ですか!」
まったく……嬉しそうにしやがって……
「とりあえず一発殴っていいか?」
このモヤモヤした気分をどこかで発散したくなった。
「やめてくださいしんでしまいます」
とりあえず後頭部に一発蹴りを入れておいた。




