第四話 昼ごはん
大学だろうが高校だろうが中学だろうが……お祭り騒ぎな入学式や、それに付随する各種イベントが終わってしまえば、後は何でもない日常が繰り返されるだけである。
ユリを託児所……じゃない!魔王軍本部へ預けて大学へと向かう日常。
起こるイベントなんて、ユリから「コンビニ弁当飽きた。私は育ちざかりなんだから、たまには美味い手作り御飯食わせろ!」という、無理難題を押し付けられそうになるくらいなものである。
まぁとにかく日常だ。
いちおう大学生な私は、日常では授業を受けなくてはならないのである。
……底辺大学って、もっと遊んでばっかのイメージだったけど、普通に授業してんのな?
そりゃあ高校とかに比べたら自由度は高いとは思うけど、自由にし過ぎた結果「単位取れませんでした」はシャレにならない。
そんな事をやらかしたら、ウチの両親がスネをかじらせてくれなくなってしまう。
そんなわけで、こんな私でも、選んだ講義はしっかりと受けているのである。
「お、大間さん?大間さんも、こ、この講義受けてた、たんだね?」
講義が終わって、各自が教室から出ていく中、眠気に必死に耐えてくれた私の身体を、ご褒美とばかりに大きく伸ばしているところに、突然声をかけられる。
このどもり方は同じサークル員の同級生……
「お~……胡桃もいたのか。スマンまったく気付いてなかったわ」
所属サークルが同じってだけで、そこまで仲が良いわけではないのだが、顔見知りがほぼいない大学生活最初期では、普通に話せる顔見知りは結構重要だったりする。
たぶん胡桃も、私と同じ様な理由で声をかけてきたのだろう。
「わ、私も今き、気付いたんだ。し、知り合い誰もい、いないから、見知った顔見えたから、つ、つい声かけちゃったんだけど……ご、ごめん、迷惑だった?」
「いや、私も、この大学での知り合いなんて、クソガキ先輩くらいしかいねぇから、迷惑って事はねぇよ」
「く、クソガキ先輩って、久保先輩の事?お、大間さんは、元々く、久保先輩と知り合いだったの?」
知り合ってから一か月くらいしか経ってないけどな……いや、過去にボッコボコにした事を考えると、3年くらい前には知ってた事になるのか?
「まぁ、知り合いってほどの知り合いじゃねぇけどな……それよりも、もう昼だし、いつまでもこんな場所にいないで昼飯でも食わね?」
そう。大学でのクソ長い、1単元1時間半の講義を2つ程こなし、現時刻は12時15分。まさに昼飯時であり、早く学食に行かなければ席が無くなってしまうのだ。
「う、うん。でも、わ、私と一緒でいいの?」
「いんだよ。さっきも言ったけど、この大学に知り合いなんてほぼいねぇんだから、胡桃と一緒じゃなきゃボッチ飯になるだけなんだよ。わかったら早く行くぞ!」
少し強引ではあるが、胡桃の背中を押しながら、急かすようにして教室から出る。
向かうべきは学しょ……く…………って、胡桃は何故すぐ近くにあるトイレに入って行く!?
我慢してたなら私に話しかける前に行っとけよ……生理現象だから仕方ないとはいえ、学食の席が無くなるじゃねぇかよ。
まぁとりあえず、そこまで尿意は無いけど、せっかくトイレよってくなら私もしとくかな?
そう思い、胡桃と一緒にトイレに入って行く。
個室に向かいつつ、ふと胡桃の方へと視線を向けてみる。
「………………!?」
驚きで動きが止まる。
いや……まさか…………マジか?
胡桃は個室に向かいながら、持っていたバッグの中から弁当箱を取り出している。
「……お、おい……胡桃、お前……」
今の私、胡桃以上にどもっているんじゃないか?
「え?…………あっ!!?」
何かに気付いたように、物凄い勢いで弁当箱をバッグに戻す。
「ち、違うの!!こ、これは!?その……」
どうやっても誤魔化しようが無いだろコレ。
っていうか「昼飯行くぞ」の言葉で、行くべき場所が『学食』ではなく『トイレ』に直結してる時点で言い訳不可能だろ。
トイレ入るところからの動作に無駄がなさすぎだ。
便所飯とか都市伝説レベルだと思ってたのに、まさか実在してたのか……
しかも、それがクセになるほどナチュラルな動きで……
無駄に洗練された無駄のない無駄な動き、ってのを初めてリアルで見たかもしれない。
「わかった。もう何も喋らなくていい。今まで苦労してきたんだろ?お前の想いはよくわかった胡桃!」
「ち、違う……違うの!お、大間さん!わ、私は……えっと……」
胡桃は、半泣き状態で何かを訴えてきているが『トイレに入って弁当を取り出す』という行為を、便所飯以外の事で行う理由が思いつかないようだった。
私だったら「ハンカチ探してて、見つからなかったから弁当箱を一旦取り出した~」とか適当な事いくらでも言えるのだが、胡桃は嘘をつくのが苦手なのだろう。
っていうよりも、混乱しすぎてて、そんな事もパッと思いつかないくらいテンパってしまっているのだろう。
そして……そのテンパりっぷりが、便所飯常習である事の真実味を増してしまっている事に気付いていないようだ。
「いきなり人が多い場所での昼飯はキツイよな?私は、ひとっ走りコンビニで弁当買ってくるから、飯食う場所は部室でいいか?私が戻ってくるまで部室で待ってられるか?」
胡桃の背中を優しくポンポンと叩きながら、出来る限り優しい声色で話しかける。
「…………うん」
若干落ち着く事ができた胡桃は、小さな声で返事をするのだった。
何だかんだ言いながら、幸の事をバカにできない程度に、私もお人好しなのかもしれない。
……っていうか私、一応は魔王だよな?こんなお人好しな魔王でいいのか?
若干、魔王としての自信が無くなってくるなコレ。




