第三話 サークルメンバー
大学の校舎とは別に、独立した2階建ての建物が2棟ほど並んだ場所がある。
2棟とも作りは全て一緒で、1階に管理室のような大きな部屋が1つと、トイレが出入口付近にある。そしてそれ以外は、いくつもの小さな部屋が並んでいる。
そこが、通称『サークル棟』。
その小さな部屋全てに、活動しているのかも怪しい物も含め、各サークルが割り振られている。
私が入ったコスプレ研究会。通称『コス研』の部室は、B棟2階北側5号室となっており、クソガキ先輩に案内され、さっそくやって来たのだった。
「コスプレ研究会と……競技麻雀部?」
コスプレ研究会専用の部室に案内されるのかと思いきや、部室のドアに表示されたプレートには、見慣れない文字も併用されていた。
「仕方ないじゃない……部室を与えられるのは『部』だけで『同好会』の私達は、どこかに間借りでもしない限り、部屋が無いのよ」
初耳なんだが!?
とりあえずクソガキ先輩が言うには……
どんなサークルでも『5人以上』いればサークルとして認めてもらえるらしい。
ただし、この状態では『同好会』止まりであり『部』としては認められていない。
そして『部』でなければ部室は与えてもらえないのだという。
なので『同好会』は、どこかの『部』の部長と交渉して部室を間借りさせてもらうか、サークルメンバーの誰かの家に集まって活動するしかないらしい。
ただ、申請さえすれば『同好会』でも、少ないながらも部費はもらえるらしい。
ちなみに……『同好会』が『部』へと昇格するためには、3年以上の活動実績と10名以上のメンバーが必要らしいのだが、コスプレ研究会は、活動実績はクリアしていても、人数は常に10名未満を維持しているという、云わば吹けば飛ぶ程度に脆い存在なのだ。
……うっかり入っちゃったけど大丈夫か、このサークル?
「心配しなくてもいいわよ。競技麻雀部は、OBが雀荘を経営してて、格安で使わせてもらってるらしくて、活動拠点は主にソッチだから、よっぽどの事が無ければ部室には来ないから……っていうか、私ここに2年以上常駐してるけど、競技麻雀部の人一回も見た事ないから」
いや、ブッキングの事は心配してねぇよ……最悪そっちのサークルに移行してもいいし。
「一回もブッキングしてねぇのに、どうやって相手の部長と交渉したんだよ?」
「私も又聞きなんだけど、私の7代前の会長が、当時の競技麻雀部の部長と交渉して誓約書を書かせたらしいわよ……ちなみにコレが、その誓約書ね。歴代の会長に代々受け継がれてきた大事な物だから破いたりしないでね」
そう言ってクソガキ先輩は、ちょっとした金庫の中から書類を出してくる。
そこには『コスプレ研究会が部へと昇格するまでの間、競技麻雀部の部室を譲渡する』と書かれており、当時の部長と思われる人の名前と、会長と思われる人の名前のところに拇印がされていた。
……っていうか、この拇印。朱肉やインクじゃなくね?
…………血判!?まさかの血判!?
どういう状況でこうなった!?7代前の会長ってヤバイ人なんじゃね?
いや、待て。
それよりも今、クソガキ先輩おかしな事言ってなかったか?
『私の7代前の会長』?『私の……』?
「クソガキ先輩が現会長かよ!?」
「今更!?……って、そういえば言ってなかったかもしれないわね」
そういう大事な事は真っ先に言えよ!?
そういうところがクソガキ先輩って言われる所以だってわかってねぇだろコイツ。
「ただいま~……会長~こっちは駄目でした~全滅~」
「コスプレに興味ありそうにしてくれたオタ系の新入生は、漫研とTRPG研に全員持ってかれました」
クソガキ先輩と2人きりだった部室に、唐突に2人組の女性が入ってくる。
言動からして、たぶんコスプレ研究会のメンバーなのだろう。
「あれ?会長?その子は?」
「え?もしかして新入生?会長、勧誘成功したんですか!?」
当然と言えば当然なんだろうけど、さっそく私に興味を示してくる。
このサークルに入会する事にしたのだから、おそらくは今後も付き合っていく事になるだろう人達と思われるので、とりあえずは無難な対応をしておこう……
「どうも、いちおう今年入学した1年の大間ゆ……」
「待って!2人ともそれ以上近づかないで!!……いい?この子は確かに新入生だけど、絶対に失礼な態度を取らないでね!『先輩だから』『後輩なんだから』は無しよ!プライドなんてかなぐり捨てなさい!話しかける時は、極力敬語ってのが望ましいわ」
何でいきなり、私の取扱説明始めてんだよクソガキ先輩。
普通に自己紹介くらいさせろよ。
「いや、そういう変な接待とかいらねぇから、普通にしろよ、普通に……つうか『敬語が望ましい』とか、クソガキ先輩も、私には敬語使ってねぇだろうが」
「だから『クソガキ先輩』言うな!っていうか普通でいいの?そんな事言って、ちょっとした事で怒ったりとかしない?」
だから、コイツは私を何だと思ってるんだ?
普通の扱いされるだけでキレるんだったら、美咲とか今頃どうなってると思ってるんだ?
「え?あの……それで結局、私達はどうすれば?」
「何か会長の口調が、冗談とかじゃなくてマジっぽかったんだけど……」
ほら見ろ。コス研メンバーの2人が混乱しちゃってるじゃんかよ。
「たぶん、せっかく入った新入生を逃がしたくないから、ガチになったんじゃないかな?私としては敬語使うの苦手だから、タメ口で話すのを許してさえもらえれば逃げだしたりしないから……」
クソガキ先輩はあてにならないので、とりあえず私の方で適当に誤魔化しておく。
「ああ~……全然いいよタメ口で。私そういうのあんまり気にしないし」
「私もそうだね。むしろソッチの方が話しやすくていいくらいだよ」
うん、2人組からは良い反応をもらえて助かった。こういうフランクな感じの方が接しやすくて良い。
クソガキ先輩は、微妙にビクビクしてるけど、私の温厚さがわかれば、そのうち慣れてくるだろうから放っておこう。
「とりあえず、これでサークル員が5人になったから廃部は免れたね」
は?ちょっと待て。このサークル廃部寸前だったのか?
「おいおい……このサークルそんなにヤバかったのか?」
「そうね。4年生は3人いるけど、4年生は基本引退だから数に入れてないのよ。で、私達3年が2人で、そこの2人が2年生。後はアナタよ」
マジか……これ、ガチで私に感謝するレベルのやつなんじゃね?「おいおい、誰のおかげでサークル存続できたと思ってるんだ?」とか言って、偉そうにふんぞり返ってられるやつじゃね?
「ただいま~!お、まひるも新入生確保したの?今年は出だし好調だね」
またも唐突に、1人部室に入ってくる女性が現れる。
「ほら、照れてないでコッチ来な……どう!この子。磨けば光るタイプだと思わない?」
新たに現れた女性に案内されるように入ってくる、地味目な女性。たぶん私と同じ新入生なのだろう。
「あの……は、はじめまして。た、多々良胡桃ってい、いいます。よ、よろしくお願いし、します!」
クセなのか、若干どもりながら自己紹介する、ソバカス顔の化粧ッ気のない女性。
ただ、顔のパーツは私よりも整っている気がする。
……一瞬だったな、私の天下。




