第二十八話 多忙な魔王様
何がどうなってんのかはわからない。
ただ一つだけ言える事は、私が魔法少女になって数年経つが、初めて本気でやらないとヤバイかもしれない状況だという事だ。
反魔法があれば何とかなると思いたいところだけど、軽くではあるけれどポチにも対応策を取られた事のある反魔法だ。過信しすぎると痛い目見るだろう。
それに私だったら、仮に私並に反魔法を扱えるヤツが相手でも勝てる自信がある。
そして、絵梨佳の魔力は、今や魔王状態の私と比べても遜色ないくらいだ。私と同じ事ができると思っていてもいいだろう。
くそ……変身さえすれば、いつも通り適当に暴れて終わり、ってなパターンになると思ってたのに、まさかの展開になったな。
そりゃあ『魔王』って存在は、どんな物語でも、最終的には勇者とかに倒されるもんかもしれんけど、その魔王を追い詰める相手が『一度は死んだ魔王の妹』とか……そんな展開の漫画を出版社にでも持ち込んでみろ「ちょっと設定が中二病すぎない?」とか言われて終わるやつだぞコレ!
現実は小説より奇なり、とはよく言ったもんだ。
とにかく今は絵梨佳を注視しよう。
今の、ヤンデレ化して行動の読めない絵梨佳にコチラから先行して何か仕掛けるのは危険だ。ってか魔力どうこうじゃなくて、何か怖い。貞操の危機的な感じで。
とりあえず、絵梨佳がどう動いても対応できるように身構えておく。
さて……どう出る絵梨佳?
「……お姉ちゃん?」
ゆっくりと絵梨佳が口を開く。
唐突に攻撃を仕掛けてこなかった事に少し安堵する。ホント……ヤンデレトランス状態の絵梨佳は行動が読めないから怖いんだよ。
「私、魔王軍本部に行こうとしてた気がするんだけど……何でこんな所にいるの……かな?」
は?コレは何だ?私を油断させようとしてる?いや、違うな……もしかして洗脳が解けてる?
物凄い肩透かしなんだけど!?気ぃ張ってて損したじゃねぇかよ!!
ん?魔力の感じをよく見てみると、絵梨佳のやつ私と同じような感じで反魔法をまとってる?
……って事はアレか!
パワーアップしたヤンデレ絵梨佳は、さっそく私の反魔法に対抗するために、同じように反魔法を使ってみた結果、レイがかけてた洗脳魔法を反魔法で無力化して正気に戻った、ってな感じなのか!?
まぁ結果オーライ的な流れなのかもしれんけど、なんとも気の抜けた終わり方だなオイ。
「あ~……とりあえず状況を説明するとだな……」
絵梨佳の質問に返答しようとしたその時、少し遠い距離ではあるが、後方から爆発音が響く。
あ、そういや幸に美咲倒すように命令したんだった。
アイツ等まだ争ってたのかよ。
もしかして、魔法合戦しまくって町破壊とかしてんのか?……被害が甚大になる前に止めた方がいいかもな。
……こりゃあ意外と、まだやる事多いな。
「絵梨佳……説明してやろうとは思ったんだが、ちょっと待ってろ」
一言そう言い、私は後方……ではなく!右側面に視線を向ける。
「オイ!!さっきからコッチの様子見てんのわかってんだよ!ちょっとコッチ来いよオッサン!!」
思いっきり叫ぶ。
まぁ魔法で、映像だけじゃなくて音声も拾ってんだろうから、わざわざ叫ぶ必要はなかったのかもしれんけど、そこは何と言うか……雰囲気?
とにかく、覗き見しているレイの野郎へと向かって叫ぶ。
私の逆探知魔法から逃れられると思うなよ!
「……返事がねぇな?だったら強制的に来させるまでだな……」
私は絵梨佳戦で、魔法吸引に使っていた魔法を発動させる。
ただ、今回は引っ張ってくる対象を『魔法』ではなく、レイ個人へと変更している。
「ぐっ……!がっぁ……!?」
凄まじい勢いで転がりながら、引っ張られるようにレイが飛んで来る。
めちゃくちゃ地面にバウンドしてるな……水切りっていう名称だっけか?水面に向かって回転かけた石を投げて水面で石を跳ねさせて、その回数を競ったりする遊び。何と言うか、ソレを逆再生で見せられてる感じだな。
結構痛そうには見えるけど、防壁はってるっぽいから、たぶん大丈夫だろう。
「人間災害……貴様、いきなり何をする!」
すぐさま起き上がりクレームを付けてくる。
ッチ!やっぱ大丈夫だったか……つまんねぇな。
「テメェがとっとと来ねぇからだろが。私が呼びつけてんだから、すぐ来いよ」
「声をかけられて1秒で行けるわけがないだろう!貴様のように転移魔法など使えんのだぞ!これだから知能の低い馬鹿は嫌いなんだ!少し待つ、という思考すら浮かばんのか?」
「ん?どうした?罵倒にキレがないな?よっぽど意表を突かれてビビったんだなオイ?テメェが私達の事情を考慮しねぇのと一緒で、テメェの事情を無視しただけだろ?そんなキレんなよ」
私がニヤニヤ笑いながら喋っているのが、相当腹が立っているのか、不機嫌そうな表情をしている。
こういうスカした奴を怒らせるのは最高に面白いな。
「まぁなんだ、一旦落ち着けオッサン。とりあえず、私はちょっと用事があって席を外す。すぐ戻って来るから、それまでに絵梨佳に現状説明しとけ」
そう、幸と美咲の所に行くよりも、レイを呼びつける事を優先したのは、私が二人の争いを止めに行ってる間に、レイに逃げられたりしたら厄介だから先行して確保した、というだけの話で、逃げないのだったら急を要する案件ではない。
そんなわけでレイの返事を聞く事なく、飛行魔法を使って二人の方へと飛んでいく。
何で転移魔法を使わないのかというと、答えは単純。
この勢いのまま美咲に突っ込んでやろうと思ったからだ。
そのための加速をつけるのに、この距離は丁度良い感じなのだ。
遠視の魔法で見た感じだと、二人とも実力伯仲で、良い感じにボロボロになりながらも必死に戦っているように見える。
美咲からしてみたら、洗脳で「世界の平和のために戦っている私」状態であり、悪に加担する幸と、それを倒そうとしている正義の味方の美咲、ってな思考になっている。
苦戦して何とか幸を退けられるんじゃないかと思った瞬間やってくる、変身した状態の私。
もう絶望しかないよね。
つまり、私からしたら「超面白い」という事だ。
「はぁはぁ……いい加減諦めろよ、さっちゃん……小裕美を倒さないと世界が…………っ!!!?」
喋ってる最中で私の存在に気付いたのか、私の方へと視線を向けてくる美咲。
だがもう遅い!既に私の速度は音速を超えている。反応すらできないだろう。
「…………あ」
いちおう、私の事を認識だけはできたのだろう。
絶望したような……泣き出しそうな……そんな表情を浮かべる美咲。
いいぞ美咲。最高だよ美咲。そういう表情、私の大好物だ。
そんな表情を浮かべた後の、ほんの刹那。
防壁でガチガチに固め、音速を超える私の突進を受ける美咲。
咄嗟に防壁は展開していたようだが、そんな程度の防壁などぶち抜いての突進。
その突進を受けた美咲は、壁に激突するまで吹っ飛んでいき、壁を崩してなお数メートル転がっていく。
そして、倒れ伏したまま動かなくなる。
心音はかろうじて拾えてるから、完全に気を失ってるだけで、死んではなさそうだ。
よし!とりあえず案件一個は片付いたな。
……問題は、幸と美咲の魔法合戦のせいで、災害……とまではいかないものの、そこそこ破壊された街並みを復旧させるための金を誰が出すのか?ってことだな。




