番外編2 ~魔王の妹~
お姉ちゃんとユリちゃんが、無事学校に着いた事を確認してから変身を解く。
魔法というのは本当に便利だ。
盗聴器やカメラも無いのに、お姉ちゃんの行動が丸見えだったのだから、本当に凄い。
もしかしたらコレ、普段から使ってれば、人には見せられないようなお姉ちゃんの姿とかが色々と……いや!やらないよ!ちょっと想像しちゃったってだけで、そんな犯罪みたいな事、本当にやったりしないよ!
ともかく魔法は便利だ。
難点を上げるとしたら、変身していないと使えない、って事だろうか?
さすがにアノ格好のまま、街中を堂々と歩き回るには、ちょっと勇気が必要だ。
そんなわけで、変身したまま外を出歩く勇気のない私は、絶賛遅刻中である。
といっても、ヴィグルさんをはじめ、偉い人達は出張しており、本日、遅刻して私を叱るような人はいない。
「はぁ……」
ふと、ため息が漏れる。
叱られないから遅刻する、という思考で行動している自分を、冷静に俯瞰して「最悪だな」と感じてしまった。
今更かもしれないけれど、できるだけ急いで出社しよう。
そう思い、自宅の玄関から一歩を踏み出す。
「やあエリカ。久しぶりだね」
家から出た瞬間に声をかけられる。
「えっと……レイさん?」
そこには、前に異世界人が大勢こちらの世界に来てお姉ちゃんと揉めていた事件の時に会った、レイさんが立っていた。
あ、そういえば、前回の事件だけじゃなくて、今回のユリちゃんの騒動にも関わってるんだった。
「今から出勤かな?大した事はやっていないような会社だ。そんな急いで行く必要は皆無だろう」
「え……?私が魔王軍で働いてるって事、なんで知って……?」
たしかレイさんには、私の身の上話とかはしていないはず……そもそもで、私が生き返った事が世間一般に知られちゃマズイって事になってるから、誰かに話すなんて事自体無いハズなのに。
「知っているさ……」
そう言いながら、レイさんは右手を掲げる。
「エリカ。精神操作系の魔法を効率よく発揮させるコツは何か知っているか?」
精神操作系の魔法?あまり使わないからよくわからないけど、真衣なら……って、そうじゃない!レイさんはいきなり何の話をはじめてるんだろう?
「相手をよく知る事さ。その相手が、どうすれば常識を踏み越えるのか?どこまでなら踏み越えていくのか?どう誘導すれば限界を突破するのか?それは全て相手を知る事で導き出される。そして、それによって、より少ない労力で大きな成果が得られる」
何だろう?レイさんは何を言っているんだろう?
ただ何故だろう?レイさんを無視して行く事ができない。
「対象はより単純な思考を持った人物の方が楽でいい、誘導が簡単だからな。それで言えば、先程のミサキという女は実に簡単だった……そして、エリカ。キミもある一点においては、誘導しやすい実に単純な思考を持っている」
さっきからレイさんは何を言っているのだろう?声が耳には入ってくるのだけれど、頭では何故か理解する事ができない。
「エリカ。姉の事は好きか?」
「好き!」
急に理解できる単語が脳に届き、咄嗟に反応してしまう。
「そして、人間災害……キミの姉も、エリカの事を好いているだろう。態度を見れば一目瞭然だ。常にエリカを気遣い、危害を加えようとする者は排除しようとする」
そうだ。その通りだ!お姉ちゃんはいつだって私に優しい。
「姉からの愛情は心地良いだろう?そんな姉からの愛情を独り占めしたいと思えるくらいに?」
たしかにそうだ!お姉ちゃんが私の事を気遣ってくれると嬉しいし、お姉ちゃんが私の事を好きでいてくれると思うと、それだけで心が満たされるような想いになる。
そんなお姉ちゃんの愛情を独り占めできたらと考えるだけで気が狂いそうになる。
「少し前までだったら、姉からの愛情を独り占めする事も可能だっただろう……だが、今はそうではない」
……え?
「本来キミに向けられるべきだった、キミの姉の愛情を横取りしようとしているヤツがいるだろう?ソイツは常にキミの姉にベッタリだ……そして、姉の方もまんざらでもないようで、必死になってその子供を守ろうとしている」
……ユリちゃん?の事?
「で……でも、ユリちゃんは……お姉ちゃんのクローンで……守ってあげないと……」
「何故エリカまで、その子供を守る必要がある?ソイツは、本来キミに注がれるべき姉の愛情を奪おうとしているヤツなんだぞ?」
そんな……違うよねユリちゃん?ユリちゃんは私からお姉ちゃんを奪ったりしないよね?
「違う……ユリちゃんは…………そう!ユリちゃんはお姉ちゃんのクローンだから、お姉ちゃんと同じ……」
「そう。クローンだ。つまりは姉のフリをした他人だ。キミの姉の偽物なんだ。そんなポッと出の偽物が、クローンというだけで、キミの姉と同じような思考をし、同じような行動をし、同じような価値観を持ち、同じことを感じ共有している」
ユリちゃんとお姉ちゃんは他人……?ただ、クローンってだけで、同じ事を分かち合ってる……?
「悔しくはないのかエリカ?本来はキミにだけ注がれるべきだった姉の愛情を、赤の他人に横取りされているんだぞ?しかもソイツはクローンだ。キミの姉の好みをキミ以上に理解している。どういった事を嫌い、どういった事が好きなのか……このままではいずれ、キミにだけ向けらるはずだった愛情を、根こそぎ奪っていくだろう」
そんな……お姉ちゃんが……見向きもしてくれなくなる?
嫌だ……そんなの……そんなの耐えられない!
「もう一度言おうエリカ……『悔しくはないのか?』」
「悔しい!!お姉ちゃんは!お姉ちゃんは私だけのお姉ちゃんなんだもん!!」
思わず叫んでいた。
自分でも感情がグチャグチャになっているのがわかる。
ただ、お姉ちゃんが私の前から去ってしまう事を考えると、とても正気じゃいられなかった。
「良い返事だエリカ。では、姉を取り戻すためにはどうするべきか、もうわかるだろう?」
そうだ。ユリちゃんさえいなければ……ユリちゃんさえいなくなれば、全部元通りになるんだ。
私に優しいお姉ちゃんは、永遠に私だけのものにできるんだ……




