第一話 魔王の朝
「裕美様、そろそろ出発しないと学校に遅刻いたしますよ」
ヴィグルがせかしてくる。
魔族のくせに何とも律儀なやつである。
魔族なら「学校などさぼってしまえ」くらいは言ってほしいものである。
とはいえ、『魔法少女である事を隠しつつ学校に通う』という野望はかなわなかったものの、今は『魔王である事を隠しつつ学校に通う』という代替を満喫しているので、別段学校をさぼりたいとも思わなかった。
「そういば裕美様、本日の官僚との打合せですが、いつも通り私の独断で構いませんか?」
「私が出した条件に反しないなら何でもいいっていつも言ってんじゃん……んじゃあ、いってくるわ」
それだけを答え、私は家を飛び出した。
遅刻するほど急いではいないものの、面倒臭い話は正直避けたかった。
私が魔王となった日、ヴィグルの案で世界各国に向けデモンストレーションを行った。
ある一定の範囲の住民を避難させた後の区域に、その範囲全てに、私一人が一瞬でクレーターを作ってみせたのだ。
そして、そのクレーターの中心にいる私に向かって核弾頭を撃ち込ませたのだった。
実際やってる私はかなりヒヤヒヤしていたが、無事無傷でしのいでみせた。
結果、各国は無条件降伏を受け入れ、何ともあっさり世界征服に成功したのだった。
と、いっても世界を無法地帯に変えたいわけではなかったので、私が大まかに出した条件は
『魔族は常に法の外にある事を除き、今までと何も変わらない日常を送る事』
というものである。
まぁつまるところ、魔族にいきなり殴られたり、物を盗られたりしても、それは天災だと思い我慢しろ。それ以外は何も変わらないから安心して生活しろ。ってな感じである。
もちろん最初のうちはデモなんかもちょこちょこ起きたりはしたものの、力でねじ伏せた。
魔族に対しては言論の自由は存在しない、という事を理解した事と、慣れによって、今では3年前と何ら変わらない日常が戻ってきていたのだ。
商魂たくましいなと思ったのは、「魔族保険」なる魔族によって受けた損失を補填する、掛金がちょっとお高い保険ができた事である。
まぁそれはともかく、面倒な実務は全てヴィグルに任せ、私は高校生活を満喫しているのであった。
「お、裕美じゃん!はよ~」
校門をくぐったところで、後ろから声をかけられた。
この馬鹿っぽい喋り方は見なくてもわかる。同じクラスの土橋美咲である。
セミロングの髪をド金髪に染めている馬鹿である、将来禿げてしまえ。
胸が小さいのを隠すためか、服は着崩さずにいるところには若干好感が持てる。
「なぁ?聞いたか裕美?」
「おうよ!聞いた聞いた、まったくふざけた話だよなぁ」
とりあえず適当にのっかってみた。
「……悪かったよ、今日転校生が来るって話聞いたか?」
転校生?って事はまさか、一番後ろの席で優雅に過ごしている私の隣に、昨日机が一つ追加されてたのはそういう理由か!誰にも邪魔されずに居眠りできる私の楽園を侵食してくるとは……
「まったく……ふざけた話だな……」
「何で答えが変わんねぇんだよ!しかも声のトーンが若干マジになってね?」
「そりゃあこんな時期に転校してくるって事は面倒臭い事情持ちなんだろ?そんな奴が私の隣の席だぞ?前の席の馬鹿だけでも頭痛いのに、このままだと私の精神が持たねぇよ!」
「なぁ?裕美の前の席ってアタシじゃね?ケンカうってる?」
そんな普段通りな会話を美咲としつつ教室へと向かう。
遅刻ギリギリで教室に入ろうとする私の視界の片隅に、朝礼のため教室に近づく担任教師と、隣を歩く転校生と思われる少女が映り込んだ。
『それと、食べながらで結構ですのでお耳に入れておいてください。昨日現れた新しい魔法少女ですが、四天王のドゥールが返り討ちにしておいたそうです』
ふと、朝にヴィグルが言った言葉が頭をよぎる。
もう、嫌な予感しかしない。
教室に呼ばれて入ってきた転校生を見て、クラス中がざわめいた。
その少女は、ほぼ全身が包帯や絆創膏だらけだった。
こんな格好、何かのコスプレか、高3にして中二病を引きずってるかのどちらかしか想像できない。
仮にケガが本物だとしても……いやむしろ、そっちの方が『関わりたくない奴』認定しやすいだろう。
「両親の都合でこちらの学校に転入してきました。今井幸といいます。よろしくお願いします」
よろしくしたくねぇ!幸とか言って名前に謝れ!
念のため、サーチ魔法をしてみると、カバンの中に魔力反応があった。
たぶん変身アイテムをカバン中に入れてるんだろうなぁ……
この子が魔法少女だって事はほぼ確実だとして、だったら……
せめて回復魔法使ってから学校来いよ!




