第十一話 呼び名
「なぁ……何か思い出したか?クソガキ」
「思い出してたら、こんな所でゆっくりしてないっての……だいいち、まだ一週間も経ってないんだよ?もうちょっと気長に待とうよ、お母さん」
最近ほぼ日課になっている、同じような内容の会話を、私の部屋で行う。
傍から見ると、毎晩幼女を自室に連れ込んでいる様な事をしてはいるが、まだ両親にはバレてはいない……たぶん。
昔から基本的に放任主義だったが、ここまで放置されてると、きちんと両親から愛情を注がれているのか不安になる。
まぁ大学の費用は出してくれるわけだから、私に対して無関心って事は無いのだろうが、絵梨佳が戻って来てから、前以上に私への興味は減少しているような気がする。
そのうちグレるぞ私!『魔王』になっている時点でグレてるような気がしなくもないけど、そこは気にしない方向で話を進めよう。
まったく……こんな放任主義方針で、私が男とか連れ込んでたらどうするつもりなんだろうか?
……わかってるよ!言ってみたかっただけだよ!連れ込める男なんていねぇよ!!悪かったな!!
まぁともかくこのガキは、私の両親には内緒でコッソリと寝泊まりさせているわけなので、リビングで一緒にお食事を、というわけにはいかずに、これもまたコッソリと、私の部屋で飯を与えていたりもしているのである。
それなのに……
「っていうかお母さん。私育ちざかりなんだけど、毎回コンビニ飯ってどうなの?たまには手料理とか食べたいんだけど……」
このクソガキは自分の立場というものを理解しているのだろうか?
「私に手料理なんて期待すんなよ。できるなら、冷蔵庫の物使って作ってるっての……私だって、毎回コンビニ飯を買う金を節約できるならしたいっての」
ホントそれだよ!何で私が金出さなきゃなんねぇんだよ?魔王軍からも経費として落ちねぇって言うし……嫌なら食うなって話だ。
「そんなんで、よく結婚できたね」
まだしてねぇし!!
っていうかソレ男女差別発言だし!飯は女が作るとか法律で決まってるわけじゃなぇし!
いや……法律程度なら『魔王』なら、その場のノリとかで作れちゃうんだろうけど、そんな法律つくるつもりないし!
「そういう発言は、一度でも母親の手作り料理を食った記憶があるヤツがするんだな」
「そんな事言っちゃっていいの?私の記憶が戻って、手料理食べた想い出があったりしたら、お母さん引くに引けなくなるけど大丈夫なの?」
くっそ生意気なガキだな。
ただ何だろう……言い返す内容が、私と同じ思考回路から繰り出される発言、っていうのだろうか?口調は違えど『私ならこう言い返すだろう』って言葉を発してくる。
まぁ完璧にそうだ、というわけではないけど、ほぼほぼ近い意味の返しをしてくる。
そのせいだろうか。日に日に『コイツ本当に私の娘なんじゃね?』って思えてくる。
あ、あくまでも『思えてきてる』ってだけだよ!完全に認めたわけじゃないんだからね!……って!ツンデレかよ私!?
「ねぇお姉ちゃん……いつもこんな会話してるの?」
そして……そんな私達2人の会話を聞いていた絵梨佳から、やっとツッコミが入る。
私に用事がある、とかで私の部屋に来ていたのだが、私達の怒涛の会話を聞いていて、話に加わるタイミングを逃していたのだろう。
「傍から聞いてると、言葉での殴り合い、みたいに感じたんだけど……大丈夫だよね?ケンカとかしてるわけじゃないよね?」
私の通常会話なんて、こんなもんだろ?
こういう事に関しては、絵梨佳のやつ敏感なのか?まぁイジメでの自殺経験者なわけだから、そりゃあそうかもな。
「気にすんな絵梨佳。このガキの性格が最悪なせいでケンカみたいに聞こえるかもしれないが、コレがごく普通の日常会話だ」
「私の性格治したかったら、お母さんからもらった遺伝子情報を全部破棄しなくちゃならないレベルになると思うよ」
「あ?んなモンに遺伝子関係ねぇよ。なんなら、死ぬほどボコボコにして身体に覚えさせて性格矯正させてやってもいいぞ」
「うわ!?児童虐待発言だ!平気でそういう発言でるって事は、やっぱお母さんの遺伝子関係してるって!」
「ま、待って!……ゴメン!私が変な事言っちゃったからだよね!お願いだからケンカしないで!」
再び始まった私とガキの会話に、絵梨佳が必死になって割り込んでくる。
……いや、だから通常会話なんだけどな。
絵梨佳にはちょっと刺激が強すぎたか?
「そういや絵梨佳。私に何か用事があったんじゃないのか?」
このままだと絵梨佳の精神がヤバくなりそうだったので、いったんガキとの会話を打ち切り、絵梨佳へと話題を振る。
ガキも私の考えに気付いたのか、再びコンビニ弁当へと箸を伸ばし始める。
その辺、空気読めるよな……このガキ。
「ええとね……ヴィグルさんがね『呼び名が無いと不便なので、記憶が戻るまでの暫定的な名前でいいので何か考えといてください』って言ってたんだけど……」
何だアイツ。絵梨佳を伝言役にしやがったのか?何様のつもりだ?私に言いたい事があるんだったら、直接自分でいいに来ればいいじゃねぇかよ。
……いや、わかってる。ソレをヴィグルに言ったら「じゃあ裕美様、魔王としての仕事ちゃんとやってください。そうすれば私にもかなりの余裕ができるので、直接言いにいけます」とか返されるのは火を見るよりも明らかだ。
「面倒臭ぇな……じゃあ『タ……」
「あ、ちなみに『「ポチ」さん、みたいな適当な名前を付けるのはやめてください』ってのも言ってたよ」
ちっ……先読みされたか。『タマ』とか名前にしとこうと思ったのにな。
「ねぇお姉ちゃん。決めるのが難しいなら、私とお姉ちゃんの名前を組み合わせてみるとかどう?」
名前組み合わせ?
ああ……要は『ゆみ』と『えりか』の合計5文字を適当に組み合わせて名前にする、って事か。
「そうだな……このガキが名前思い出すまでの、仮の名前なわけだろ?それくらい適当な感じでいいんじゃね?」
私がそう言うと、絵梨佳は何故か目を輝かせて、嬉しそうな表情になる。
……何で?
「えっと……じゃあね……組み合わせて名前っぽくなる感じだと……『ゆり』『ゆか』『みか』『えみ』『りみ』『ゆりか』……」
「多い多い!?そんな候補出さんでもいいっての!暫定的な名前なんだから……とりあえず最初に言った『ゆり』でいい」
嬉々として名前を上げだした絵梨佳を遮り、適当に名前を決める。
っていうか、このまま絵梨佳を放っておいたら、名前に漢字まで当てだしそうな雰囲気があったから止めたけど、何故そんなにテンション上がってんだ?
「え?そんなあっさり決めちゃっていいの?」
適当に決めるって言っといたのに、何を言ってんだ絵梨佳……
「まぁお姉ちゃんがいいなら、それでいいか……ねぇアナタ、名前思い出すまでの間、ユリちゃんって呼ぶけどいい?」
「んあ」
絵梨佳の問いかけに、御飯を口に詰め込んだ状態で返事するクソガキ……改め『ユリ』。
了承なのか否定なのかは、よくわからない返答だったが、特に嫌そうな顔はしていないので、たぶんOKなのだろう。
「えへへ……私とお姉ちゃんの名前から一字ずつ取るとか、なんか私とお姉ちゃんの子供みたいな感じがするね」
そして絵梨佳は絵梨佳で何を言っているのだろうか?
何か妙に嬉しそうな顔してるし……
色々と大丈夫か?私の身内共……




