第九話 会話のキャッチボール
『灯台下暗し』という言葉がある。
誰もが知っているような言葉なので、今更説明は不要かもしれないが、遠くを照らす灯台の灯りは、自らの足元は照らさない、といった事から、人は身近なことには案外気がつかないものだという意味があったりする。
使い方の例えとしては、無くしたと思って探しまわっていた財布が、実はポケットに入っていた、とか?
もしくは、事件の犯人が、実は身内にいた、とかである。
ん?何で私が、いきなりこんな話をしているのかって?
まぁなんだ……つまりは、そういう事だ。
「ユミ……何故キミが、標的になっている子と一緒にいるんだい!?」
犯人は、私がどうこう言う前に、自らが犯人である事を暴露する発言をする。
「確認する前にゲロったな。やっぱテメェが、このガキ狙ってた犯人なわけだな?」
まひるちゃんにガキを襲わせた犯人である浮遊狐は、私の部屋で呑気に浮かんでいた。
とりあえず……あの後、泣きながら白状したまひるちゃんの証言によると……
「キューブ君に言われたのよ……『この少女を退治してくれないだろうか?見た目は人間だけど、災厄の元になる子だ』って、写真付きで。その時の話だと、魔王は関与してないから安全だって言ってたのよ。それなのに……私、バイト先の後輩達だけじゃなくて、キューブ君にも裏切られてたの……?え?あ、ゴメン。ちょっと取り乱してた……とにかく、どんな方法でもいいから、この子を攻撃してほしい、って。今後の世界の平和はこの子を倒せるかどうかで決まるから、世界平和のために私の力をもう一度貸してほしいって言われたのよ。それでその気になって、この子を探し当てたんだけど、見つけた時には、既に私より魔力高い人達が護衛してたわけよ。だから、その人達に気付かれないように闇討ちみたいな形で攻撃を開始したんだけど、アンタ……じゃない!?ま、魔王様に捕まって今に至るってわけ」
だそうだ。
つまり浮遊狐は、このガキについての情報を何かしらつかんでいるって事だ。
そのうえで亡き者にしようとしてるって事が、何故なのかはわからんが、その辺はこの後じっくりと問い詰めればだけだ。
あ、ちなみに、ちゃんと話してくれたまひるちゃんには、ご褒美としてノゾミちゃんちで飯を奢ってから無事に帰宅させてやった。
だいぶ肩を落としてから、ありゃたぶんバイト辞めるな。
まぁともかく……そんなわけで、その後私は、両親に見つからないようにコソコソと、ガキをつれて帰宅して浮遊狐を問い詰めているわけである。
もちろん、とっくに変身は解除済みである。
いくら両親に見つからないようにしているっていっても、変身したままはさすがにマズイだろう。
っていうか、変身したまま自宅に帰る魔法少女とか見た事ないよな?
いや、そんな事はどうでもいいか。今はともかく浮遊狐だ。
「で?このガキを狙ってたって事は、テメェはコイツが何者なのか知ってるって事だよな?」
「キミはこの子が何者なのか知っているのかい!?」
この畜生、質問を質問で返してきやがったよ。
会話はキャッチボールが大切だってのに、このUMAその重要性わかってねぇだろ?
「聞いてんのはコッチなんだよ!テメェはただ『はい』か『いいえ』でだけ答えりゃいいんだよ!」
「だから、知らないから聞いてるんじゃないか!」
……ん?何か会話が噛み合ってなくね?
コレもしかして、会話のキャッチボールするつもりが、お互いにボール持って、お互いに暴投しまくってる感じなんじゃね?
「……もしかしてユミ。キミも知らないのかい?」
私が一瞬黙ったのを見て、浮遊狐が何やら察してくる。
普段は空気読まねぇくせに、こういう時だけ空気読んでくんじゃねぇよクソ。
「知らないのに何で一緒にいるんだい!?もしかして、また誘拐かい!?いい加減キミは、一般常識ってやつを学んだ方がいいんじゃないのかい!?」
「存在自体が常識外なテメェに言われたくねぇよ!?だいいち『また』って何だよ!?私は誘拐なんて一度もした事ねぇよ!!」
「現に今してるじゃないか!!キミは知らないかもしれないけれど、この世界では、知らない子供をさらってくるのは立派な犯罪なんだよ」
「テメェこそ、見ず知らずのガキを殺害しようとするのも立派な犯罪だって知ってっか?」
不毛な言い争いが続く……
なんか言い合いしたおかげで、お互いの暴投をキャッチできるようになってきたかもしれない。
実のある会話は一切できてないけどな!
「ユミ……提案がある。いったん落ち着かないかい?」
「……そうだな。とりあえずお互いの情報を整理しよう」
全然話が進まない事に、浮遊狐も気付いたのか、お互いのクールダウンを勧められたので、とりあえず受ける事にする。
「私は、このガキが迷子だって言うから保護してやっただけだ……ソッチは?」
「僕の方は……レイ様に命令されたんだ『この世界にいる魔法少女を使って、この子を攻撃しろ』って。理由を聞かれたら『後々の災厄になるからだ』とでも答えておけ、って……僕が持っている情報なんて、そんなものさ」
レイ様だぁ?何かしらの情報掴んでんのはアイツかよ。
に、してもだ……
「もっと詳細を聞いとけよ……」
「僕達は、レイ様に質問する権限がないんだよ。『やれ』って言われた事には黙って従うしかないんだよ」
使えねぇ獣だなぁ……
しゃあねぇな。あのイケ好かねぇオッサンを直接問い詰めるしかねぇな。
今コッチの世界にいんのか知らねぇけど、このガキに一枚かんでるって事は、少なくとも近いうちにはコッチに来るだろう。
その瞬間を見逃さずに、とっ捕まえるしかないな。
「お母さん……話はもう終わった?」
ハナッから私達の会話に興味を持たずに、ずっと漫画読んでたガキが話しかけてくる。
怒鳴り合ってたのが静かになったから声かけてきたんだろうけど、少しは話に興味持てよ!コッチはテメェの事で揉めてんだっての。
「……『お母さん』?」
ガキの一言を聞いて、浮遊狐が表情を歪める。
「キミが、見ず知らずの子供に『お母さん』と呼ばせる趣味があったとはね……でも、そういうフェチは、もう少し隠すようにしないと、周りがドン引きしてしまうよ」
うん、この獣は今すぐに息の根を止めておいた方がいい事がわかった気がするぞ。




