番外編12 ~異世界の研究者~
「ご覧になりましたかレイ様。アレが『人間災害』です」
この世界へと視察に来た僕の隣で、『第九個体』キューブ・エルグラ・ヴァイスシュヴァル・ラグ・ファルブがつぶやく。
場所は、人間災害と、どっかの世界から来ていた蛮族のような男が争っていた地点から数キロ離れたビルの屋上。
望遠魔法を使ってギリギリ見える範囲だ。
そのせいで、音声までは拾う事ができなかった。
とはいえ、大体の状況だけは判断する事ができる。
人間災害と戦っていた、蛮族男は、少なくとも僕が開発した、新型強化石を使用していたようだし、凄まじく強い魔力を有していた。
そして蛮族男だけではなく、ゲロ女の魔力量も同等であったし、もう一人も……
「最初に蛮族男と対峙していた、長髪の女性は?」
「え?エリカの事、ですか?……人間災害の妹です」
突然の僕の質問に不思議そうな顔をしつつも、答えを返してくる第九個体。
「少し気になっただけだ。お前が気にする必要はない」
もっとも、気になって質問されても、プログラムの人格ごときに答えるつもりはない。
「それにしても、人間災害の力……報告されていた以上のように思えたな……」
直に魔力をサーチした時も驚いた。
底が見えない、というのだろうか?人類が知覚できるような魔力ではなかった。
例えるのなら、海岸から海を見ているような感じだろうか?
そこから見える景色で『海が大きい』というのは視覚情報でわかるが、海全体の大きさを、その場からの視覚だけで理解できない、といった感じだろうか?
実に馬鹿げている。
『どの湖が一番大きいか?』という競い合いに、『海』が混じってきたようなものだ。
『海』を知らない第九個体では、正確な報告などできないのかもしれない。
実に腹立たしい事実ではあるが、直に見る事により『人間災害』に認定された理由が理解できてしまっていた。
劣等種の中からも突然変異体は出現する事もある、という事を認めなくてはならないのだろうか?
「申し訳ありませんレイ様。僕も……ユミが変身した状態で普通に戦っている場面を見た事がなかったんです……」
それはそうだろう。
あれだけの力があれば、遊んでいても勝てる。
「そりゃそうだろ。無駄な体力は使いたくねぇし……そもそもで、テメェ等に、私の手の内明かす気はないんだよ」
突然後ろから、第三者の声が聞こえてくる。
「ゆ……ユミ!?……エリカも!?何故この場所がわかったんだい!?」
そこには、先程まで数キロ先にいた人間災害と、人間災害の妹と思われる2人組が立っていた。
「テメェ等魔法で覗き見してただろ?……私に向けられた魔力に対しては逆探知できるって、随分と昔に説明しなかったか?バレバレなんだよお前等」
なるほど、そういうカラクリか……
僕が「人間災害の力を直に見たい」と言った時、第九個体が「感知されない程離れた場所から」と指定してきたのはそういう理由だったか。
ただ、人間災害の口振りから察するに、どれほど距離をとり、どれほど微弱な魔力反応だったとしても感づかれていたのだろう……
まったくもって無駄な事をしてしまった。
これなら、もっと近い場所で見ていればよかった。
「それでも……ソレを警戒して、魔力反応は隠すようにしていたんだ!何でキミ達にはわかるんだい!?」
「無駄な努力してんな……魔力に関して、私に隠蔽できると思うなよ」
そうだな。本気で無駄な事をしていたと後悔しているよ。
それにしても、恐ろしい女だ……
「だ、大丈夫だよ……気付いてたのはお姉ちゃんだけで、私は全然気付かなかったから」
第九個体を気遣うかのように、人間災害の妹がフォローを入れている。
この少女は、姉とは随分と違うのだな。
「まぁともかく、そんなくだらない事はどうでもいいんだよ。こんな時間でも、わざわざこんな場所まで来たのは、畜生ごときに会いに来たわけじゃねぇ……お前だよ、お前。さっきから『我関せず』みたいに黙ってるお前に用があるんだよ」
そう言いながら、人間災害は僕の方へと近づいてくる。
「僕の事かな?馬鹿がうつると困るんで、劣等種とはあまり話したくはないのだけれど、特別に答えてやってもいい……何かな?」
別に煽っているわけではない。
実際、別世界の劣等種とは会話をするつもりは一切ない。
だからこそ、劣等種とのやり取りをするために、ここにいる第九個体のような疑似生命体を作ったのだから……
だが、認めたくはないが、この人間災害は魔力に関しては優秀だ……優良種である我々の世界の人間以上に。
僕はバカではない。事実は事実として認めたうえで、この人間災害は特別扱いするべきだと思案した結果だ。
「はっ!思った通りのエスノ、セ……えっと、何だっけか?あ~……自国民族中心主義者だな。お前が、浮遊狐が言ってた『レイ様』ってやつなんだろ?」
少し考えを訂正しよう。
人間災害は、魔力は優秀でも、頭の方はあまりよろしくなさそうだ。
「単刀直入に言う。バカな異世界人が大挙してやって来て迷惑なんだ。私にかけた懸賞金取り消せ」
やはり頭はよろしくなさそうだ。
予想通りの発言すぎて面白味に欠ける。
だが、人間災害を直に見て、特別扱いする事を認めた今となっては、懸賞金の取り消しを了承してもいいのかもしれない。
かけていた額も、決して安い額ではない。払う必要がなくなったのなら、取っておいても損はないだろう。
……さて、どうするか?
「そこの人間災害の妹……エリカと呼ばれていたか?キミはどう思っている?姉に懸賞金がかかっていると迷惑か?」
「え!?」
突然話を振られてエリカは戸惑いの表情を浮かべる。
「そ、それはもちろん!……誤解される事が多いけど、お姉ちゃん、凄く優しいから……極悪人みたいに懸賞金がついてると嫌、かな……」
極悪人を迷いなく擁護できるとは……この少女は、心がキレイなのだろうか?
「……わかった。人間災害の懸賞金を取り消そう」
「……はぁ!?何で絵梨佳に決定権与えてんだよ!?マジメに考える気がねぇのかよ!」
即、極悪人の人間災害がクレームをつけてくる。
言われた通りに、懸賞金は取り消してやる、と言ってやっているのに、何が不満だというのだろう?
「僕はいつだってマジメさ……それと僕は、どんな人種であれ『美しい者』は好きなんだ。エリカは見た目も心も美しく、僕好みだった。だから、僕は彼女の意見を尊重した……それだけの事だ」
「え……?うええぇ!?」
僕の言葉を聞いてエリカはおかしな声を上げる。
うん、うろたえる姿も愛おしいな。
「……お前、ロリコンか?」
どういう意味かはわからないが、人間災害が僕を悪く言っている事はわかる。
「美しい者を愛でる事に、とやかく言われる覚えはないな」
「『美しい者を愛でたい』ってんなら、特別に私を見ててもいいぞ」
やはり人間災害は頭が弱いようだ。
もしくは、自らの容姿を客観視した事が無いのだろうか?
可哀想な奴だ……
「オイ!無視かよ!」
人間災害が雑魚相手に、マジメに戦わないのと同じで、僕も馬鹿相手に、マジメに会話はしたくないのだ。
「まぁいいか……私の懸賞金取り消してくれるってんなら、もう用はねぇ……お前も、もう視察する意味はねぇだろ?とっとと自分の世界帰れ……絵梨佳に危害を及ぼす前に」
せっかくこの世界に来たのだ。もう少しゆっくりとしていたいのだが。それに……
「エリカに危害が迫っているのなら、それを排除するまで帰るつもりはないな」
「テメェが排除される対象だって察しろよ!馬鹿なのか!?」
馬鹿に馬鹿扱いされても、何も響くものはないな……
「単調な煽りだな。それでは及第点すらあげられないな……ともかく、先程のは些細な冗談だ。2・3日程度で帰るから安心しろ……少し落ち着いてゆっくりする程度はかまわないだろう?」
僕は、自分の世界が一番好きなのだ。
この世界に長居するつもりはない。
「少しゆっくり、って……そもそもお前、どれくらい前にこの世界来たんだ?」
「……1時間強前だ」
いくら僕が、自分の世界が好きで、この世界に長居するつもりはなくても……旅行来て1時間程度で帰りたくはない。
「あ~……早く帰れ、とか言って……何かスマン」
状況を理解して、人間災害は素直に謝罪してくる。
こういう、自らの非を認めて謝れる部分は、魔力が高い以外にも、評価してやるべき箇所かのかもしれないな……




