番外編11 ~魔王の妹 part3~
私は今までサクラさんの事を少し誤解していたのかもしれない。
サクラさんは魔法の実力はあるのはわかっていたし、後輩の面倒見が良いのも知っていた。
それでも、何と言うか……『色々と残念な人』という印象が強かった。
だからこそ今、ポチさんが反魔法が使える、という絶望的な場面でも臆する事なく立ち向かい、あっという間に攻略の糸口を見つけ出したサクラさんの印象を訂正する必要があるんじゃないかと思えてきていた。
『思えてきた』だけに留まっているのは、別に有利な展開になったわけではないのに、もう勝った気になってポチさんを煽っているのを見せられているからである。
……何でこの人は、墓穴を掘るのが好きなのだろう?
良い人だっていうのはわかっている。わかっているのだけれど……やっぱり、色々と残念な人なのかもしれない。
現に今、怒ったポチさんに追い掛け回されている。
遠距離攻撃得意なサクラさんからすると、距離を取りたいのだろうけど、ポチさんから離れようと必死になって動いているものの、ピッタリと着かれてしまっていて、どうにもならない状態になっている。
ポチさんの性格上、反魔法の使用制限がバレただけなら『それでも、貴様ごときに本気を出しているようでは裕美殿には勝てん!』みたいな事言い出したりして、慢心からの隙をつくチャンスはあったかもしれないのに……何で煽って、そのチャンスを無くしたの?
とはいえ、この状況。
サクラさんがやられたら、次は再び私がピンチに陥る事になるだろう。
今ならまだ、2対1で戦える……サクラさんと連携取るのは難しそうな気がするけれど、とにかくやるしかない。
サクラさんが、ランダムにちょろちょろと動き回っているせいで、狙いが定めにくくなってしまってはいるが、ポチさんの動きをよく見つつ、タイミングよく魔力弾を放つ。
不意打ち気味に放った一撃ではあったけれど、予想通りというか何というか、ポチさんには察知されて、すぐに右手でかき消されてしまっていた。
ただ、その一瞬の隙を見せたポチさんに対して、サクラさんが合わせるようにして、すぐさまポチさんの左側へと回り込み、魔法攻撃を放っていた。
私の攻撃に、打合せ無しで、攻撃を合わせてくれるとか、サクラさん凄い機転が利く……んだけど、やっぱり残念な人の印象がぬぐえないのは何でなんだろう?
そして、回し蹴りをするようにして、右足で、サクラさんが放った攻撃もかき消すポチさん。
やっぱり、遠距離からの攻撃で、反魔法をかいくぐるのは難しいのかもしれない……それなら!
意を決して、私はポチさんへと接近する。
回し蹴りによって、足を軽く浮かせていたせいで、咄嗟に対応できなくなっていたポチさんへと近づき、左肩に手をかける。
反魔法がやっかいなら、ポチさんの魔力を直接操って、反魔法を消させてやる!
ポチさんに何か対応させる前に、すぐに魔法を発動させる。
前にサクラさんに「危険だから使用は控えろ」と言われてはいたけど、緊急事態なので、サクラさんの目の前で約束を破る。
今のポチさんの魔力量は、私よりもちょっと上なのだろう。ポチさんの魔力回路にアクセスした瞬間、物凄い頭痛に襲われた。
お姉ちゃんに使った時は、頭痛がどうこう言う以前に、弾かれるような腕の痛みで断念してしまったけれど、普通に発動してたら、こんな痛みがくるっていうのは初めてわかったかもしれない。
前にサクラさんは、風船とかでこの魔法を例えてたけど、パソコンか何かで例えた方が的確なのかもしれない。
有線で繋いで、性能の良いPCをいじくるみたいな感じだろうか?この頭痛は、CPUの処理速度の限界に達しているからくるような感じなのかもしれない。
そして、お姉ちゃんに試した時は、お姉ちゃんっていうPCが異次元すぎて、繋いだ配線の規格が合わなくて、ケーブルが焼き切れた、みたいな感じだったのかもしれない。
ともかく、ポチさんの魔力を操って、反魔法を消さなければ勝機は無い。
ぐうう……頭痛い。
頭に負荷をかけてるからなのか、鼻から血が垂れてくるのがわかる。それでも……それでも離すわけにはいかない!
「……っく!?ちょこざいな事を!?」
ポチさんが舌打ちする声が聞こえ、ポチさんの左肩にのせていた手を掴まれる。
そして、それと同時に頭痛が消える。
「……反魔法!?」
一歩遅かった。
ポチさんに捕まれてしまった私の腕から魔力反応が消える。
「さすがは裕美殿の妹だ。一瞬だがヒヤッとしたぞ……裕美殿に似て、えげつない魔法を使ってくるものだ」
そう言いながらもポチさんは、そのまま私を羽交い絞めにして、突然180度回転する。
「……へ?」
「あっ!?」
突然の事で出た、私の変な声と、サクラさんの叫びが同時に響く。
そして、羽交い絞めされた私の目の前には、おそらくサクラさんが放ったであろう魔法攻撃が迫っていた。
「いやあぁぁ!?」
叫びながらも咄嗟に防壁を全力で展開する。
それとほぼ同時に、私の拘束を解いて、ポチさんが横に飛ぶ。
私は対応できずに、そのままサクラさんの魔法をくらって思いっきり吹っ飛ばされる。
「ごめん絵梨佳!生きてる!?……ったく、何なのよヤガミ!後ろに目でも着いてんの?何で気付いたのよ!」
私を攻撃した言い訳をするかのようにポチさんへの愚痴をこぼす。
言い訳とかいいよサクラさん……コレ、けっこう全力でぶっ放したでしょ?身体中痛くて動けないんだけど……防壁を全力ではらなかったら死んでたんじゃないかなコレ?
まぁサクラさんへの報復は後々考えるとして、とにかくマズイ展開だ。
私は動けなくなってるし、サクラさんは私に対して言い訳しようと必死になってて隙だらけになってる。
「……ぐっふ!!?」
案の定、猛スピードで突進してきたポチさんに対応できずに、みぞおちを殴られてノックアウトされてるし……
あ、サクラさん吐いてる。よっぽど痛かったんだろうなぁ……いや、内心「ざまぁみろ」とか思ってないよ。ホントだよ。
でも、サクラさんの今の魔力なら、相当強力な防壁はれたんじゃないのかな?いくらなんでも無防備に殴られるなんて事は……
いや、そうか……ポチさんは右手でサクラさんを殴ってた。
つまりは、どんなに強力な防壁展開してても、かき消されて無効化されてるんだ。
メインの防御が防壁っていう戦い方に慣れている分、唐突に無効化された時の衝撃は、覚悟している時の比じゃないだろう。
ポチさんも、反魔法を展開していたから、魔力を込めて殴るような事はしてなさそうだったけど、それでも、魔法とか抜きで、無防備になっている腹を全力で殴られている。
対格差から見ても、身長180近いガタイの良い成人男性が、15.6歳の少女を全力でぶん殴っている状態だ。
フェミニストさん達が見過ごせないような状況なわけで、下手したら死んでもおかしくない攻撃をサクラさんは受けたのだ。
それはのたうち回って血反吐も吐くよね……
って呑気にサクラさんの実況中継してる場合じゃない!?かなりピンチじゃない私達?
いや、私もサクラさんも、もう戦えるような状態じゃないから、もうコレでお終いに……
「どうした?この程度で終わりではあるまいな?回復するくらいに時間は与えてやる……さっさとかかって来るがいい」
ええ!?まだやらないとダメなの!?
もう無理!私無理!!身体中痛いし、そもそもで私戦闘狂でも何でもないから、無理してでも戦う理由ないし!!
「ば……かに……して…………後悔……させてやるわよ……ヤガミィィ!!」
何かサクラさんやる気になっちゃってるし!?
やめてよ!本当に死んじゃうよ!?
そうだ……サクラさん一人で続けたら、たぶん殺されちゃう。
でも……でも、私も一緒に戦えれば、少しでも生存確率は上がるかもしれない……
本当は、このまま横になってやり過ごしたい。
でも、目の前でサクラさんがボロボロにされていくのを、黙って眺めているような事はしたくない!
私は痛む身体に鞭打ちながら、回復魔法をかけつつ立ち上が……
「悪ぃけどよサクラ……ポチを後悔させる役目、私に譲ってくんね?」
突然私の真横から聞こえてくる声に振り返る。
「お……お姉、ちゃん?」
今までまったく気配がなかったのに、そこには、いつの間に魔王さん……変身した姿のお姉ちゃんが立っていた。
お姉ちゃんを見た安心感からだろうか、立ち上がろうと力を入れていた足から気力が抜け、倒れるように座り込む。
来るの遅いよ、お姉ちゃん……
「私の可愛い妹を、こんなボロボロにした罪は重いぞ……覚悟はできてんだろうな?ポチ」
お姉ちゃんゴメン……コレやったのポチさんじゃなくてサクラさんなの……
そんな言葉をそっと飲み込んで、私は状況を見守る事にするのだった。
 




