番外編10 ~ポンコツ担当の四天王 part3~
私は、物心ついた時から、ヤガミの凶暴性を聞かされ続けて育ってきた。
だからこそ、この世界に来て、随分と落ち着いた、イメージと違った実物のヤガミを見た時は、正直拍子抜けした気分になった。
ただ、長年しみ込まされたイメージという物は、中々払拭する事はできずに、私は常にヤガミを警戒はしていた。
なので、さっきヴィグル社長から「エフィさんがヤガミにやられた。ヤガミは現在行方不明で、次に何をするかわからないから用心しておけ」という内容の連絡をもらった時も、若干の驚きはあったものの「やっぱりか……」という思いの方が強かった。
ヴィグル社長から連絡を受けた時間は、真夜中と言ってもいいような時間ではあったが、私はすぐに、部屋の中央に脱ぎ捨てていた厚手のコートを手に取り、ヤガミを探すため、外に飛び出した。
どうせ家にいても、テレビ観ながらくつろぐくらいしかやる事はないし、何よりも、暴走したヤガミを止めるのが、魔王軍四天王の一人として……そして、魔王ヤガミを倒すために教育され続けた私の役目な気がしたからだ。
どれくらい探し歩いただろうか?
時刻も、とっくに0時を回り日が変わっていた。
もう今日は諦めて帰ろうか……そんな気分になってきた時、私のサーチ範囲に2つの大きな魔力反応が入ってきた。
1つは変身した絵梨佳の魔力とわかったが、もう1つが、今まで見てきた魔力反応の誰とも一致しなかった。
ただ、何となくわかる。これはヤガミのものだろう。
私は、その魔力反応がある方へと走り出しながら、コートのポケットに手を入れる。
そこには、前に私にケンカふっかけてきた異世界のオバサンが、死んでも、大事そうに握りしめていた奇妙な石があった。
その効果は、一度こっそりと試しているので知っている。
効果を知った時は、あのオバサンが、でかい魔力を何で扱えていなかったのか理解できて、スッキリした、くらいしか思わなかったが、この状況になって、それをヤガミが手に入れたらどうするか?という、わかりやすい結果を失念していた事に気が付いた。
魔力で脚力強化して走っただけあり、現場にはあっという間に着いた。
倒れこんでいる絵梨佳と、予想通り魔力を強化したヤガミがそこにはいた。
見るからに絵梨佳は、絶体絶命のピンチ状態になっている。
……すぐにでもヤガミと引き剝がさないと、絵梨佳がマズイ事になりそうだ。
私は奇妙な石で魔力を強化して、すぐさま魔法でヤガミを吹き飛ばす。
「今まで大人しくしてたから油断してたわ……ついに本性を現したわねヤガミ!」
喋りながら、吹っ飛んだヤガミの方へと歩いていく。
「なるほど……コレはコレで面白そうだ」
何かをつぶやきながら、余裕の表情で立ち上がるヤガミ。
クソ……全然ダメージなさそうねコレ。
そんなヤガミに向かって、私は右手を横一線に振り、風を刃にした魔法を放つ。
……凄いわねコレ。
軽く放っただけなのに、普段だったら若干魔力を溜めないと出せないような威力の魔法が放ててる。
そりゃあ、この石使ってた連中は、気が大きくなるわけね。
ただ、そんな私の一撃を、ヤガミは右手で払うだけでかき消してしまっていた。
「無茶苦茶ね……そこそこ威力あったハズなのに、軽く払わないでほしいわよ……」
思わず本音をぼやいてしまう。
「気を付けてサクラさん!ポチさんは反魔法を習得してます!」
一連の流れを見ていた絵梨佳が、アドバイスを送るように叫ぶ。
しかし、なるほど……反魔法、ね。
私の魔法があっさりかき消されたのは、そういうカラクリがあったわけね……
ホント……『魔王』って称号を得るような連中は、たちが悪くて仕方ない。
「本っっ当にムカつくわね……」
誰に言うわけでもないつぶやき。
正直な私の感想だ。
「反魔法は不満か?ならば反魔法は使わずに相手してやってもいいぞ。貴様を倒すのに、反魔法など不要だからな」
随分と、人を小馬鹿にした物言いね……まぁいつもの煽りだろうから、それに対していちいち腹を立ててたらヤガミの思うつぼなのだろう。
「遠慮なく使ってもらっていいわよ。使わずに私に負けて『反魔法さえ使ってれば負けなかったのに』とか言って半ベソかいていちゃもん付けられても迷惑だしね……全力のアンタをぶっ飛ばして、その鼻っ面へし折ってやるわよ」
煽られたら煽りかえす。私も随分とヤガミの扱いには慣れてきたものね……
「へし折れるといいな。応援するぞ。『反魔法さえなければ勝てたのに』とピーピー泣かれてもかなわんからな」
へ……平常心、平常心よ私!怒ったらアイツの思うつぼよ!
冷静に対処さえしていれば活路もあるだろう。
そう、今は冷静に考えなくてはならない。
反魔法を使えるって事は、ある意味では、魔力が低いクソ魔王を相手にするようなものだ。
力技で攻めていっても、勝てるような相手ではないだろう。
まずは、クソ魔王をチートたらしめている原因の一つである反魔法を何とかしなくてはならない。
……ん?ちょっと待って!?『クソ魔王の反魔法』?
棒立ち状態のクソ魔王を不意打ちしたとしても、反魔法でかき消されてしまうだろう。
たとえ本人がよそ見していて、不意打ちに全く反応していなくてもだ。
じゃあ……何でヤガミはさっき、私の魔法を動いて対処した?
「ヤガミ……ほえ面かかせてやるわよ……」
私は、魔力で大量の針のような物を作る。
美咲もこんな感じの魔法を使っているのを見た事があるが、それよりも込めている魔力の量は少なく、小さくなっている。
そして、この程度の物だったら、今の私なら、何万本作っても魔力の消費は微々たるものだ。
私は、その大量の針のような物を空中で操作して、その全てをヤガミの周りに集結させる。
「そういえば貴様は、遠距離攻撃魔法が得意なのだったな……ひょっとしてコレは、接近戦を得意とする我を近づけさせないための、機雷原か何かのつもりか?」
ヤガミが何か話しかけてくるが、聞こえないフリをして無視する。
「いくら数を増やしたとしても、この程度で我が突進を躊躇するとでも思っているのか?」
まだ何か喋ってる……はいはい、無視無視。
「浅はかだな……バカだとは思っていたが、これほどとは……我は貴様を少々過大評価していたようだな」
「勝手に人をバカ扱いしないでよね、バーカ!」
タイミングを見計らって、手をグッと握って魔力の針達に合図を送る。
私の合図に合わせて、針達は一斉にヤガミに向かっていく。
全方位から隙間なく襲い掛かってくる針の束だ。
転移魔法でも使わない限り避けようがないだろう。
ただコレは、ダメージを与えようと思って放った攻撃ではない。
この程度の威力でダメージを与えられない事ぐらい、作った私が一番よくわかっている。
むしろ、針治療されたみたいに、逆にスッキリするんじゃないか?ってくらいだ。
もちろん私だってバカではない。無駄な事をしたくてやったわけではない。
この魔法には少し細工をしておいたのだ。
それは簡単な細工……『刺さっても数秒は消えずに残る』たったそれだけの簡単な細工だ。
「……っく!?」
小さく舌打ちをするヤガミ。
どうやら私のしたかった事を今更理解したようだ。
最初に私の魔法を反魔法で打ち消した時、ヤガミは右手を振っていた。
これがクソ魔王だったら、微動だにせずに受けて、魔法をかき消すだろう。
つまりヤガミも、エフィさんと同じで反魔法に制限があり、クソ魔王ほど反魔法を扱えていない、という事なのだ。
その証拠に、体全体で私の針魔法を受けたヤガミは、身体中に細かい針が刺さっていた。
……ただ、右手と右足だけは何も刺さっていない状態で。
「どうしたのヤガミ?もしかして私にハンデくれてるつもり?随分とお優しいのね……クソ魔王みたいに体全体に反魔法をかけてもいいわよ?それとも……もしかして、反魔法どうこうとか偉そうな事言ってたクセに使いこなせてない、とか恥ずかしい事になってるの?」
「……小娘が!」
ヤガミが使う反魔法のカラクリに、私は気付く事ができないとでも思っていたのだろう。凄く悔しそうな顔をしている。
「あらあら、ヤガミさんともあろうお方が、罵倒にキレがなくなっちゃいましたねぇ……私にあっさり見破られたのがそんなに悔しかったんでちゅかぁ?」
「少しは手心加えて戦ってやろうかとも思っていたが気が変わった。覚悟しろ小娘」
あはははは!怒ってる。ヤガミ本気で怒ってる。
やばい……ヤガミ煽るのって超楽しい!




