番外編8 ~魔王の妹~
エフィさんが大怪我をした。
お姉ちゃんが、電話越しにそんな話をしているのを、私は盗み聞いていた。
魔力を扱って戦う事もあるのだから、ケガをする事だってある、というのはわかっていた事ではあるのだけれど、実際に敵と戦って負ける事による、生きるか死ぬかの大怪我をするような局面に遭遇して、私は内心動揺していた。
エフィさんは強い人だ。たぶんお姉ちゃんの次くらいに強いんじゃないかと思う。
そんな私よりも強い人がやられてしまったのだ。
もしかしたら、私も同じ様な目にあう事だってあるし、それで……もしかしたら死んでしまう事だってあるのだと考えたら、途端に怖くなってしまっていた。
……一度、自ら命を絶っている私が何を言っているのかと思うかもしれないけれど、決意して覚悟を決めているのと、何もなく穏やかに生きていて、突然命を奪われるのは全然違う。
生き返ったすぐに、魔王さん……お姉ちゃんに反乱しよう!とか言っていたのが、いかに何もわかっていない子供の戯言だったのかというのを、今更ながら実感していた。
この前、異世界の人達に襲われた時もそうだ。
私の魔力だったら負けるわけない、とかいう慢心もあっただろうし、お姉ちゃんが近くにいてくれていた安心感もあって、一歩間違えたら、死の危険すらあった、という認識が欠如していた。
突然、魔力を……戦える力を手に入れた事で、どこかで、漫画の主人公にでもなった気分になっていたのかもしれない。
自分だけは大丈夫!そんな根拠もない妄想を信じていたんだ……
そんな事を色々と考えている内に、いつの間にかお姉ちゃんの電話は終わっていた。
今からエフィさんの様子を見に行く、と口にしたお姉ちゃんに、私は「エフィさんが心配だからついて行く」とわがままを言った。
今お姉ちゃんに置いて行かれて、一人になるのは嫌だった。
反対されても、意地でも一緒に行ってやる!くらいの覚悟ではいたのだけれど、お姉ちゃんからはあっさりと一緒に行く事を了承されて少し驚いた。
いつものお姉ちゃんだったら「別にエフィに用事があるわけじゃねぇだろ?邪魔になるだけだから来なくていい」とか言うと思ったのだけれど……どうしたんだろう?まぁついて行っていいならいいで、それに越した事は無いんだけど。
しかし、着いて、エフィさんの無事を確認した後は、想像上のお姉ちゃんが言っていたように、容体確認以上の用事もなく、ただ邪魔にならないように、ヴィグルさん、ステラさんの二人と一緒に、別室で待機しているだけしか、出来る事がなくなっていた。
「あの……エフィさんをあんな風にしたの、本当にポチさんなんですか?」
エフィさんとお姉ちゃんが、二人きりで話を始める前に、チラッと言っていた事を思い出し、確認の意味も込めてヴィグルさんへと質問をしてみた。
「そう……ですね。状況的にに間違いはないでしょうね。事実、ポチさんとは連絡が取れなくなっていますし、少し前に絵梨佳さん達が捕らえてくれていた異世界人が持っていた石も、現在行方不明になっておりますので……真っ先に疑うべくは、その石の保管任務をしていたポチさんでしょうしね」
ヴィグルさんは、何とも苦しそうな表情をして、絞り出すような声で答えてくれた。
ポチさんを一番信用していたのは、たぶんお姉ちゃんではなく、ヴィグルさんだろう。
だからこそ、ポチさんが裏切り行為をして、一番心を痛めているのは、おそらくヴィグルさんなんだと思う。
「ワタクシは悔しいです!女神様の仇を取りたいのですが、女神様でも勝てなかった人には、ワタクシでは逆立ちしても、刺し違える事すら出来ずに負けてしまうでしょう……こんな時に役に立てない、ワタクシの力の無さが憎いです!!」
ずっと静かにしていると思っていたステラさんが、小さく、絞り出すような声で叫びだす。
その言葉は、自分に向けて言っているのだろうけど、私には、その言葉の真意は、私に向かって言っているように思えた。
私の変身後の魔力は、エフィさんに次いで強い……と思う。
そんな私に、ステラさんは「私にはかたき討ちをする力は無いけど、アナタにはあるでしょ?」と言っているように聞こえてしまっていた。
たぶん、少し前の私だったら「私に任せてステラさん!簡単に人を傷つける人は許せないから、私がエフィさんの仇をとってみせるよ!」とか、物語の主人公気取りで言ってたと思う。
でも今は違う。
魔法少女に変身できるようになってから、本気で命のやり取りをしていなかったので、感覚が麻痺してしまっていたのだけれど、今は、これは物語ではなくて、現実世界なんだという事を理解してしまっている。
主人公達は絶対に負けない、なんていう理屈は存在しない。
これは、一歩間違えたら死んでしまってもおかしくない現実だ。
間違っても「私に任せて!」なんて言えなかった。
「気負いすぎですよステラさん……先程エフィさんも仰っていたでしょう?『ステラさんの回復魔法があって助かった』って……我々は万能ではないのです。ポチさんの事は裕美様に任せて、出来る事をしていけば良いのです」
ヴィグルさんがステラさんに掛けている言葉が、私には刺さった。
『出来る事をする』……私には、一体何ができるんだろうか?
お姉ちゃんの次に、ポチさんに勝てる可能性があるのは私だろう……だったら、私に出来る事っていうのは、真っ先にポチさんと戦う事?
嫌だ!怖い……!
「あの……エフィさんの無事も確認できたんで、私先に帰りますね」
責められているようで辛かった。
一刻も早く逃げ出したくなって、空気も読まずに話に割り込んでいった。
「裕美さんを待たなくてよろしいんですか?」
「お姉ちゃん、まだ時間かかりそうだから……邪魔しちゃ悪いしね」
気を使ってくるステラさんに適当な言い訳をする。
「何もお構いできずに申し訳ありません絵梨佳さん……家までお送りしますよ」
すぐにヴィグルさんが、私が帰る流れを作ってくれるように言ってきてくれる。
ヴィグルさんの事だ、たぶん私の態度を見て、何となく雰囲気を察してくれたのだろう。
普段は『何でそんなに考えてる事察せるんだろう?何か気持ち悪い……』とか思ってたけど、こんな場面では非常にありがたかった。
「私一人でも大丈夫です。何かあったら変身して対処するんで大丈夫だと思います」
何かあったら変身して対処……か、ポチさんに襲われたらどうしようもないんだけどね……
まぁ、ポチさん以外だったら対処可能かな?
「そうですか、わかりました。エフィさんより強いのは裕美様しかいないので、おそらくエフィさんを倒したポチさんは、裕美様以外を襲う事は無いと思うので安心していいかもしれませんね……あ、でも、それ以外のアクシデントにも注意してくださいね」
あきらかに私の心情を理解したうえでの、見送りの言葉だ……やっぱりちょっと気持ち悪いかもしれない。
そんな事を考えながら、自宅へと向かって帰路につく。
エフィさんの住むマンションは、魔王軍本部ビルの近くにあるので、実質普段の通勤経路での帰宅なので、慣れた足取りで歩を進めていく。
「ほぉ……通勤経路で張っていれば、魔力を持たない貴様とも、いずれ会えるだろうとは思っていたが……予想以上に早く発見できたな」
歩を進めていた私の目の前に、見た事ある人影のオジサンが立っていた。
「ひ……人違いじゃないですかぁ~」
視線を逸らしながら、声色を変えて対処してみる。
「いいや、人違いではないな。絵梨佳、我は貴様に用があるのだ」
残念ながら逃げられなかったらしい……
っていうかヴィグルさんの嘘つき!
襲われないから安心しろとか言ってたじゃない!?
あ、もしかして「気持ち悪い」とか考えているのも見透かされていて、ちょっとイラっとしたから、私に嘘ついてきた、とか?
本当は超危険だってわかってたのに、あえて私に「安心していい」とか言ってきたとか!?
いや、私がそう考えるのも見越して、オマケ程度に「注意はしてね」とか付け加えていたとか?
それよりも、むしろポチさんの考えを読んで、私を差し向けるよう誘導していたとか!!?
あ~~!!?もう頭混乱してきた!!?
とにかく、えっと……ヴィグルさん気持ち悪い!!




