番外編6 ~魔王軍四天王総括~
最近仕事が忙しい。
いちおうその理由はわかっている。
聞いた話によれば、異世界からマオウ・サマを狙って刺客がやってきているようで、そういった連中をマオウ・サマが返り討ちにしているため、ヴィグルさんが大忙しになり、ヴィグルさんの手が回らなくなってしまった業務が、私の方へと流れてきているためだ。
まったくもって迷惑な事だ。
やって来ている連中の魔力反応は時折確認はしていたが、あの程度で『人間災害』と言われたマオウ・サマを倒せるわけないじゃないか。
連中は命を無駄にして、私の仕事を増やす行為をしているだけにすぎないのだと、少しは理解してもらいたいものである。
私がこの世界に来て数十日。まだ、この世界での趣味と呼ばれるようなものは持ち合わせていないので、家に帰っても、これと言って特別したい事があるわけではない。なので、食べる時と寝る時以外は仕事をしていてもいいのかもしれないが、そうはしないように心がけている。
まがりなりにも私は管理職という立場である。
忙しいからと言って働きづめでいると、下の立場の者が帰宅を遠慮してしまうような事がある、と知ったので、それからはどんなに遅くても深夜手当が付く前の時間には帰宅するようにはしている。
そして今日もまた、ギリギリ22時前には魔王軍本部の出入口から外へと出るのだった。
魔王軍本部ビルの明かりは、まだ煌々と付いている。
この時間は、交代勤務者が頑張っているのだろう。
もう明かりのほとんどなくなったこの町で、このビルだけは不夜城のように光を放っている。
昼間は周りの建物と同化して、あまり目立つ事のない魔王軍本部ビルだが、夜になるとその存在を強調する。
他の人がどう思うかはわからないが、私は、この二面性が持つ輝きを美しいと感じており、その輝きを帰宅しながら少し離れた位置から見るのが好きだった。
「そんな私の至福の時間を邪魔するのは無粋だとは思わないかい?」
立ち止まり、ビルの明かりを見ながらも、暗闇に向かって声をかける。
「最近は仕事が忙しくて疲れているんだ。用が無いのなら帰りたいのだけど……いいかな?」
暗闇に潜んでいても、私の方に向けられる殺気と、大き目な魔力反応は隠せていない。
「バレてたのか……その強力な魔力は見せかけじゃないって事か……いちおう確認させてくれ。お前が『人間災害』か?」
喋りながら、暗闇から現れたのは、赤色の髪をした青年だった。
しかし……思った通りの展開すぎて、何とも興ざめする気分だ。
思った通り、私をマオウ・サマと勘違いしているパターンなんだろう……魔力が強いというのも、色々と考えものかもしれない。
「人違いだから帰ってくれないか……と言ったら納得して帰ってくれるのかな?」
「『馬鹿にするな』って返すかな?数日かけて周辺は調べた。この世界で最も魔力が高いのはお前だというのはわかっている……そもそも、お前の持つその魔力より、さらに強い魔力を持ったヤツがこの世に存在するとは思わないな」
いるんだけどなぁ……さらに桁外れな規格外魔力持ってる人が。
あの魔力を直に見れば『ああ……こりゃ災害レベルの魔力だ……』って納得してもらえるんだろうけど、マオウ・サマは普段は魔力を抑えてるからね……
そのせいで、繰り上がりで、次点の私が『一番強い魔力持ち』になってしまっているんだろうけど……マオウ・サマの桁外れな魔力を知っている身としては、『一番』とか言われても、実際の一番とのレベル差が激しすぎて、正直嬉しくもなんともない。
「そうだね。キミの言っている事はもっともだ。私が人間災害でない、という明確な証拠を提示する事ができない以上、キミの中で私は人間災害なのだろう……それで?仮に私が人間災害だったとして、キミはどうするんだい?私を神に見立てて拝むかい?」
言っといてなんだが、できればそういう事は勘弁してほしいのだけどね……宗教関係は二度と関わりたくない。
「その口調が気に入らないな。実力からの自信の表れなのかもしれないが、聞いていて腹が立つ。これなら遠慮なくぶん殴れそうだ……それと『どうしたいか?』って質問の答えは『お前の命が欲しい』だ!」
この口調じゃないとまともに喋れないからなのだけれど、説明しても理解してもらえないだろうな。
それはともかく、予想通りな答えに少し安心する。
テンプレ的な会話の流れなら、挙動不審にならずに対処できるので非常にありがたい。
「仕方がないね……私はマオウ・サマの様に、遊び感覚で戦うような事はしないから、容赦をするつもりはないよ。それでもいいなら、かかってくるといい」
私はそう言いながら、踵を地につけたまま爪先で、トントンッと地面を軽く叩く。
「その余裕の口調……いつまで続けてられるかな!」
そういいながら青年は、手に魔力をため、それを投擲してくる。
なんだ……『ぶん殴る』とか言ってたから直接殴りに来るのかと思っていたのに……遠距離からの攻撃とか、この青年、意外と臆病なのかもしれない。
「言い忘れたのだけれど、そんなミエミエの攻撃は私には無意味だよ」
魔力弾の方へと左手を向けながら忠告をする。
そして、私の左手に触れた魔力の塊は、跡形もなく消え去る。
やっぱり便利だな……マオウ・サマの反魔法
「何だ……ソレ……どういう手品だ!!?」
そうだよね、反魔法インチキすぎるよね。うん、わかるよ。私も初めてやられた時は泣き叫んだもんね。
「どういう仕掛けかわからんが、遠距離攻撃が効かないのなら直接攻撃するまでだっ!」
この青年、切り替えが早いな……
絶望してしばらく泣いてた私の立つ瀬がないじゃないか。
それはともかく、青年は凄まじい勢いで私の方へと突進してくる。
「そう……最初からそうしてくれていればよかったんだよ……」
そっとつぶやきながら、私はゆっくりと後ろ向きに、数歩移動する。
そして、私が元々立っていた位置に青年が到達した瞬間、足元から発生した炎に包まれ、あっという間に火だるまになる。
「ああああぁぁぁぁぁ!!!?」
青年は、熱さに見悶えて倒れこみ、叫び声を上げながらも必死に消火しようとしているが、炎の勢いは衰える事なく青年の身体を燃やし続けた。
これぞ私が、さっき足をトントンして仕掛けておいたトラップ魔法!
通常、攻撃しようと思って魔力を発動させると、魔力を込めれば込めるほど、魔力を集中させている身体の一部に魔力の塊が可視化されてしまうので、警戒されやすくなってしまうのだが、地面に仕掛ける事で、どれだけ魔力を込めても警戒されにくくなっているのだ。
もちろん、仕掛けた位置に誰も来なければ発動しない、というデメリットはあるのだけれど、今回の青年は愚直なくらいにテンプレ行動を取ってくれていたので、上手くかみ合った感じだ。
「上手くハマってくれて助かったよ。トラップ発動せずにキミを倒してしまったら、後からトラップ解除をするハメになっていたからね」
まぁそのままにしといても私は困らないのだが、さすがに公道に地雷埋めたまま放置するような行為は慎んだ方がいいだろう。
「ああ、それと……このトラップには私の魔力が相当つまっている。その炎を消すには、キミ程度の魔力では無理だと思うよ…………って、もう聞こえていないかな?」
いつの間にか青年の叫び声は聞こえなくなっていた。
ただ、皮膚・肉・骨を焼く、不快な臭いだけが辺りに漂っていた。
「極力、無駄な仕事はしたくないのでね……悪いのだけれど、骨も残らずに燃え尽きてもらうよ」
もう聞く者のいない言葉を、一人炎に向かってつぶやく。
とりあえず、ちゃんと死んでいるかの確認もあり、サーチ魔法を使ってみる。
「!!!!?」
途端に背筋が凍る。
凄まじい殺気と、凄まじい魔力を背後に感じたのだ。
こんな恐怖を感じたのは、マオウ・サマと対峙した時以来かもしれない……いや、さすがにあの時ほどの絶望感まではないか……
私は恐る恐る後ろを振り返る。
「なっ!?キミは!?……何で!?」
反射的に声を出してしまう。混乱しすぎだろう私!?
振り返った私の視界に入ってきたのは……




