第二十話 警戒中
「全然来ねぇじゃねぇかよ!?」
浮遊狐から、お偉いさんが来るとか聞いてから数日。
変な魔力反応がないかどうか目を光らせながら日常を過ごしていたのだが、いっこうにそんな気配はなかった。
「どうしたのお姉ちゃん?誰か来るのを待ってるの?」
おもわずリビングで叫んでしまったため、近くにいた絵梨佳が反応してくるが、あいにくと私がクレームを入れたのは、リビングにいるもう一人……じゃねぇな、もう一匹に対してなのだ。
「もしかしてユミ、ずっとレイ様を警戒してたのかい?」
そりゃあそうだろう!警戒して何が悪い!
というか、相手が私にからむ気がなかったとしても、コチラからは言いたい事が山ほどあるのだ。
そのレイ様とやらがコッチの世界に来たのならとっ捕まえて、とりあえずは私にかけられた懸賞金を取り消すように言わなければ、この先ずっと苦労するハメになるんだから、私だって必死だ。
「レイ様?……ってたしか前に話してた、お姉ちゃんに懸賞金かけたって人だよね?お姉ちゃんが警戒するって事は、凄く強い人なの?」
そういや、私に懸賞金がかけられた、って話を浮遊狐から聞いた時に絵梨佳も一緒にいたんだった……よくその一瞬に出てきた名前を憶えてたな絵梨佳。
「どうだろう?魔力は強いけど、新型強化石を使わないと攻撃系の魔法は使えないハズなんだけど、僕はレイ様が新型強化石を使ってるところを見た事がないから、正確な戦闘能力はわからないんだ」
使えねぇ獣だな。もう少し有益な情報を提示しろよな。
「まぁどんだけ戦闘能力持ってたとしても、自分から動いてどうこうする気はないんだろ?だったらその辺の情報は、持ってても意味ないやつだろうから、どうでもいいのか?」
ついでに言うと、どんだけ強かったとしても、私は負ける気はない。
「直接戦わない?……じゃあ何しに来るの?」
「視察らしいぞ。私の何を見たいのか知らねぇけど、私の無害さを理解して懸賞金取り下げてくれるならありがたいんだけどな……」
詳しい状況がわからない絵梨佳に、私が持っている情報を伝えておく。
と言っても、私もこの程度の情報しか与えられないので、持ってる情報量の差はさほどないんだろうけどね。
「自分の事を人畜無害だと言うのは、冗談としては突っ込むのが難しいボケだね。本気で言っているなら脳の病気だろうから養生した方がいいよユミ」
突っ込むのが難しいとか言って、けっこう毒多目なツッコミしてんじゃねぇかよオイ!?それとも、もしかして本気で脳の心配されてんのか私?
「ともかく、ユミがレイ様に会ったとして、懸賞金を取り消してくれるかどうかは難しいところだと思うよ」
「だから何でだよ!?私が何したって言うんだよ!?500億ドルの大金かけられるほどの悪さはしてねぇだろ!?」
こんな使いッパシリの獣に文句を言っても仕方ないのかもしれないが、とりあえず叫ばずにはいられなかった。
「エフィ達の世界を一度滅ぼした事があるのは誰だい?それと、この世界を力で征服している連中の最高権力者は一体誰だと思っているんだい?」
……私か。
いや、でも、どんな世界だろうと一人で滅ぼせるからって言って、500億ドルは高額すぎだろ!?……高額すぎ、だよね?
「世界滅ぼす、って……お姉ちゃん……」
やめて!その時の事を知らない無垢な妹に、変な情報リークしないで!?
「冗談はさておき、レイ様がユミに懸賞金をかけているのは、ユミが危険人物だからって理由じゃないから、100歩……いや、100不可思議歩譲って仮にユミが善人だったとしても、懸賞金が取り消される事はないよ」
何で、仮で譲られる歩数が10の66乗もあるんだよ!?それとも、無量大数まではいかなかった、ちょっとした優しさを考慮するべきなのだろうか?
「前にも言ったけど、レイ様は、ユミの『人間災害』としての存在を快く思ってないんだ……レイ様は極度のエスノセントリズムなんだ」
えすの……何?
「自国民族中心主義……って事?」
マイシスタ―、何でそんな言葉知ってるの?お姉ちゃん形無しじゃん。
「そうだね。簡単に言うと『私達の世界で生まれ育った人間が一番優秀だ。そんな私達でも手を付けられないような人間災害などというモノは認めない!コイツを消せれば、やはり我々が最も優れていると証明できる。人間災害をこの世から消してしまえ!』と言った感じかな?だから、ユミが善人か悪人かなんていうのは些事にすぎないんだよ」
そんな逆恨みで私、全世界から指名手配されてんの!?
いい迷惑なんだけど……マジでふざけんなよ。
「だったら、逆に私がソイツを消してやるよ……懸賞金も取り消せるし、腐った思想したバカがいなくなるしで、一石二鳥だろ」
「執行部の指示に従っている僕としては、できれば穏便にお願いしたいんだけどね……」
言いながらも複雑そうな感じにはなっている浮遊狐。
ほっとけば暴れなかった私をつついて怒らせてるのは自らの創造主だからだろうな……コイツも変なところで板挟みになってんだな……まぁ同情する気はこれっぽっちもないけど。
むしろ自業自得だろ?ぐらいに思ってるし。
「ただ油断はしない方がいいよユミ。さっきも言ったけど、レイ様が新型強化石を使ってるところを僕は見たことが無い……レイ様の戦闘能力は未知数なんだ。元々の魔力量から見ても、弱いなんて事は決して無いから……」
浮遊狐がそこまで話した時、突然私の携帯の着信音が響き渡る。
せっかくマジメな話をしていたというのに、拍子抜けさせられた気分だ。
スマホを取り出して、発信者の名前を確認すると、そこにはヴィグルの名前が表示されていた。
……何となく嫌な予感がする。
ヴィグルが私の携帯を鳴らす時は9割が緊急事態の時だ。
「……どうしたヴィグル?あまりの忙しさに私が恋しくなって声聞きたくなったか?」
嫌な予感をかき消そうと、少しおちゃらけた感じで電話に出る。
「裕美様、落ち着いて聞いてください」
そんな私の努力を無視するかのように、ヴィグルはマジメな声で語り掛けてくる。
「……エフィさんがやられました」
……は?エフィ?エフィがやられた?
って、んなバカな!?エフィは今現在、私につぐ実力あるだろうが!?しかも仮にも反魔法持ちだぞ!?
ヴィグルが言うように、落ち着いて聞いてられるような出来事じゃなかったわ……
いや、ホントどうなってんの!?




