第九話 ステラちゃんマジ天使?
魔王軍本部へとやって来る。
少しでも「急いできた」感を出すために、学校を早退してきている。
といっても、授業も残り1限だけだったので、たいして差異はないのかもしれないけれど、気分の問題である。
「あの……裕美様?命令されたんで付いてきちゃったんですけど、私と美咲さんって、いる意味あります?」
無いな……その辺もまぁ……アレだ、気分の問題?
「もし私達いなくてもいいんでしたら、あの……いい加減、美咲さんをトイレにつれていってあげていいですか?」
「た……頼む裕美……もう……マジで……ホント、マジで膀胱が限界なんだよアタシ……この歳でお漏らしはしたくないんだ……」
休み時間トイレに行く、と言っていた美咲だったが、どうやら途中で別のクラスの友達と話し込んでいたらしく、いざトイレに向かおうとした瞬間を幸によって拉致されたのだった。
「自業自得だろ美咲。尿意よりも自慰を優先させたお前が悪い!」
「もう……それでいい……アタシが悪くていいから……マジでトイレ行かせてくれ……喋るのもしんどいんだよ……今」
美咲がツッコミを放棄するとか、本気でヤバイみたいだな。
まぁ途中から歩くのも限界になってきて、幸に担がれた時点でよっぽどだったんだろうけどな……
ちなみに今は、幸の歩く衝撃にも耐えられなくなって、浮遊魔法を使ってもらって、衝撃がこないような工夫がされている状態で何とか耐えている感じだ。
「しゃあないな……後で何か奢れよ」
私の言葉に、美咲は即、親指を立てて返事をする。
もう余計な事は喋らないようにしてるな。
「頼むさっちゃん……トイレまでじゃなくて、便座までアタシを運んでくれ……もちろん、できるだけ優しく……」
どんだけ限界だったんだよコイツ!?もしかして、便座に座ったら、今度はパンツまで脱がしてくれ、とか幸に要求しだすんじゃないか?
いや、さすがにそこまでいったら、私でもドン引きするぞ……大丈夫だよな?
幸は、決して走らず、急いで飛んでいき、そして早く美咲を助けようと魔王軍本部のトイレへと向かう。
私は、2人から一歩遅れて、魔王軍本部内部へと入っていく。
さて、私が転送したバカが、どの部屋に拘束されてるのかはわからないが、バカの魔力反応は覚えているので、方向と直線距離はわかる。
とりあえずは、そのあたりにある部屋にでも行ってみるかな?
「あれ?裕美さん?お久しぶりです。魔王軍本部に何かご用事ですか?」
バカの魔力反応がある方向へと向かっている途中、後ろから声をかけられ振り返る。
そこに立っていたのは……
「……えっと、誰?」
ヤバイ!本気で思い出せないぞ!?私を『魔王』呼びじゃなくて『裕美』呼びしてるうえに『久しぶり』、と?……いつ会ったよ!!?
「久しぶりすぎて忘れてしまいましたか?ワタクシ、ステラです。思い出していただけましたか?」
ええ!?……あ、うん、ステラちゃんの事は覚えてるよ。久しぶりだから微妙に忘れてたけど、声は確かに、こんな声だった気がする。
でも……う~ん、こんな顔だったっけか?
「あ……もしかして、この姿でお会いするのは初めてでしたか?」
ステラちゃん、と聞いても、まだ微妙そうな顔をしている私を見て、思い出したかのように言葉を続けるステラちゃん。
「では改めて……コレが変身する前のワタクシの素顔です、裕美さん。そして……コレが変身後の姿です。こちらの姿は思い出してもらえましたか?」
ステラちゃんは改めて自己紹介をし、私がわかるようにと、わざわざ変身までして見せてくれた。
「ああ、大丈夫大丈夫。ソッチの姿はしっかり覚えてるから安心してくれ……ってかそうかぁ、ステラちゃん変身前ってあんな感じの姿なのか」
「です!」
覚えていてもらったのが嬉しかったのか、私の言葉に満面の笑みで応えてくれるステラちゃんマジ天使。
「それで裕美さん。魔王軍本部へは、何か御用があって来られたんですか?」
ステラちゃんは、先程中断した話を改めて開始する。
「あ~……ちょっと野暮用ってヤツかな?」
ピュアなステラちゃんに「バカを拷問しに来た」とは言いにくかったので、適当にお茶を濁しておく。
「ちなみにステラちゃんはこんな所で何してんだ?仕事中?」
「あ、いえ、ワタクシは今休憩中なんです。ワタクシも野暮用で、今捕らわれてる人の所へ御飯を持って行ってあげようとしていたんです」
そう言って微笑むステラちゃんマジ天使。
捕虜にも自主的に食事を運んであげるなんて、なんて優しい子なんだろう。
……でもステラちゃん。
ステラちゃんが右手に持ってるお盆の上に乗ってるの……どっから見ても、コップにつがれた水と雑草にしか見えないんだけど?食事??
「捕虜の方って、どこかの異世界から来た危険人物らしく、体調を万全にさせておくわけにはいかない、という事で、食事は一日に一度しか与えらえれてないんです」
なるほど、そんな感じに扱われてるのね。
まぁ魔族関連になる事柄だから、この世界の捕虜取り扱いの基準はガン無視な対応になってる感じなんだろうね。
「慣れない異世界での空腹の苦しさは、ワタクシ身をもって体験しているのでわかるんです!ですから、せめてワタクシがこの世界に来て、そこそこ食べられると思った草と、キレイなお水をコッソリと差し入れして腹の足しにしてもらおうと思っているんです!」
力説するステラちゃん。たしかに、あの時のステラちゃん、飢えに関してはガチだったもんなぁ……
でもさぁ……草って……
少し想像してみよう。「食事を持ってきた」と天使のような笑顔で言われ、無造作に目の前に置かれる雑草。そして「これで飢えをしのいでください」という言葉と、再度天使のような笑顔。食べ終わって食器を回収するまで動こうとしないため、目の前で草を頬張るしか選択肢の無い捕虜のバカ……
「ええ、っと……実は私、今からその捕虜に用事があるんだよ。ついでだから、その食事、私が持って行ってやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます裕美さん!それでは、お願いしちゃってもよろしいですか?」
そう言って、お盆を差し出してくるステラちゃん。ソレを受け取る私。
うん、ステラちゃんに拷問は似合わないよな……そういう汚れ役は私が引き受けるべき、だよな?
 




