第一話 醜い争い
争いというものは、いつも唐突に起こり得るものだ。そして、ソレが起こる原因というものは、ほんの些細な事がきっかけだったりする。
「いくら裕美様が相手だとしても、今だけは引く事はできません。ここは私に譲ってください!」
「ふざけんなよ幸……そう言われて、この状況で私が『はい、わかりました』とでも言うとでも思ってんのか?」
「いや、ふざけてんのは裕美だろ?アタシ達はともかく、裕美はまっさきに候補者から除外されるべきだろ」
言葉の応酬をしつつも、にらみ合いながら警戒し合う私達3人。
事の発端は数分前にさかのぼる……
学校が終わり、仕事があるからと魔王軍本部に美咲と幸が呼び出され、特に用事のなかった私は、二人に付いて行き魔王軍本部へとやってきた。
そして、そこで出されたのが、一つだけ残っていたという有名店のショートケーキだったのだ。
学校終わりという、一番小腹がすく時間帯に目の前に差し出される、たった一つしかないショートケーキ。
それを目にした瞬間、私達三人は臨戦態勢となり今に至る、というわけだ。
うん、改めて説明してみると、説明する意味あったのかって思えるくらい短く単純だったな……
「よく考えろお前等……この中で一番権力があるのは誰だと思う?誰がコレを食うに値すると思う?」
「上に立つ人間だったら、こういう場合は下のモノの譲れよ……第一、裕美はこの場に呼ばれたわけじゃなくて勝手に来ただけだろ?そんなヤツにコレを食う権利はねぇだろ?」
「裕美様、『誰がコレを食うに値する』って言いましたけど、私は裕美様や美咲さんと違って今日一日マジメに授業を受けていました。一番脳が疲れており糖分を欲しています……お二人はそこまで脳が疲れてませんよね?」
何か幸、何気に失礼な事言ってね?美咲は知らんけど、私は日々色々と考えて生活してるから、常に脳を酷使してるっての!
「何でこんなしょうもない事で、そんな醜い争いができるのよ……普通に三等分するって選択肢は無いわけ?」
私達が言い合いする様を見て、争いのタネを持ってきたサクラがつぶやく。
うるせえよ!もとはと言えばテメェが、私達が来る前にケーキ3つ食いやがったのが原因だろうが!
私が来る事も見越して、ヴィグルが人数分ケーキ用意してたにも関わらず、食い意地はったテメェの責任だろうが、今の状況は!
何だよオイ?ケーキ食うくらいしか仕事ねぇのか?どんだけ無能なんだよコイツは!?
「三等分して、それでどんだけ今の空腹状況が満たされると思ってんだよコラ!」
「満腹なヤツは黙ってろ!コレはアタシ達の問題なんだよ!」
「コレを逃したら空腹のまま仕事をしなくてはならないんです!絶対に譲れません!」
サクラのつぶやきに一斉に反論をする。
「何でそういうところだけ息ピッタリなのよ……だったら、じゃんけんか何かで決めればいいんじゃないの?」
心底呆れたような口調だ。『とっとと食べて早く仕事に移ってよ』とか言いたそうだ……でもよく考えろ?この状況オマエのせいだからな?
「確かにいつまでもこうしてても仕方ないですからね……お二人ともじゃんけんでいいですか?」
妥協するかのように幸から提案される。
「まぁいいんじゃね?恨みっこなしだからな二人とも!」
その提案に美咲がのっかる。
私も別に反対する理由はないので、黙ったまま首を縦にふり、肯定の意思を伝える。
「では、いきますよ……最初はグー!じゃんけん……」
「命令だ!チョキを出せ!!」
私はタイミングを合わせるように叫んでグーを出す。
「ぽん!……ふええぇぇぇ!!?」
自分の意思に反してチョキを出してしまった幸が変な叫び声を出す。
「よっしゃあ!悪いねさっちゃん」
そして、私の叫びに咄嗟に反応し、ちゃっかりグーを出した美咲から喜びの声が上がる。
「フハハハハ!卑怯とは言うまい!」
「いや普通に卑怯でしょ!?アンタそこまでしてケーキ食べたいの!?」
悦に浸っている私の発言に、即ツッコミを入れてくるサクラ。
だからうるせぇよ!テメェにだけはソレ言われたくねぇよ!
重要な事だから3回目言うぞ。この状況全部オマエのせいだからなサクラ!
「わかってた……わかってたんです。裕美様を相手した時点でこうなる事は何となく予想できてたんです……でも、それでも……ケーキ食べたかったんです!」
敗者が負け惜しみを言い出す。フハハハ!負け犬の遠吠えを聞くのも中々に良いものだな!
「幸さん……そんなに食べたかったの?」
幸を慰めるように声をかけているサクラ。ってかケーキ3つも食ったヤツがよくそんな事ほざけるな?
「別に普段でしたらいいんです……でも、たまにあるじゃないですか?無性に何か特定のモノが食べたくなる事って?今がソレだったんです」
ああ、わかるわ……たまに変なスイッチ入ったみたいになる時あるわな。
「ねぇ、だったら丸く収めるために、アンタがちょっとケーキ買ってくればいいんじゃないの?どうせこの後暇なんでしょ?転移魔法も使えるんだし丁度いいんじゃないの?」
「何で私が、そんなパシリみてぇな事しなくちゃなんねぇんだよ?嫌に決まってんだろ」
あと大事な事だから何回でも言うぞ。コレ全部オマエのせいだぞサクラ!!
「買いに行かねぇのか裕美?このケーキは私が食べる事になるんだから、別のケーキ用意しといた方がいいと思うけどな」
何やら調子にのった馬鹿が会話に加わってくる。何でもう勝った気になってんだ?
「は?その言葉そっくりそのまま返してやるよ美咲。幸と一緒に部屋の隅で悔し涙を流す準備できてんのか?」
「魔法勝負じゃなくて、ただのじゃんけんだろ?それなら十分な勝率があるってもんよ!」
まぁ確かに魔法勝負ってなったら、間違いなく勝つのは私だ。
でもなぁ……じゃんけんだからって私に勝てると思ってんのか?勝率が0%から5%くらいになった程度だ。
アホな美咲にじゃんけんのかけ引きが出来るわけないだろ?己の知能に絶望しろ美咲!!
「「最初はグー!!じゃんけん……」」
…………
……
私は今回大事な事を学んだ気がする……
『アホにはかけ引きなんて関係無い』
……帰りにケーキ買って帰ろう。
 




