第十話 姉妹
何も無い夕方の道を絵梨佳と2人で歩く。
美咲と幸は、魔王軍本部に来たついでに、と言われて雑用をやらされている。
本来なら絵梨佳も仕事を覚えるために手伝いをするべきなのだが、まだ最初という事と、年齢が13歳という事、そして一番の理由が、絵梨佳が今日食べる夕食が用意できていない事で免除されていた。
そんなわけで絵梨佳に夕食を食べさせる、という重大任務が私に与えられて現在に至る。
ってかヴィグルから金受け取ってないぞ!?まさか私の自腹!?領収書持ってけば魔王軍の経費から落ちるのかコレ?
ここで私に与えられた選択肢は2つだ。
1.魔王軍から後から金が出る事を信じて、普段食べないようなお高いお店に食べに行く。
2.いつの通りノゾミちゃんちあたりで安く済ます。
個人的には1番がいいなぁ……鰻だ、今は鰻が食べたい気分だ。特上の鰻重いっとくか?
「なぁ絵梨佳……何か食べたい物あるか?」
「えっと……お姉ちゃんが普段食べてるような物がいいな……」
何となく絵梨佳に話をふってみた結果、ノゾミちゃんちで食べる事が決定してしまった……
絵梨佳が「何でもいいよ」とか言おうものなら、ここぞとばかりに高級料理店行って、「絵梨佳がそれを望んだんだから責任もって魔王軍で金出せ」とヴィグルを脅迫できたのだが……非常に残念だ。
「ねえ……お姉ちゃん……」
ふいに絵梨佳から呼ばれる。
私は特に返事をする事はなく、黙ったまま絵梨佳へと視線を向ける。
そういや昔からこんな感じだったかもな……
絵梨佳は2人きりだからといっても、いきなり本題を喋りだしたりせずに、必ず私を呼ぶ、というワンテンポをはさむ。
これに対して私は、話を聞く気がなかったり、そもそもで絵梨佳の声が聞こえていなかったりした場合は、何のアクションも起こさない。
聞いてもいい場合は、返事をしたり、今みたいに視線だけでも送ったりする。
数年ぶりに行われた、毎日のように行われていた何気ないやり取りに感慨深いものを感じ、何故か涙が出そうになった。
そして、絵梨佳も、私の取った行動を見て、私が話を聞く気がある、という事を理解し、ゆっくりと口を開く。
「私が……魔王さんと戦いたいって言ったら……お姉ちゃんは反対する?」
おっと!?感慨深くなってる場合じゃないような質問きたぞオイ!?
「そりゃ反対するだろ。どう考えても勝ち目がない」
っていうか、妹相手に今までみたいな虐殺したくないっての!?
「勝てないのはわかってるの!でも……人の気持ちもわからずにヒドイ事をする人が……平気で暴力を振るえる人を、私許せないの!」
気付いてないようだが妹よ……今、人間のクズみたいな感じに言われてる人、目の前にいるよ。しかもちょっと傷ついてるよ。
「いや……何だ……えっと、許せないって言っても、どうにもならない戦力差ってのもあるだろ?」
とりあえず、絵梨佳をなだめるように言いつつ、考え直すように促してみる。
「でも!私がイジメられていて、どうにもならなかった時でも、お姉ちゃんは私をかばうようにしてイジメに立ち向かってくれてた!傷つけられて……ケガをしても決して逃げなかった!私は……私はそんなお姉ちゃんみたいになりたいの!!」
あれぇ?逆効果だった?何か絵梨佳すげぇ熱くなっちゃってるんだけど?
っていうか絵梨佳の中で、お姉ちゃん美化されすぎてない!?
「落ち着け絵梨佳……私は別にそんな大した事はやってねぇし、そもそもで私と絵梨佳はだいぶ性格とか違うだろ?無理に私みたいになる必要はないだろ?絵梨佳は絵梨佳だ。私じゃない」
「わかってるもん!私はお姉ちゃんみたいに強くはなれない!!でも……それでも、お姉ちゃんの1/100でもいいから強さが欲しいの!これだけは譲れないの!」
ダメだ。完全に頭に血が上っちゃってて、何を言っても聞く耳持たないなコレ。
どうしたもんかな?
望み通りに一回痛い目みせるか?
いや……私が魔法を手に入れる前に死んで、もう二度と会えないと思ってた、私の事を慕ってくれてる可愛い自慢の実の妹だ。例え姉バカと罵られても、心と身体に深い傷を作って死んでいった絵梨佳には、これ以上痛い思いをさせたくはない。
他人に対しては無感情な私にだって、妹を想う気持ちは存在している。
……ホント、どうしようか?
「そんなに魔王が嫌いか?」
「今のままだと、たぶん嫌いになると思う……でも、私を生き返らせてくれて、私に期待をしてくれてる魔王さんを嫌いになりたくないの……だから、私が反逆する事で、少しは他人の気持ちに気付いてほしいの!」
私がイコール魔王だって事を知らずに話しているからだろうけど、何か聞いてて凄い複雑な心境になるな……
「反逆とかじゃなくて、普通に話し合えばいいんじゃねぇの?『少しは人の心をわかってくれ!』とか言って」
ってかソレでいいじゃん。今まで流れで聞いちゃってたけど、何で戦う必要があんの?
「皆さんの話を聞いてて、絶対者として君臨してる魔王さんが、その一言で心を入れ替えるとは思えないよ、お姉ちゃん」
あ~……うん、言われてみればそうだね。
私に限って「人の気持ちを理解して!」「うんわかった!今日から心入れ替える!」とはならないな。
それどころか「あ?何言ってんだ?死ぬか?」とかマジギレして、とりあえず一回は殺すかもしれない……って酷いな私!?
まぁ再度復活させられるっていっても、絵梨佳を殺したくはないから、絵梨佳が言ってきたら、とりあえず嘘でも「心入れ替えるよ」とか口にするかもしれない。
でもここで「魔王は絵梨佳の言葉なら聞くから、試しに話し合いしてみな」とか言おうものなら「何で私だけ?」とか疑問を持たれるだろう。
そうなったらもう正体バラすようなもんだろう。
「えっとな……絵梨佳……」
何を言っていいのかわからないような状態ではあるが、黙っているわけにもいかずに、とりあえず絵梨佳に話かけようとしたその時、不意に私の後ろで何かが地面に落ちる音がした。
振り返ってみると、持っていたと思われるカバンを地面に落として、青い顔をした女子高生が立っていた。
制服はノゾミちゃんが通ってる学校の制服だな……リボンの色からするとノゾミちゃんの同級生?
ってか誰だこの子?
「そんな……何で……だって……絵梨佳は死んだハズ……」
「……もしかして……真衣?」
青い顔でつぶやく女子高生に絵梨佳が反応する。
ああそうか、絵梨佳も一旦死んでなければノゾミちゃんと同い年だったな。
って事は、この女子高生、絵梨佳の小学校か中学校の同級生か?
この至近距離までお互い気付かなかったのは、絵梨佳の前に私が立ってたせいで目隠し代わりになってたせいかな?
まぁともかく、この真衣ちゃんって子は、もしかしたら絵梨佳をイジメてた内の一人って可能性もあるのかな?
これは……何やら、さらに面倒臭い事になりそうな臭いがプンプンしてきたぞ。
 




