第八話 魔王様レベル1000
「ヴィグルさんおひさ~」
美咲がアホ丸出しの声をだして、私の部屋に入ってくる。
カラオケをやらずに、結局幸の魔法の特訓に付き合わされる事になったのだが、美咲の「魔力の扱い方だったらヴィグルさんに教えてもらうのが一番上達するんじゃね?」の一言で、私の家に集合する事となった。
だから、何で戦う相手に助けを求めてんだよ?その矛盾に気づけよ美咲!
「おや?美咲さんですか、お久しぶりですね」
色々と忙しいヴィグルの事だ、うまくいけば家にいないだろうとふんで来てみたものの、見事に賭けに負けてしまった。
「今から来る女をめちゃくちゃに犯す権利をやろう。私達の目の前で存分に変態プレイに興じるがいい」
「裕美様。セクハラとモラハラとパワハラの、どれで訴えてほしいですか?」
チッ……冗談の通じないやつめ。
「まぁ訴えるのは見逃して差し上げるとして、我々は人間の女性に性欲は向かないので、そういった発言は人間の男性に言ってあげてください」
何を紳士ぶってんだこの魔族?
「何言ってんだ?ヴィグル、前に人間の女性見て「かわいい」とか何とか発言した事なかったっけ?ん?アレか?実は不能なんか?」
「裕美様、あまり度を越えると本気で訴えますよ。それと裕美様は猫やハムスターを見てかわいいからといって性欲の対象にしますか?」
無いな。
「すまん、ちょっと調子にのってました」
「わかっていただければいいのですよ」
そんなどうでもいい普段の会話が繰り広げられている隣で、バター犬とかもあるんだから、ペット系のそういう需要もあるから尊重していくべきだろ云々と小声でブツブツ言っているガチの変態はあえてスルーした。
「それで?実際のところ、私に何か用事がありました?そうでないのでしたら、しばらく席を外しますが?」
「用事ある用事ある!実はヴィグルさんに頼みたい事あって来たんだよ」
そう言って美咲はヴィグルに事の経緯を説明する。
それを聞いてヴィグルは少し困ったような表情になった。
「美咲さん……一応私も『魔法少女が倒すべき敵』に分類されてると思うんですが?」
ですよねぇ……私がツッコミを放棄してたからこんな状況になってるけど、普通はそういう反応ですよね。
美咲も何か「そういえばそうだ!」みたいな顔になってるし。
ガチで気付いてなかったんかコイツ!
「しまったなぁ……さっちゃんにここの住所メールで送って『ここに集合』って言っちゃったよ」
一旦解散して再度私の家集合って事にしてるから、私の家知らない幸は集合できなくね?と思ったけど、そういうカラクリになってたのか……私のプライバシーどこいった?
「まぁ、その幸さんが敵から教わる事を是とするなら、私は構いませんが」
「いや、そこは断れよ!敵強くしてどうすんだよ!?」
「そうだよヴィグルさん、アタシが考え無しに言っただけなんだから、いやホントごめん断っていいんだよ」
私だけじゃなく、美咲までツッコミを入れる。
「別段問題ではないですよ。仮に、教える事によって強くなり、私が倒される事になったとしても、その程度で裕美様に勝てるようになるとは到底思えませんからね。裕美様さえご存命なら蘇生魔法で何とでもなりますから」
まぁそうなんだけど……そうなんだけど何か納得いかない。
「むしろ裕美様の場合、変身前の状態といい勝負できるくらい強い相手を望んでるんじゃないですか?『フハハハやるではないか、では私の真の姿を見せてやろう』とか言いたいくちですよ。絶対」
「アハハ!わかるわかる!裕美そういうの好きそう!」
ちくしょう!違うとも言い切れない。
「お邪魔します」
そんなこんな話していると、玄関から幸の声が聞こえてくる。
「はいは~い!今行くよ~!」
そんなでかい声出さなくても狭い家なんだから聞こえるよ、ってくらいの馬鹿声を上げながら美咲が駆け出して行く。
「裕美様が魔王だという事は黙っていた方がよろしいのですよね?」
ヴィグルがそっとつぶやく。
「そりゃあ……ね」
当たり前の事なので、同じようにつぶやく様に返答する。
「かしこまりました。では敬称を変えてお呼びする事をお許しください。」
「あいよ~」
律儀なやつだなぁ……
「連れて来たぞ~!」
幸の手を引いて、もの凄い勢いで部屋に入ってくる。
「ヴィグルさん、この子がさっき話したさっちゃ……幸ちゃん。んでさっちゃん、この人……?いや、この魔族がヴィグルさんね」
適当な紹介だなぁ……
「お初にお目にかかります。ヴィグルです」
ヴィグルが挨拶をするも、された当人の幸は目を丸くして固まっている。
「ま……魔族だなんて聞いてませんよ!?」
「「じゃあ何だと思ってたんだよ!?」」
思わず美咲とツッコミがハモってしまった。
「いえ、あの、他国の方か何かかと……」
あ~……昨日ヴィグルも言ってたけど、アレだ……コイツ頭がちょっとアレだわ。
「ふむ……幸さんでしたっけ?見ての通り私は魔族ですが、魔法の訓練をするというのでしたら多少なりとも教える事ができると思いますが、どうしますか?」
ヴィグル、アホ発言は流していく方針だな。
「馬鹿にしてるのですか?私は敵ですよ」
「それは一方的な認識ですよ。私は幸さんを敵とは思っておりませんよ」
「敵として認識されないレベルの強さだと思われてる、という事ですか?」
「そのような事はありませんよ。仮に幸さんが私より強かったとしても、この認識は変わりません」
何やら二人で会話が盛り上がり始めている。
「魔法少女との闘いは魔王様にとってはただのゲームでしかありませんからね。敵対している魔法少女を倒そう、なんて考えは一切ありませんから。魔族・魔法少女・人間、これらは魔王様が現状を楽しむためのコマでしかありません」
いやいや、正体がバレないように生活するドキドキ感は楽しんでるけど、他人をただのコマだなんて思ってないから。
「どれほどの強さがあるのか知りませんが、完全に他人を馬鹿にしてますね。アナタはそれでいいのですか?」
「魔王様の強さは、我々とは次元が違いますから。そうですね……RPGっぽく例えますと、幸さんのレベルが30、私が35、美咲さんと裕美さんが40くらいだとしましょうか……カウントストップが100だとして魔王様はいくつくらいだと思いますか?」
その感じだと、私はレベル90くらいの強さかな?
「50……いえ60くらいですか?」
それは私を過小評価してるのか、自分を過大評価してるのか……
「1000くらいですね」
それは盛りすぎだろ!
「カンスト値を超えてますけど?」
ごもっともなツッコミだ。
「つまりはそういう事ですよ。私達がいくら努力して限界値まで鍛えぬいたとしても、決してたどり着けないレベルにいるのが魔王様なんです。先ほども言いましたよね、次元が違うんですよ」
幸は何も言えずに、ただ唇を嚙みしめる。
「先程私に『アナタはそれでいいのか?』と言いましたね?答えは『イエス』です。逆らう無意味さは理解していますし、何より魔王様と同じで今のこの生活が気に入っているんです」
普段私にめっちゃ文句言いまくってたのに、今の生活気に入ってたんだ。
「つまりは、現状をめちゃくちゃにされない限りは、私達が幸さんを敵認識する事はありません」
「……悔しいですね……私が弱いのは昨日からよく理解しているつもりですけど……ただ一人で粋がっていただけと直接聞かされるのは……」
あ~あ、また幸のやつベソかきだしたよ。
けっこう打たれ弱いなコイツ。
「あ~ヴィグルさんが、さっちゃん泣かした~」
「うわ!ヴィグル最低だ!幸、適当にセクハラされたって言って訴えた方がいいぞ」
空気を換えようと美咲が動いたので、一応それに便乗してみた。
「はぁ……魔族が司法の外にいる事をお忘れですか?それはともかく、私も少々言い方がきつかったかもしれませんね。申し訳ありません。お詫びと言っては何ですが幸さん、一つアドバイスです。魔王様に敵認識してほしかったら、魔王様の正体を暴く事です」
うわ!ヴィグルまじで最低だ!そういう事教えるか!?
「いえ、私こそ取り乱してすみません。ちなみにヴィグルさんは、どなたが魔王なのかはご存じなんですか?」
「もちろん知っていますよ。教えませんけどね」
「けっこうです。そこは自力で探します」
そこで、幸はチラッと私の方に視線を向ける。
「今私のなかで、一番の候補は、ヴィグルさんが常に付き従っている裕美さんなのですがどうでしょうか?」
やべぇ!ヴィグルのせいで即バレした!どうする殺るか?
「良い推理ですが、裕美さんが魔王様だったら私はこの家に住んでないですね。誰が好き好んで、あんな恐ろしい人と同棲するんですか?」
おい!いいフォローだけど、どんだけ私をディスってるんだよ!
「そうですね……この町に住んでいる、という事は教えといてあげますよ。我々魔族がこの近辺に多く住んでいるのは、魔王様の庇護下で暮らしていたいからですから」
微妙に範囲が絞れたようで、意外と見つけるのは大変なヒントだな。
「それだけわかれば十分です。それと……裕美さんはアナタの眷属ですか?」
「この子を随分と疑いますね……まぁ仕方ないかもしれませんが。とりあえず答えは『NO』です。裕美さんが誰の眷属かも知りませんし、それに関しては特に興味はありません。裕美さんとは、私がお世話になっているお宅のお子さん、という関係以上の事はないですね」
微妙に私に聞こえないように「それに、私の眷属だったら私に対してこんな生意気な口は聞けませんし……」とボソッと付け加えていたが、残念ながらバッチリ聞こえていた。
「そうですか……わかりました」
それだけ言うと、美咲の方を振り向く。
「私のために時間を作ってもらったのに申し訳ないのですが、今日はもう帰ります。やるべき事がわかってきましたので」
「え?あ、うん……」
部屋から出ていく幸に対して、変な声で返事をする美咲。
結局、あいつヴィグルと会話だけして帰っていったなぁ……もしかして10分もウチにいなかったんじゃね?
「さっちゃん帰っちゃったけど、アタシ等はどうする?」
いや、お前も用事ねぇなら帰れよ!
「それにしても……」
唐突にヴィグルが話しかけてくる。
「あれは、九割強の確率で、裕美様が魔王だと睨んでる感じですね……バレるの時間の問題じゃないですか?」
マジか!!?




