番外編2 ~ある魔王側近のエッセイ~
生まれた世界は劣悪な環境だった。
空気は淀んでいて、植物もまともに育たない大地。
魔力の研究だけは進んでいたものの、それはこの世界で生きるために必要な技術だったからという以外の理由はない。
食事をせずとも、淀んんだ空気に充満する魔力を取り込むことで生きながらえる。
魔力を扱えない者は、ただただ死んでいくだけの世界。
それが私達魔族の元々いた世界だった。
しかし、それが過酷な環境だとは思った事はなかった。
むしろそれこそが普通だと感じていた。
それはそうだろう。
環境の良い世界を知らなかったのだから。
知らないものは想像すらできない。
自分達の住む環境が過酷だと気付いたのは偶然だった。
私が所属していた、時空間魔法研究課で偶然、異世界転移魔法の実験に成功し、偶然最初に移動した世界が素晴らしく環境の良い世界だったのだ。
私を含め、仲間達は狂喜乱舞した。
しかも、そこに住む原住民は魔力は高いものの戦闘能力が皆無な集団。
原住民を皆殺ししてでも、元いた世界からの移住を誰もが願い実行した。
劣悪な状況から一変、素晴らしい世界に住めるようになりました。めでたしめでたし。
本来ならそれで終わりにしていればよかったのだ。
一を知れば十が欲しくなる。
異世界は千差万別、色々な環境が存在する事を知ってしまった私達は、全ての世界が欲しくなった。
そこからは、力尽くで奪っては住み、奪っては住みを繰り返した。
何時の頃からだろうか?
常に先頭に立って戦い、武勲を上げ続けた私の親友のグラディは魔王と呼ばれるようになり、彼の率いる軍が魔王軍と呼ばれるようになった。
また私も、グラディの傍らで彼をサポートしていたせいか、魔王側近などと呼ばれるようになっていた。
No2という立ち位置ではあったが、私は満足していた。
脳筋バカのグラディを立て、常に手のひらで操る。
物事は常に私の思い通りに動いていた。
まさに全てがうまくいっていたのだ。
あの日、あの少女が目の前に現れるまでは……
すさまじい勢いで、文字通り飛んできた少女は、瞬きする間にグラディを亡き者としていた。
その魔力の大きさに背筋が凍った。
私達も魔王軍などと呼ばれてはいるが、こんな化物見たことがない。
親友のグラディが目の前で殺された悔しさや悲しさなど微塵もこみ上げてこないくらい、どうすれば目の前の化物に殺されなくてすむかだけを考え続けていた。
必死だった。
何と言って説得したのか覚えていないくらい、とにかく生き残る事だけを考えて口を動かしていたのだと思う。
説得の甲斐あってか、何とか少女をグラディと同じ地位に置く事に成功した。
これで、いままでのグラディ同様、私の望む通り動くように巧みに誘導し、行動を操れれば何とかなる。
この時は本気でそう思っていた。
だが、甘かった。
この裕美という少女は、一筋縄ではいかないほどに我が強かった。
私達はこれまで、原住民は奴隷として扱い、逆らう者がいれば容赦なく殺害してきた。
とにかく、その世界の全てを手に入れる事を目的としていた。
しかし、全てを手に入れているハズの少女は、今と変わらない生活を望み、原住民との共存を指示してきた。
何ともバカげた選択だ。
理由は何とも単純だった。
「漫画やアニメみたいな展開を体験したいから」
そんなふざけた、自己満足のためだけの理由に巻き込まれたのだ。
何とか考えなおすよう申し入れをしたものの
「飽きたらやめる」や「二十歳くらいになって魔法少女として適齢期を考えなくちゃいけない時期になったらね」といった適当な返事をされるだけで終わってしまっていた。
しかし、それに逆らう魔族は一人としていなかった。
それはそうだ、この少女が性格破綻者だというのは、少し話しただけで皆察しているのだ、ちょっとでも逆らえば命がなくなる事くらいわかっていた。
それからしばらくは、私は少女の傍らに付き、少女からの質問に答えたり、知らなさそうな事は教えてあげたりなどし、極力行動を共にするようにした。
その間、少女と同じ様な『魔法少女』と呼称する魔術師が、魔王軍を壊滅させようと動き出していたようだったが、ことごとく裕美という少女に返り討ちにあっていた。
何人かはトラウマになってもおかしくないやられ方をしていた。
そんなある日、少女はまったくの別人のような姿で私の前に現れた。
魔力のまったく無い、普通に人間と同じ姿。
私はこの時初めて、変身しなければ、この少女とて普通の人間なんだという事を知った。
同時にそれは、下克上を成す事が可能だと知りえた瞬間でもあった。
長く一緒にいる事で成しえた信頼が功を奏した、と心底歓喜した。
後は簡単だ。
信頼しきって、私の前で変身を解いている少女から変身アイテムを奪ってしまえばいいのだ。
少女が、学業用具を入れるカバンの中に変身アイテムを忍ばせている事を知ったのち、スキをみてそれを奪い取った。
勝ち誇った私を見て、少女は無言だった。
最初はただ、弱味を見せないよう、気丈なフリをして強がっているだけかと思っていた。
しかし、少女が私を見る目が、まるでゴミを見るような目である事に気付いた瞬間、血の気が引いた。
この少女は、変身できなければ何もできない。
頭ではそう思っているのだが、何とも形容し難い少女からの圧力が私の心を押しつぶしてきた。
圧力に耐えきれず私は、自分でも信じられない程の叫び声を上げながら、自らが最も得意な氷魔法で、鋭利な氷結の槍を作り少女へと投擲した。
変身できずに魔力の無い少女に抵抗する手段は無く、その一撃で全てが終わるハズだった。
しかし、私の攻撃は、少女に触れた瞬間粉微塵に砕け散り四散した。
「やっぱ無防備な姿を晒せばこういう行動するよね」
言っている意味が理解できなかった。
現に今、無防備なハズの少女に何故私の攻撃が防がれたのか?
「アンタ私に、眷属ってのは魔力を与える事で、魔力を扱えるようになった魔族以外の種族だって教えてくれたよね?」
確かに教えた。
しかし、それが今、何か関係があるのだろうか?
「変身後の私は魔力があるわよね?で、変身前の私は魔力まったくなし」
少女が何を言いたいのか、まったくわからなかったため、私は黙って少女の次の言葉を待った。
「変身した状態で、身体の一部分だけ変身を解く事ができたのよ。んで変身を解いた部分に変身後の私の魔力を移してみたらどうなったと思う?」
そこで私は、自らの過ちに気付いた。
そもそも、この少女に魔力に関する知識を与えてはいけなかったのだ。
自分の魔力を自分に移すなど、口で言うのは簡単だが、魔力の扱いに秀でた者でも難しい行為だ。
少しでもバランスを崩せば、身体の一部に欠損が出てもおかしくないレベルだ。
この少女はこと魔法に関しては天才だ。
そんな天才に、魔力に関する知識を与えるという事は、自ら謀反の芽を摘んでしまっていたという事だった。
「私への忠誠心が本心なのか確かめるつもりだったんだけど……やっぱそんなもんか」
私は自分の軽率さを恨んだ。
昔の私なら、決してしなかっただろう。
もっと思慮深いハズだった。
私の前で弱点を晒すなど、普通に考えれば罠以外の何ものでもない。
その考えに至らなかったのは、少女に対する恐怖心だったのか?
恐怖から解放される希望を目の前にぶら下げられ、藁にもすがる思いで飛びついてしまった。
ここで命を落とすとしてもそれは当然の結果だ。
「でもまぁ、アンタは使えるから殺さないけど、それ相応の教育は必要みたいね?」
失望・恐怖・絶望……あらゆる負の感情が私のなかを巡り、気が付いた時には叫び声を上げながら、少女へと襲い掛かっていた。
少女は無言のまま、私の方へ向かって伸ばした手の平をグッと握る。
その瞬間、私の体は拘束魔法にかかり動く事ができなくなった。
『こと魔力の扱いに関しては魔王以上』と言われ、解呪魔法は得意ではあったのだが、少女の拘束魔法は通常より術式が複雑化されており解呪する事ができなかった。
しかも、従来の拘束魔法にはない、喋る事もできず、呼吸すらできないというオマケ付きである。
これで「殺さない」と言い放てる彼女の頭は、何か欠損があるのではないかと思えた。
しかし、少女が蘇生魔法を使えるという事を不意に思い出し、この後自分に何が起こるのかが容易に想像でき、それだけで意識が飛びそうになった。
そこから先は地獄だった。
少女は私を使って、魔族はどの程度の欠損で絶命するのかを実験し始めていた。
実際、魔族は自己治癒能力が高いため、よっぽどな事がないと一撃で絶命する事はない。
脳を破壊されるか、人間でいう心臓と同じような役目の魔力コアを破壊されない限りは即死はない。
それ以外では、致命的なダメージの蓄積でも死に至るが、人間のそれよりははるかに死ににくい。
少女は、それら一つ一つを確かめるように、私を殺しては復活させ殺しては復活させを繰り返した。
まさに地獄という以外に形容する事ができなかった。
常に苦痛が与えられ、絶命により意識が飛んだと思うと、次の瞬間には、呼吸のできない状態で意識を戻される。
気絶する事すら許されない、生と死の繰り返し。
グラディが殺された時、あれほど生にしがみついていたというのに、この繰り返される生と死により、生きる事の辛さに脳が耐え切れず、ひたすら「もう死にたい」という感情しかなくなっていた。
ある種の火事場の馬鹿力なのだろうか、奇跡的に口部分のみ拘束魔法を解呪する事ができた。
「……も…………ころ……し…………ほしい……」
私は、言葉にならない言葉を発した。
しかし、それは単なる逆効果となった。
「あのなぁ……生きる事を自分から放棄するような発言は私大嫌いなんだよ」
そこからは実験は止まったものの、死なない範囲ギリギリでボコボコにされた。
「命の大切さを実感しろ」と言いながら殴り続ける少女をみて、やはり、この少女は頭に欠陥があるのだと実感した。
何時間続いたかわからない拷問の後、私はとても解放された気分になった。
自分でも頭がおかしくなったのかと思ったが、この理由はとても簡単だった。
少女の望んだ行動に反発したくても、少女に対する恐怖心がそれを許さず。
また、その恐怖心から逃げるため、少女を廃する事だけを考え、自らが上に立とうという野望。
その野心を、根本から折られたのだ。
どうがんばっても、この少女を何とかするなど不可能だったのだ。
ただ、この少女を倒そうとする事を諦めただけで、何とも心が楽になった。
少女の庇護下に加わり、少女の望み通りに動く。
そのなかで、考え方の違う事は妥協点を探るよう持ち掛ける。
それでいいのだ。
考えてみれば、常にそばにいて、まったく話の通じない相手ではなかったのだ。
コチラの意見に従わない異分子として少女を見ていたせいでこうなってしまっただけなのだ。
私はただ、少女のそばに控え、少女の一番の理解者となればいい。
これが、この時私が考えた決意である。
それは今も変わっていない。
どうやら私は、根っからのNo2根性が染みついてしまっているようだ。
だが、それも悪くはないかと思う今日この頃である。
魔王軍 魔王側近:ヴィグル・ヴィース




