プロローグ
「魔法少女になって世界を救ってくれないかい?」
それは突然やってきた。
私の目の前には、羽の生えた狐のぬいぐるみのような物体が浮いていた。
『緊急ニュースをお伝えします。先日突然現れた謎の化物集団に対し合衆国軍は敗北を宣言致しました』
それは同時に聞こえてきた。
私の好きな魔法少女アニメを見ようと点けていたテレビから、予定を変更しての特別番組が流れていた。
私はそんなに頭が良い方ではない。
二方向から同時通話されても普段ならどちらかは聞き逃す自信がある。
ただ、この瞬間は脳がフル活用されていた。
アニメや漫画の中だけの存在だと思っていた魔法少女という存在。
そして、おあつらえ向きに用意されている明確な敵。
「やる!私魔法少女やる!変身したい!」
即答だった。
あまりの即答っぷりに空飛ぶ狐のぬいぐるみもさすがに動揺していた。
「ちょっと待ってくれないかい。確かに誘ったのは僕だけど、せめて説明だけはさせてくれないかな?」
どんな説明だったのかは、テンションが上がりすぎていて正直あまり覚えていない。
要は……この世には色々な異世界が存在しており、その世界の一つから魔王が誕生し、他の異世界で好き勝手暴れて色々ヤバい事になっているから、この浮遊狐が助けにやってきた、と
ただ浮遊狐自体には何の戦闘能力もないが、潜在能力と魔力を呼び起こす能力があるから、それで現地人がんばれ。ってな感じである。
冷静に考えてみると、随分とふざけた話である。
つまるところ『直接戦闘力のない僕等の世界に魔王軍が来る前に、手伝ってやるからお前ら何とかしろ』って事だ。
とはいえ、憧れの魔法少女になれる事に比べれば些事ではあった。
これから始まる壮大な物語に心が躍った。
学校に通いつつ、クラスメイトに正体がバレないように気を付けながら変身し、人知れず魔物達と戦い、やがては魔王軍幹部の猛攻に耐えつつちょっとしたパワーアップイベントなんかを挿みつつ、ついには魔王との激戦を!
そんな展開を期待し胸いっぱいになっていた。
そんな時期が私にもありました……
「裕美様、あと5分で朝食を食べ終えなくては学校に遅刻してしまいますよ」
あの日から3年。
今、私が座る椅子の一歩斜め後ろに控えているのは、魔王軍幹部の魔王側近ヴィグル
「それと、食べながらで結構ですのでお耳に入れておいてください。昨日現れた新しい魔法少女ですが、四天王のドゥールが返り討ちにしておいたそうです」
「あれ?先月私までたどり着いた魔法少女の……アミちゃんだっけ?あの子は?」
「裕美様、舐めプであそこまでボコボコにされたら誰しも自信を失いますよ。そもそも、魔王としての威厳を持つためにも、戦闘の時はもっとまじめにやってくれと散々言っているではないですか」
そう、あれから3年
私は魔王をやっています。
生まれてから14年。何をやっても才能が開花しなかった私だが、どうやら魔法の才能は10万年に一人の逸材(当社比)だったようで、潜在能力も予想以上だったらしく、結果としては、規格外の魔法少女になってしまっていた。
魔法少女に変身してからは一瞬だった。
自分の中で波打つ魔力、どういった魔法が発動できるのかが理解できた。
すぐにサーチ魔法で、世界全体で一番魔力反応の大きな個体を探し出し、防壁魔法を張りつつ飛行魔法で音速を超えて魔王の元に一直線、そしてゼロ距離での爆破魔法。
魔王の最後の言葉は「は?」だった。
その勢いで魔王軍を壊滅させようとはしたものの、魔王側近のこのヴィグルという男が中々な切れ者で、対処は無理だという事を即座に判断し、私の軍門に下ると申し出てきた。
「魔族というのは力こそが全てです。魔王様を倒したアナタを新生魔王として迎え入れしたい」
とか言い出したと思えば、私を持ち上げるのがとにかく上手く、気分も良くなってきて、魔王になる事を引き受けたのだった。
あと、私が聖人君主ではなく、結構な俗物であった事も原因かもしれない。
合衆国軍を敗北させた魔王軍、魔王軍を一人で撃破できる私。
この図式により、「このまま世界征服いけんじゃね?」という事になったからである。
そんなこんなで、魔法少女になって1時間もしないうちに私は魔王少女となったわけである。