表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

1.『メルキオール』

 あたしたちは教会の外にある広場で野営することを決めた。


 まず薪になりそうな木切れを集める。

 分離の『(まじない)』を書いた『札』の上に木切れを置いて、トリスが術式を起動させる。


 『咒』というのは漢字を使った象徴魔法である。漢字が象徴するものの数だけ無限大に使い途のある夢のある魔術だ。

 事前に『咒』を書いた『札』を準備して発動させるのが一般的だ。置いてもいいし貼り付けてもいい。持っているだけでも効果がある。対象に直接書くのも有効だ。

 『咒』は書くだけでなく詠唱で使うことも出来る。カインは主にそちらを使う。


 なお、あたしは漢字が読めないので使えないし、効果もない。あたしがバカだからというわけではなく『咒』イコール寺院の影響を受けないようわざと学んでないだけなので、そこのところよろしく。


 水分を飛ばした木切れを見て、トリスは表情を曇らせた。


「思った通りね。かなり効果が落ちているわ」

「そうなの?」

「『咒』の働きが弱いということは、魔術環(ネットワーク)は存在しているけどとても弱い……参加者八人中七人しか『石』持ちがいないしことを思えば、むしろ働くだけでも有難いのかしら……」


 あっ、これあたしに話してるんじゃないや。独りごとだ。邪魔してごめんなさい。


「『外法』を使うにもネットワーク構築は必須だし、2バンドで同時構築するならベースを設置すべきは出力を最大に出来るところ……」


 トリスはぶつぶつつぶやきながら、カートを持ってうろうろしてベストポジションを探り始めた。

 カート、というのは手押し車(カート)のことだ。荷物運び用に使っている冒険者も多いあのカート。ただしトリスのカートはなんの変哲もないカートに見えてロストテクノロジー満載の特別製だ。


 トリスはよく陽があたりそうな場所を選んで黒いパネルを広げた。3メートル四方のパネルを2枚、パラソルでも立てるようにカートの上方に設置する。


太陽光発電(ソーラーパネル)じゃないか」


 カインが茫然として呟いた。なにそれ。


「カイン、ここにベースを建てましょう」

「へいへい。ここに教会でも病院でも(ベースでもなんでも)建てよう」

「あっ、あたしも手伝う!」


 何故あたしを飛ばしてカインに声を掛けるのか……と思ったら、トリスとカインが火事にならないための熱対策したテントの設営やパラなんとかアンテナの配置について意見を交わし始めたので、あ、これあたし用無しだわ……としょんぼりした。


 太陽が山の向こうに沈もうとしている。

 他のグループはどうしてるのかな、と周囲を見渡すと誰もテントを設営していなかった。


 白いローブの二人組はさっさと教会の中に入ったらしく、姿が見えない。

 寺院の律師二人も、しばらく教会の入口で何かを話していたけれど、連れ立って中へと入っていく。

 寺院の女の子は森の端で薪にする木切れを集めていた。


「こんにちは。手伝うよ」

「ありがとうございます」

「あたしはレベッカ。短い間だけどよろしくね」

「わたしはアレックス。よろしく」


 移動中も使っていた作業用手袋をはめて、地面に落ちる細い木切れを集めまくる。簡単に集まるのでほんとうに長いあいだ人が来ない場所だったんだなぁと思う。

 見た目が最高な教会の周囲にはまったく民家はない。最寄の街から片道八時間。距離にして20~30kmほどずっと森。


「なんでこんな辺鄙な場所にこんな立派な教会を作ったんだろう」

「三百年ほど前までは数十万人規模の大都市だったって律師が言ってました」


 アレックスはよいしょ、と両手一杯の木切れを抱えて答える。長い茶色の髪を後ろで三つ編みにまとめてネルシャツにオーバーオールという素朴な格好をしている。好奇心の強そうな大きな瞳と日に焼けたそばかすだらけの肌が活発な印象を与えるけれど、物腰は控えめで落ち着いた声で話す。大人びた子だった。


「その都市はどうなったの?」

「大きな地震があったみたいです」

「地震? 噴火じゃなくて?」


 このへんは地震が多いから、そういうこともあるかもしれない。でも人って馴れた場所に住み続けたがるものだ。復興せずにそのまま森に呑み込まれてしまう都市なんて聞いたことがない。


「寺院の記録によれば流行病や他の災害も発生して都市をまるごと廃棄したそうです。一説によれば呪いだとか」

「怖ッ」


 突然の怖い話に思わず抱えていた木切れをぎゅっと抱きしめてしまう。

 そんなあたしの様子に微笑みながら、アレックスは数段の階段を昇って、開きっぱなしになっていた教会の大きな扉の中に入っていく。あたしもその後に続く。


 始めて入った教会の第一印象は、廊下、だ。建物の幅の、がらんとした廊下がすとーんと奥まで続いている。そのままどこまでも廊下が続いて中身がない感じ。

 廊下の両側にはかなり太い円柱が並んでいて、その向こう側も廊下だ。円柱は歯車を灰色にしてそのまま上下に伸ばしたような形をしている。

 柱の上方に設置されたランプにはすでに灯りが入っている。そのランプも細工があるのか複雑な光を放っていて幻想的だ。


「礼拝があるときはここに椅子を並べていたみたいですよ」

「これって廊下じゃなくて、ここが本堂なの?」

「身廊という名前が付いているから、廊下みたいなものなんでしょうけど」


 中央を通り過ぎると、交差するようにまた大きな廊下がある。上から見たら長方形の建物が二つ重なって十字になっているように見えるだろう。


「こういった形の教会は十字(バシリカ)教会って呼ばれてるそうです」

「へえ。よく知ってるね」

「勉強したんですよ。付け焼刃ですけど」


 アレックスは照れたように笑った。笑うと年齢相応に幼く見えた。


「そういえばこの木切れってどこまで運ぶのかな?」

祭壇(アプス)は分かりますか? 突き当りのところにある台なんですけど」


 交差したところを過ぎればすぐに豪華に装飾された食卓のような台がある。あれだろう。

 その手前、交差した廊下の両端には大きくて真っ白な老人の像が一体ずつ設置されていた。


 ひとつは頭部が大きく破損している。破損した像の横には白いローブの二人組がいて、何かを打ち合わせしていた。あたしが二人を見ると、気配に気付いたのか視線を避けるように背を向ける。


「あの像は『メルキオール』」


 アレックスが頭部が破損している像を差した。反対側にあるのが『バルタザール』。

 祭壇の後ろにも老人の像が一体あった。これは『カスパール』

 合計三体の石膏像が祭壇の前の交点を見つめるように配置されていた。


 アレックスが祭壇の横に木切れを詰んだので、あたしもそれに倣う。


「あと何回とってくるつもり?」

「三段ぐらいあれば足りるかなって思うんですよね」

「オッケー。付き合うよ」

「ありがとうございます」


   ◇


 世間話をしながら何往復も木切れを運ぶ。


 アレックス――アレクサンドラは十四歳で、成人したら寺院系の講に入ろうと考えているようだ。今回の依頼に参加したのも、その講が関係しているとのこと。その講にはツァオさんレオーノフさんも所属している。

 成人が近くなると、いろんな講に接触して手伝ったりして入るに値するかどうか見極めようとする人は多い。トリスもそうだし、アレックスもそういう慎重な子なのだろう。あたしは実家が後ろ盾としてはかなり強力だから講に入る必要がない。だから、そんな話を聞くとしっかりしてるなぁと感心する。


「この教会のことは夢で見たんです。二人に話したら、すぐに対処しなくてはいけないって言われて」

「対処?」

「石膏像を撤去して神の子羊を捧げるとか。教会も石膏像も本当に夢で見た通りだから驚きました」

「――羊を捧げる? 羊なんていたっけ?」

「いませんね」

「え、意味わかんない。どういうこと?」


 アレックスは説明しようと口を開きかけるけれど、視線を彷徨わせて言葉を止めた。

 頭をフル回転させて考えてみる。羊を捧げる。違和感のある言葉だ。不殺生を謳う寺院がそんなことするだろうか? アレックスが加わろうとしている講が関係しているのだろうか。捧げる、と言う言葉から連想されたのは生贄だ。なにそれこわい。


 不自然な沈黙のなか必死で考えていたら、血相を変えたトリスとカインに掴まった。


「なんで黙って一人で教会の中に入っているの?」

「え、一人じゃないよ。アレックスと一緒だし」


 アレックスがあたしの隣でぺこりと会釈をしたけれどトリスは当然のように無視した。


「どうして私たちが教会の外で野営しようとしてるのか理解(わか)ってないの?」

「え、なんで」

「危険だからよ」

「きけん?」


 白いローブの二人組もツァオさんもレオーノフさんも教会の中にいる。

 アレックスだって一人で木切れを運んでいるし、どこに危険があるというのだろう。

 トリスは警戒し過ぎではないだろうか。カインだってトリスの後ろで肩を竦めてる。


「いいから、早くここから出ましょう。まだ態勢が整っていな――」


 祭壇のほうから思わず耳を塞ぎたくなるようなキィィィィィという甲高い呻き声がした。


   ◇


 祭壇のほうへ駆けつけると、北の袖廊――白いローブの二人がいた『メルキオール』像があったところ――に真っ黒くて翅の生えた異形の怪物がいた。毛の抜けた猿みたいというか、鬼みたいな――人型の魔物。ガーゴイル。始めて見た。


 剣を取ろうとして、丸腰なことに気付く。設営中だったベースに武器も防具も置いてきていた。持っていたのは肩ベルトに吊るしていたナイフのみ。

 え、これで戦うの? あれと? 無理では。


「っしゃー! おれに任せろ!」


 カインが掌をパンと打ち付けて嬉しそうにしゃしゃり出たけど、やはり丸腰だった。カインは腰のあたりを両手で探って、ナイフだけを引き抜いたあとで肩を落とした。

 ナイフは最低限の装備だ。冒険者なら肌身離さず持っている唯一の武器だ。二人揃ってそれしかないって、あたしたちなんなの。アホなの。


 二匹のガーゴイルが空中を舞って二人組の白ローブに襲いかかっている。

 白ローブの小さいほうが投石器(スリング)でガーゴイルに目潰しをくれて、大きいほうが長剣で切りつける。よろめいたガーゴイルを小さいほうが止めを刺す。

 大きいほうは次のガーゴイルに一撃をくれる。

 連携が良い。あっという間に一体を仕留めて、もう一体にも瀕死の重傷を食らわせている。


「これ、加勢いらんのでは?」

「そうだね……武器、取りに戻ろうか?」

「賛成」


 あたしたちはすごすごと入口に戻る。入口では苦い表情をしたトリスが待っていた。


「閉じ込められたわ」

「は?」


 カインが扉に体当たりする。しようとする。その手前で弾かれてよろけた。扉に当たった音さえしない。あたしは扉に触れようと、手袋をはめた手を伸ばした。扉の1センチほど手前でなにかにあたって進めなくなる。硬いものでもなければ熱もない。ただ、なにかがある。


「ステンドグラスも試してみたわ。この教会の外側と接するものすべてに障壁が張られてる」


   ◇


 カインと二人で障壁に手をあてて十字教会の中をまわる。

 壁にすら触れることが出来なかった。

 特に出入り口や窓のあるところは念入りに調べたけれど、障壁に途切れはない。


 北の袖廊ではガーゴイルはすでに倒されていて解布(カファン)が巻き付けられていた。

 メルキオール像は台座から完全に離れて倒れている。

 白いローブの大きいほうが台座を、小さいほうがメルキオール像を検分している。


「なにがあったんですか?」

「……」


 二人に声を掛けてみたけど無視された。喋れるのかな。言葉通じてるのかな。外国人なのかな。妄想は膨らむばかりです。


「メルキオール、バルタザール、カスパール。この像の人たちって有名な人なのかなぁ?」

「おうよ。有名も有名。イエス・キリストの誕生を預言した人たちだ。東方の三博士とか、東方の三賢人とか呼ばれてる」

「えっ?」

「うん?」


 返答を期待してなかった呟きにカインがあっさり答えてくれた。

 記憶喪失中なのになんなのその知識。


「イエス・キリストって、誰のこと?」

「えっ」


 カインが可哀そうなものを見る目であたしを見たから、有り得ないほど有名な人らしい。


「あ、じゃあ神の子羊って何のことだか分かる?」

「キリストのことだろ」

「子羊よ?」

「だからイエス・キリストだろ。神の子羊。全人類の罪を背負って神様に捧げられた過越(すぎこし)の羊」

「キリストって羊の名前なの?」

「違うよ。まずユダヤ教ってのがあってだな、その律法学者(ラビ)がローマ帝国に訴えてイエス・キリストは磔にされて死んだ。ユダヤ教から派生したキリスト教では、キリストは全人類の罪を背負って処刑されたことによって生贄として神に捧げられ、それにより教徒が救われるという信仰なんだ」

「……ごめんなさいサッパリ理解できない」

「なんか、うん、悪かった」


 ぐるっと入口に戻って、トリスにイエス・キリストを知ってるか尋ねてみた。答えは新約聖書の知識ぐらいしかない、ということだった。

 ということは知ってるのか知らないのか。

 みんなもっとあたしにわかりやすく喋って欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ