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プロローグ

     【急募 本日のみ:依頼番号A309】

      廃教会で石膏像撤去 工員募集

       報酬:一人につき金貨5枚

       所要期間3日(予定)

       参加資格:特になし

       グループ参加 歓迎



「この依頼、どう思う?」


 『寺院』の掲示板に張り出された依頼に目を留めたカイン・ブルーブラッドが、あたしたちに聞いた。

 素性不明、記憶喪失中、名前も偽名となにからなにまで得体の知れない男だけど、至って気さくだしヘボそうに見えて割と強い。先月、知る人ぞ知る最強の竜『始源の竜(ドラゴン・ゼロ)』探索中、パーティが全滅しかかってたときに知り合って、そのままなんとなく行動をともにしている。


「作業期間が短い割に報酬がかなり魅力的だね」


 あたしは精一杯考えて、ごく当たり前の感想を述べた。

 だって金貨一枚あれば一ヶ月は余裕で暮らせる。三日で五枚、それを三人分で十五枚。徹夜の突貫工事に従事させられたっておつりがくる。


「レベッカの言うことももっともだけど、参加資格特になし、が気になるわ」


 トリス・エリュダイトは大抵あたしに先に意見を言わせた後で、あたしが思いつかなかったような方面からの考えを述べるので、「う…」となる。

 そのほうが効率がいい。わかる。わかるんだけど、同意をもらうことがほぼ無いって状況はちょっと凹む。最近はなるべく物事の裏を読もうと頭を回転させて頑張っているんだけど、満点回答には程遠い。


「工員募集なのに参加資格なし。ここで論理が破綻しているわ。依頼主が作業の内容をきちんと把握してないか、記載していない目的があるか……報酬以上に厄介な仕事の可能性がある」


 そしてあたしにも分かるように噛み砕いて説明してくれる。

 トリスはストレートロングの金髪碧眼の童顔で華奢な、ロマンス小説の主人公にでもなれそうな絵に描いたような美少女だ。少女といっても十六歳のあたしよりも年上の二十歳なんだけれど見た目的な意味で、ね。そしてとても頭がいい。博識講(エリュダイト)の唯一の継承者で学究所に所属している。


 家族制度のないこの地域では成人するときに後ろ盾を求めてなんらかの(ギルド)に参加するのが一般的だ。職能系・武門系・芸術系・学識系・余暇系など種類は様々で、技術継承の組織を越えて商売しているところもあれば犯罪組織スレスレのところもあり形態も多種多様だ。


 博識講は学識系で先史時代の文献を大量に所蔵しているロストテクノロジーに滅法強い講だ。廃講寸前だったところをトリスが継いだそうで、構成員はトリス一人。

 膨大な知的資産イコール蔵書類を引き継げたとトリスは言うけど、たかが本にどれだけの価値があるというのだろう。


 その関係でトリスは寺院から『外法』と断じられている不思議な力が使える。

 いくら丁寧にIT工学と科学の融合(ロストテクノロジー)なる『外法』のことを説明してもらっても、あたしには魔法と区別がつかない。トリス曰く、魔法が『外法(IT)』の技術を使っている、とのことだけど意味わかる? あたしには無理。


   ◇


 あたしとトリスは、少し前までは資金面ではかなり余裕のある竜討伐隊の隊員だった。あたしの姉貴フィオナ・レヴォリュシオンの主宰する酔狂な組織だ。


 あたしたちの親父は辺境伯で、姉貴はその跡継ぎだ。竜討伐隊は姉貴の我儘を通して結成された。

 各地で何匹かのドラゴンを狩って魔剣を手に入れたり某国の依頼で動いて討伐に成功して勲章を貰ったり、五人という人員からみても半年という期間からみても有り得ないような実績を積んだ。


 で、『始源の竜(ドラゴン・ゼロ)』という大物を相手を狙ってメンバーのうち三人、フィオナ、親父の忠実な部下グスタフ、獄門講(ローグ)のブラッドが脱落(ロスト)した。

 カインとはその道行で知り合った。そして、カインもあたしも『始源の竜』に敗れて死んだ。


 死んだ、といってもこのあたりの地域は寺院の支配下だ。


 この地域の住民たちは十六歳で成人を迎えたら、通過儀礼として頸窩という鎖骨の真ん中にある窪みのところに『(ディスク)』を埋め込まれ不妊措置される。この『石』は持ち主のことをすべて記憶している。死んでも『石』さえ無事なら寺院で手続きをすれば生き返ることが出来る。

 身体の中の『石』が破損(ロスト)した場合は、寺院などが預かってる予備の石からの蘇生になる。


 まぁ、そんなわけで、あたしもカインも無事に蘇生して何事も無かったかのようにここにいる。


 竜討伐隊はトリス一人しか生き残らなかった。

 あろうことかトリスはわざと竜討伐隊隊長であるあたしの姉貴の『石』を砕き、姉貴に喧嘩を売った。


 トリスは姉貴のことを非常に嫌っている。

 どうしてそこまで(こじ)れちゃったんだか、詳しい事情は怖くてあまり聞いてない。


 姉貴はあたしに何度となく『トリスのことを守ってね。あたしの大事な人だから』って言い含めていた。姉貴の盾になって死ね、と育てられてきたあたしだし、その姉貴から大事な人を守ってって言われたんだもの、そりゃ張り切ったよね。

 だから、あたしは二人がとても仲がいいと思っていた。でも、姉貴の傍若無人さは今に始まったことじゃないし、トリスがそこまで姉貴のことを嫌ってるなら悪いのは姉貴だろう。


 そのトリスによくわからない告白をされた。

 あたしのことが好き過ぎて頭おかしいのでいっそロストしてあたしを知らなかった頃に戻りたいとかなんとか。一見、愛の告白のように見えるよね。でもこれ自殺予告だよね。あたしの返事すら求めてないよね。愛の告白なら大歓迎だけど、さすがにこれは困惑した。


 そんな状態で姉貴を取るかトリスを取るかという二択を迫られて、トリスを選んだ。

 だって姉貴からトリスのこと守れって言われてるし。だって忘れたいあまりロストしてもいい程あたしを好きな状態でいることが嫌ってマジでどういうことなのかと思うし。だって、ロストしてほしくないし。あたしだってトリスのこと好きだし。

 その後トリスから何を求められるでもない。お互いに好きだって伝えてるのに両想いな感じがまるでないとか、ほんと意味わかんない。


 意味わかんないといえば、カインはなんでまだ一緒にいるんだろう?


 カインは記憶喪失中だし、もしかしたら元からパーティを組んでいたという誤解をしているのではないだろうか。いや誤解が解ければ出て行くとは限らないけど。

 他人にまったく興味がなくて基本無視という姿勢を貫くトリスも、なぜかカインとは普通に接する。というか、あたしよりもはるかに会話してる。

 ……トリスって、ほんとにあたしのこと好きなんだろうか。


 なんの話してたっけ。


 ええと……つまり、なんだかんだあってあたしたちは姉貴たちと決裂したので、資金面で一気に貧乏になりました。


   ◇


「多数決で決めるか。おれは参加」

「あたしも参加で」

「反対。でも決定には従うわ」

「決まりだ。受けよう」


 カインが受付に手続きに行く。依頼が貼り出された掲示板の前には、他にも冒険者たちのグループがいた。あたしたちの動きを見たのか、白いローブを着てフードを目深に被った二人組も受付に向かう。


「人気の依頼みたいだね」

「……え? ええ。そうね」


 トリスは何かに気を取られてるみたいな生返事だった。白いローブの二人組の背中を目で追っていたから、てっきりあたしと同じ感想なのかと思ったのに。


 あたしに満点回答できる日なんて、くるんだろうか。


   ◇


 翌朝、寺院に集合して出発する。


 寺院からは律師ツァオ・リンと律師ワシーリィ・レオーノフ、見習いという十四歳ぐらいの女の子の三人が参加して道案内を務める。 


 それとあたしたち三人、それから白いローブの二人組で合計八人での行軍となる。

 人気の依頼かと思いきや、この参加者の少なさは予想外だ。


「工員を募集しているのに男性が四人しかいないって、いよいよ酷いわね」

「え? 五人でしょ?」


 揃ったメンバーを見て吐き捨てるように言うトリスに、あたしは指折り数えてみる。ツァオさん、レオーノフさん、カイン、白いローブの二人組。やっぱり五人だ。


「……ふつう気付くでしょう」

「え、どういう意味?」


 呆れたように言ったトリスに問いかけると、彼女はカインに目配せを送った。カインが軽く肩を竦める。トリスは溜息を吐いた。


「知らないほうが幸せなこともあるさ。レベッカ、そのままの君でいて」


 カインが励ますようにあたしの両肩を叩いて言った。励まされるどころか、あたしには意味がわからないことをカインは難なくわかっている、という状態に焦りを感じた。


   ◇


 片道1日の予定で徒歩で廃教会に向かう。ダンジョンと違って地上に出没する魔物は小物が多い。むしろ狼や熊のほうが厄介だった。


 白いローブの二人組は手練れらしく、会話すら交わさずに黙々とヒグマを退ける。


「相手が魔物ならラクショーなんだがな」


 カインがぶつぶつ言いながらもハイイロオオカミの群れと対峙する。


「大声を出して威嚇して」

「わー!」

「おー!」


 トリスが指揮を執る。『外法』で操ったブランケットを不規則に動かしてオオカミの動揺を誘い、あたしたちの叫びを増幅して大きく響かせると、群れは去った。


 カッコ悪い。あっさり熊を撃退した白いローブの二人と比べて断然カッコ悪い。


「うん、無駄な死体は出なかった。素晴らしい気分だ」


 爽やかにカインは汗を拭った。いや、うん。ヒグマもだけどオオカミも執念深いから群れに被害が出たら執拗に復讐をしようとするって知ってるし、だからといって群れ全部を倒すのも凄惨すぎるから避けたいってのもすごくわかる。あたしだって避けたい。


 でも、それはそれとして、なんかこう、すごい負けたって感じがして悔しいんだけど!


「よそはよそ。うちはうち」


 カインはポンとあたしの肩を叩いて、爽やかに親指を立てた。

 いやなんで見透かされてるかな、あたし。


   ◇


 日が落ちる頃に、廃教会に到着した。


 深い森の中に突如として荘厳な教会が現れた。まるで鉛筆でスケッチしたような細かい縦線が沢山ある灰色の、骨組みみたいなのにとても豪勢に見える建物だった。

 ゴシック建築というらしい。

 街中にあるスッキリとした建物とは大きさも形も全然違う。とても大きくて、すごく手が込んでいる。ガラス窓にも鮮やかな色が付いていて天使やおそらく伝承絡みの様々な絵が美しく描かれている。ステンドグラス。これも始めて見た。太陽が昇ったら、きっとすごく素敵だろう。


 今までに見たことのない、おそらくこれからも一生見ることのないとても美しい建物で、幸せな気持ちに襲われる。


 参加して良かった、と思った。

作中で語られる『始源の竜』については前作『殺されたドラゴンに殺された男に殺されたドラゴン』で詳しくやってます(CM)

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