2話
それからの講義はまったくもって頭に入ってこなかった。
いつも真面目に聞いてるのかと言われるとそうじゃないけど、今日はずっと阿部ちゃんの最後の晩餐についてばかり考えてしまっていた。
タケシのもそうだけど、最後の食事が分かるってことは、人生の最期の一部を見るってことだ。すれ違う人の最期の食事を見ていると、その人の最期が想像できるようになってくる。
仕切りのあるトレーに乗ってたら病院で息を引き取るんだろうな、とか。餅だったら喉詰まらせるんだろうな、とか。あの人は蕎麦……アレルギーとかかな。でもどうなんだろうな、事故とかで死ぬ日にたまたま食べたのがそれだったってパターンもあるだろうし。
ああ、駄目だ。このままじゃ鬱になる。何の役にも立たないのに、こんな能力を手に入れてしまったばっかりに。
俺はふらふらと歩いて、例のオーガニックカフェに入った。別に腹は減ってるわけじゃないけど、思わず店の前で立ち止まってしまったのだから仕方ない。
「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」
店内はやっぱり女の子とカップルばっかりで、男1人っていうのは居心地が悪い。店員さんがすぐにお冷やとメニューを持ってきてくれた。
「コーヒーお願いします」
「以上でよろしいですか?」
「何かオススメがあるんですか?」
「ただいまの期間は限定メニューがございます。こちらのページですね」
「あー……じゃあ、この栗のケーキも」
限定メニューを見て思わず固まった。
秋の欲張りセット、きのことサツマイモのクリームスープに、サーモンとマスタード、雑穀米と温玉、リンゴとブドウのケーキ。
「これって、いつまでやってるんですか」
「今月末までです」
「そうですか……」
今月末。それってつまり、阿部ちゃんは今月中に死ぬってことか。今月中のどこかでまたこの店に来て、この期間限定のセットを食べて。
……いや、違うだろ。そうじゃない。
『あくまでも予知だから、ちょっとした行動で変わったりするみたいよ』
そうだ、あのババアは変えられるって言ってた。大体運転手が死ぬはずだったのに俺が死にかけたんだ、運命なんて案外不安定でポンコツなのかもしれない。
よし、やるぞ! 俺はやってやる、必ず阿部ちゃんを守るんだ!
「あのー、お客様? お待たせしました」
「あっ、すいません、ありがとうございます」
やっべ、1人でガッツポーズしてんの見られた、クソ恥ずかしい。てか周りの視線が痛い。まあ気を取り直して、俺はこれから阿部ちゃんを救うために行動する!
にしても、阿部ちゃんの最後の食事からはあまり情報は読み取れない。この食事を最後に死ぬっていうのは分かるけど、それを食べたから死ぬのだとは限らない。死んだ日にたまたま食べたのがこれだったって可能性もある。
オーガニックカフェに食べに来るってことは大学に来るはずだ、体調を崩せば休むだろうし病気の線は薄い。
秋の欲張りセットを食べたことによるアレルギー……この場合小麦と乳と卵が特定原材料だけど、この3つは大人になって発症することは少ない。
何の前触れもなくいきなり死ぬなら、やっぱり事故とかの可能性が高いな。カフェの飯が最後の食事なら、多分夕飯は食べずに死ぬってことだ。昼過ぎから夕飯時の間が要注意だな……。
俺は手帳を取り出して、カレンダーのページにバツ印を付けていく。今日は11月の8日だ。11月の終わりまであと22日ある。とりあえず、阿部ちゃんがいつ死んでしまうのかある程度絞ってみよう。
土日は基本的に大学に来ないからなしでいいだろ。そしてこのカフェは水曜日が定休日だ、ここもバツだ。俺と阿部ちゃんは同じ学科で火曜は基本的に講義はない、一応三角にしとくか。
これで半分くらいには絞れた。けどどうしようか、大学内でずっと一緒にいるのは無理だし、さすがに不自然だ。俺に防げないような事件や事故なら一緒にいても仕方ない。
けど今月で決まる、たった何日かだ。その間だけ気を張って、場合によっては身体張って。俺は俺にできる最善を尽くしてみせる。きっと阿部ちゃんを助けるんだ!




