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女神様

 アンナたちは、魔石の採掘について情報収集をするために鉱山の街にやってきた。そこで、アンナの旧友リディアと遭遇する。リディアからであれば詳しい話が聞けるはず。アンナはリディアを引き止めて話しかけた。


「リディア、なんでここに居るの?」


「なんでって、斡旋されたからじゃない。アンナもそうでしょ?」


 リディアは怪訝な表情を浮かべて言う。アンナがここに来るのは当然だというような口ぶりだ。しかし、アンナは何も聞いていない。


「呼ばれてないわ……」


「え? なんで?」


「独立したばかりだから、呼ばれなかったの!」


 アンナが悔しそうに顔を歪め、声を荒らげた。


「あ……そっか。なるほどね」


 独立後に仕事が減るということは、冒険者であれば誰もが知っている。リディアはアンナが独立を望んでいたことを思い出し、腑に落ちたようだ。


「じゃあ、アンナは何をしに来たの? 話を聞くため?」


「それもあるんだけど、魔石を持ち帰るっていう依頼を受けたのよ」


 アンナは自分たちで採掘をして、それを持ち帰るつもりだ。それなりの費用を請求されたとしても、フリーデルからの報酬でまかなえるだろう。鉱山に入る許可さえ得られれば、特に問題ないと考えている。


「うわぁ……今は無理じゃない?」


 リディアは気の毒そうに言った。アンナが考えているよりも複雑な理由があるのだろう。


「え? どういうこと?」


 アンナが質問を返すと、ルークは荷物を投げ捨てて、突然会話に割り込んだ。


「はじめまして、お姉さん! きれいなおっぱいですね! ご機嫌いかがですか? 触っていいですか?」


「……誰?」


 リディアが胡乱な目でルークの顔を見つめる。


「アンナさんのところでポーターをやっている、ルークっす!」


 ルークはリディアの目の前に立ち、少し頭を下げて元気に挨拶をした。その視線は、ざっくりと開いた胸元に向けられている。


 すると、リディアは苦笑いを浮かべながらアンナに視線を向けた。


「……ねぇ、アンナ。男の趣味、変わった?」


「失礼ね! このアホとは何の関係もないわよ!」


 アンナが両手でルークを横に押し出しながら答える。


「そうだよね……。変なことを聞いて、ごめんね」


「なんか、失礼なことを言ってないっすか……?」


 ルークは不本意だとでも言いたげに口をへの字に曲げた。アンナはそんなルークを無視して話を続ける。


「そんなことより、これはどういうことなの? 教えてくれない?」


「本当に何も知らないんだね……。とりあえず、どこかに座ろっか」


 リディアもルークを無視して、近くにあったベンチに目を向けた。それにいち早く反応したのは、ルークだった。ルークは真っ先にベンチに座り、自分の太ももをパンパンと叩く。


「あ、リディアさん。ここどうぞ」


 ルークはキリッとした真剣な表情で言うと、アンナは額に青筋を浮かべてルークを蹴り飛ばした。ルークは「ぐへっ」と呻き声を上げて地面に転がる。


「あんたは立ってなさい!」


「へぇい……」


 ルークは土下座スタイルで顔面を地面に擦り付けながら、情けない返事をした。

 リディアはさすがに可哀想だと思ったのか、ルークに近寄ってきた。リディアは膝丈くらいのスカートをきれいに閉じて、ルークの目の前にしゃがむ。


「……大丈夫?」


 リディアは心配そうに声を掛けるが、アンナは面倒そうな顔で首を横に振りながら、リディアの肩を叩いた。


「近付いちゃダメよ。運気が下がるわ」


 かなり失礼なことを言われているはずだが、ルークからの反論は無い。ルークの意識はスカートの隙間に集中していて、反論どころではないのだ。


「そう? 大丈夫ならいいんだけど……」


「こいつなら大丈夫だから、早く話を聞かせて」


 リディアは「分かったわ」と言ってルークの前から立ち上がった。ルークはお尻の行方を目で追う。


「じゃ、あたしたちが受けた依頼からね」


 リディアは、話をしながら上品に膝を閉じてベンチに腰を掛けた。ルークは若干の落胆した表情を見せ、「足を組んでよ……」と呟く。幸いなことに、この声は誰にも届いていないようだ。


 ルークの存在は無かったこととなり、会話が進む。


「あたしたちは、魔石の採掘と輸送の護衛を任されてる。かなり大人数の冒険者が斡旋されてるみたい。中には、遠くの街から出稼ぎに来てる人も居るらしいよ」


 リディアの話では、相当に人手が足りていないという。

 冒険者の主な仕事は護衛や輸送の代行だが、本来は冒険者の仕事ではないはずの採掘作業にも駆り出されているそうだ。鉱山に雇われている坑夫だけではまかないきれないくらいに、採掘が急がれているらしい。


「へぇ……そんなに人手不足なら、あたしにも声を掛けてもいいのに……」


 アンナは再び悔しそうな表情を浮かべた。アンナの思いは複雑だ。相当な人手不足でも声を掛けられないほど、アンナに冷遇する理由が重要だということである。今後も辛い状況が続くのだろう。アンナはそう考え、不安がよぎる。


「それはよく分かんないけど、人手が足りてないのは確かだね」


「じゃあ、何のためにそんなことを?」


 アンナは情報収集を始めた。深い情報が得られれば、現状を打破できるかもしれない。アンナは、自分を使わなければならない状況を作りたいと考えている。


「国の新しい事業のためなんだってさ。でもごめん、あたしもそれ以上は知らない」


「そうなんだ……」


 リディアの話を聞いたアンナは、リディアに悟られない程度に肩を落とした。一番知りたかった情報が得られなかったからだ。何のための作業かが分かれば、先回りして仕事を取るという選択肢もあったはずだ。


 リディアとアンナの間に、重い空気が流れる。


 そんな中。地面に転がっていたルークは、少しずつ移動してリディアの足元に迫っていた。リディアは気を抜いていて、足の力が抜けて膝が離れている。あとは角度の問題だ。


 もう少し……あと数センチ……というところで、アンナがルークの不審な行動に気付いた。


「どこ見てんのよ!」


 勢いよく立ち上がり、ルークの頭に足を下ろした。ルークはすかさず顔を上に向け、顔面でアンナの足を受け止める。


「やりすぎじゃない? これくらい、いいよ」


「優しくしちゃダメ。つけあがるから」


 アンナはそう言いながら、ルークの頬に足を乗せてグリグリしている。そんなアンナの服装も、ロングスカートである。ルークが顔を上に向ければ、ルークの見たいものが見える。アンナはそのことを忘れているらしい。


「パンツなんて、ただの布じゃない。見られたって別に平気だよ」


 リディアはスカートの裾を持ち上げると、ひらひらと振った。ルークの目に、白い三角形が飛び込んでくる。


「女神様ですか!?」


「あんたは黙ってなさい!」


 アンナの足は、さらに激しく動いた。アンナはルークに罰を与えているつもりだろうが、罰になっていない。ルークはアンナの足の付根を凝視して、締まりのない顔でよだれを垂らしている。


「……ねぇ、アンナも見られてるよ?」


 リディアの言葉にアンナはハッと我に返り、「ひぁぁっ!」と叫び声を上げて飛び退いた。ルークの視線に、ようやく気付いたらしい。


 アンナは頬を桜色に染めて「ゴホン」と咳払いをすると、「とにかく、ここでは採掘できないのね」と言って何事も無かったかのように話を戻した。


「採掘はできるけど、採掘した魔石は全部国に納めることになるかな」


「そっか……。それじゃ、あたしたちは関われないわね」


 アンナたちは採掘がしたいわけではない。依頼を遂行するために、魔石を持ち帰らなければならない。魔石を持ち帰ることができないのでは、ここの作業に関わっても無駄だ。


「そっか、残念。また一緒に仕事ができると思ったんだけど」


「仕方がないわね。あたしたちは魔物を狩るわ」


 魔石を得る方法は鉱山だけではなく、魔物から剥ぎ取る方法もある。しかし、魔石の質は魔物を討伐した後でしか確認できず、魔物の攻撃を受けて怪我をすることもある。そのため、魔石のために討伐することは少ない。他の素材のオマケ程度だ。


 不本意ではあるが、今回は魔物から剥ぎ取るしかない。アンナは腹をくくり、魔物と戦う覚悟を決めた。


「うん。アンナも気を付けてね。ところで、この子は?」


 リディアは大人しく立っていたココに視線を向けた。ルークのインパクトに押され、ココが放置されていたのだ。ココ本人も、話の邪魔をしたら拙いと思って何も喋らなかった。アンナはココに申し訳なさそうな表情を向けて紹介する。


「あ……忘れてた。新しい見習いの、ココよ。ルークはどうでもいいから、こっちは覚えておいてね」


「……ココです。よろしくお願いします」


 ココは一瞬だけビクッと体をこわばらせると、控えめな態度で静かに頭を下げた。少し緊張しているらしい。


 そんなやり取りを、ルークは地面に這いつくばって聞いていた。意識はリディアのスカートの中に向けられていたので、おそらく話の内容は覚えていないだろう。


 ココの紹介を終えたところで、リディアは「あ、ごめん!」と言って急に立ち上がった。


「そろそろ仕事に行かなきゃ」


「こっちこそ、ごめん。話してくれてありがとね。じゃ、仕事頑張って」


 アンナも立ち上がる。地面と仲良くしていたルークも、名残惜しそうに立ち上がった。


「では、女神様。また会いましょう」


 そう言ってリディアの手をそっと握る。すると、リディアは楽しそうにアンナに話し掛けた。


「思ったより愉快な子じゃん」


「だから、優しくしちゃダメだって……」


 アンナは呆れた顔を手のひらで覆った。


「ふふふ。じゃ、エロ少年。元気でね」


「あざっす!」


 リディアはルークの名前を覚えていないらしい。だが、ルークは気にもとめず、鼻の下を伸ばしきって笑顔で手を握っている。


「……いつまで握ってんの! 行くよ!」


 ルークの手はアンナによって強引に剥がされた。リディアは笑顔で手を振り、街の奥へと去っていく。ルークは、その後姿を寂しそうに眺めるのであった……。ただし、尻しか見ていない。

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