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調査

 フリーデルからの依頼を受け、アンナたちは一度家に帰った。母屋の玄関の前で、3人並んで今後の打ち合わせを始める。


「どうして鉱山がダメなのかしらね……。とりあえず、それを調査しましょう」


「調査? 冒険者協会に行けば、普通に教えてもらえないっすか?」


「それはムリ。行ってもムダよ。門前払いされちゃうだけだから」


 冒険者協会の新人イジメは、ルークが思っているよりも深刻だ。冒険者協会は、新しく事務所を立ち上げた冒険者を正規の冒険者として見ていない。


「どうしてなんでしょうか……」


「それが分からないのよね。資格を持った冒険者なのに、冒険者として扱ってくれないの」


 冒険者になるためには、厳しい試験を合格しなければならない。アンナはその試験を通過して、正規の冒険者になった。冒険者の試験は冒険者協会が主導して行っているのに、なぜか冒険者組合は独立した冒険者に冷たい。


「そんなことを考えていても仕方がないわ。今は魔石の回収のことを考えましょ」


「そうっすね。それで、どうするんすか?」


「鉱山に行くのが早いと思う。鉱山の人に直接頼めば、入らせてもらえるかもしれないからね」


 鉱山から産出される魔石の流通が止まっただけで、産出されていないわけではない……。アンナはそう考え、鉱山に行くことにした。

 今考えられる可能性は、流通経路のどこかでトラブルが発生しているか、鉱山内部で崩落などの事故が発生したか。どちらであっても、個人で動く分には問題ないという考えだ。


 甘い考えではあるが、アンナもそれを理解している。鉱山には入れてもらえなくても、理由くらいは聞けるだろうと思っている。


「まさかとは思うんすけど……今から行くんすか?」


 ルークは不安げな表情を浮かべて聞いた。ルークは、今から向かってもギリギリ日が暮れる前に到着できると考えている。だからこそ、アンナが「今すぐ行く」と言い出すことを恐れているのだ。


「準備があるから、明日の早朝にするわ。あんたも、早く準備しておいてね」


「了解っす」


 ルークはほっと胸を撫で下ろした。今朝も重い荷物を運んだばかり。ここに来てさらに遠出をするというのは、ルークには辛すぎた。そして今回は、ルークには働く理由が無い。ご褒美が何も無いので、どうもやる気が起きない様子だ。


「じゃ、あんたも準備をしておいてね」


 アンナの一言で、一度解散する。行動開始は早朝だ。ルークは馬小屋に帰り、明日に向けて準備をする。



 日の出前、まだ薄暗い。アンナの自宅の庭では、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。そんな中、のそりと動く影があった。


 ルークの早朝ミッションである。アンナの着替えを覗くために、朝早くから行動を開始していた。今日の侵入経路はアンナの寝室の窓だ。玄関の鍵が付け替えられたことは、ルークも知っている。今日は玄関からの侵入が困難だと感じ、この窓を選んだ。


 ルークはゆっくりと窓に近づく……しかし、ビクッと体をこわばらせて立ち止まった。何か嫌な予感がしたようだ。落ちていた石を拾い、窓の前の地面に放る。すると、突如として地面に大きな穴が口を開き、石を飲み込んだ。


「罠……か」


 ルークは苦々しい顔で呟く。嫌な予感とは、罠がある予感だったのだ。家の内側ですら罠が仕掛けられているのに、外に罠が無いはずがない。ルークの予想は的中した。それも、扉に仕掛けられた罠よりも数段危険な罠だ。扉の罠は突き飛ばされるだけだが、この罠は数メートル下に突き落とされる。下手をしたら死ぬかもしれない。


「窓からの侵入は……諦めた方がいいな」


 ルークはチッと舌打ちをした。目論見が外れた。今日こそは侵入できると思っていたのに、それが叶わなかった。


 窓からの侵入を諦めたルークは、昨日と同じように玄関からの侵入を試みる。いつものピッキングセットを握りしめ、玄関の前にしゃがみこんだ。


 しかし、付け替えられた鍵は手強い。物理的な鍵の部分ですら、すんなりとは突破できない。その後に待ち構える魔法鍵などは、解除方法が検討もつかない。


 ルークは悪戦苦闘を続けるが、無情にも時間だけが過ぎていった。あたりは完全に明るくなり、制限時間が刻一刻と迫ってくる……。


 そしてついに、その制限時間が来た。ルークの目の前の扉が、ルーク以外の力によって開けられたのだ。


 扉を開けたのはアンナだ。扉の前でかがんでいたルークは、開いた扉に押されて後ろに転がった。そして、アンナがルークの前に仁王立ちする。


「……何してんの?」


 アンナは呆れた顔でルークに話しかけた。


「鍵が! 開かないんすよ!」


 ルークは目に涙を浮かべている。言い訳を考える余裕が無いようで、正直に答えてしまった。

 その様子に、アンナはさらに呆れた様子を見せ、ため息交じりに呟いた。


「昨日交換したじゃない。最新の魔法鍵だから、こじ開けるのは不可能よ?」


「だとしても……」


「そんなことはいいの。準備はできてる? 朝食を食べたらすぐに出るわよ?」


「……了解っす」


 ルークは力なく返事をした。今日のミッションも失敗である。ルークは侵入を断念し、朝食を食べるために母屋へと足を踏み入れた。



 ルークたちはあまり美味しくない朝食を胃袋に押し込むと、鉱山に向けて出発した。鉱山までの道は石畳で舗装されていて、歩くのは容易である。しかし、これは歩行者のための舗装ではない。馬車が安定して走行するための道だ。


 街道は馬車が優先である。馬は急に止まれず、止めようとして馬を刺激すると、馬が暴れ出すこともある。危険なので、馬車を止めずに歩行者が避けるのがルールだ。


 しばらく進んでいると、正面から奇妙な馬車が向かってきた。見た目はただの座席付きの馬車なのだが、馬が居ない。馬が居るべき場所に、大きな鉄の箱が設置されている。その奇妙な馬車を見たアンナが、ボソリと呟いた。


「あ、魔動車じゃない。珍しいわね……」


 魔動車とは、馬の代わりに魔力で動く車である。構造は馬車とほとんど同じだが、馬が居るべきところに動力源がある。

 維持費と製作費が物凄く高いため、庶民が乗るようなことはない。一部の金持ちや、貴族たちが使っている。


 魔動車であっても扱いは馬車と同じ。歩行者は道を空けなければならない。アンナとルークが道の脇に寄り、アンナはココの腕を引いて自分の隣に寄せた。


「あれが魔動車ですか……。初めて見ます」


「そうね。農村では馬車の方が便利だから、見ることは無いでしょうね」


 ココとアンナは魔動車について話をしている。

 魔導者のメリットは、移動速度が早くて安定していることだ。馬車は馬の餌や水を考えて移動しなければならないが、魔動車はそんなことを考える必要がない。移動時に魔動車のオーナーが考えなければならないのは、魔石から作られる燃料のことだけだ。

 農村には畑のための水路があちこちに設置されていて、馬の飲み水に困ることはない。餌になる草も至るところに生えていて、むしろ駆除したいくらいだ。そのため、魔動車を持っていたとしても、農村では馬車を使うことが多い。


 アンナは魔動車の説明をクドクドと語っている。ココは熱心に聞いているが、ルークはまったく興味が湧かないようだ。ルークはぼんやりと聞き流している。


 アンナの熱心な説明は、終わりがまったく見えない。さすがのココにも少し疲れが現れ始めた。口元を引き攣らせながら、アンナが語る魔動車の魅力を聞いている。


 結局、アンナは鉱山に到着するまで語り続けた。最後に語った内容は、開発者の生い立ちである。誰が聞きたい話なのだろうか。ルークは早々に聞き流していたが、延々と聞かされたココは疲労困憊の様子で、ゲッソリとしている。


「やっと……着きましたね」


 ココは心から安堵し、声を弾ませて呟いた。それとは対照的にに、アンナは残念そうな表情を浮かべている。


「そうね。この話の続きは、帰りにでもしましょうか」


「え……?」


 アンナの予想外の返答に、ココは面食らったような顔をしている。ルークは、その様子を気の毒そうに見守っていた。聞き役を変わってあげるつもりは無いようだ。



 ルークは鉱山の街を眺めた。ここはルークにとっても初めて訪れる街だ。


 数件の家と飲み屋が併設された小さな宿、そして従業員のためであろう大きな宿舎が数件並んでいる。かなり狭い土地に建物が密集しているようだ。人口密度が高いのだろう。


「住みにくそうな街っすね」


「まあ、狭いからね」


「そうじゃなくて、男しか居ないじゃないっすか……」


 ルークの視点は少しズレていた。男性比率が明らかに高いので、ルークにとっては地獄なのだろう。


「……それはいいとして、まずは鉱山事務所に行きましょう」


 アンナはルークの言葉を無視して歩き出した。ココがその後を追う。


 鉱山事務所には、鉱山の運営に携わる責任者が居る。その人に事情を聞けば、鉱山の状況が分かるだろう。アンナもすんなり聞けるとは思っていないが、まずはそこに向かう。


 一行は、鉱山事務所の前に移動した。目の前には、この街には不釣り合いな石造りの大きな建物が見える。


「じゃ、ちょっと聞いてくるわ。2人はここで待ってて」


 アンナがそう言って扉の取っ手を掴んだ瞬間、扉は勝手に開いた。中から誰かが開けたようだ。


「ぅわっ!」


 アンナは驚いてのけぞる。そして、扉の向こうから若い女性がスッと出てきた。胸元がざっくりと開いた、ラフな服装をしている。歳はアンナと同じくらい、背格好も似ている。違うのは、胸が少々控えめなくらいだ。しかし形は整っている。ルークの視線は、その女性の胸に釘付けになった。


 その女性はルークの視線に気付かない。長くてきれいな金髪をなびかせ、アンナの顔を覗き込んだ。


「あれ? アンナじゃん。来てたのね」


「……なんでリディアが居るのよ」


 彼女はリディアという、アンナの友人だ。アンナと同じく冒険者で、所属事務所は違うが、以前から仲良くしていた。彼女からなら、詳しい話が聞けるかもしれない。

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