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発注と受注

 アンナたち一行は、魔法道具を作っている職人の工房にやってきた。魔法石の他にも、各種魔法道具を作成している工房だ。


 工房でなくても、魔法道具を専門に扱っている小売店はいくらでもある。それでもアンナが工房を利用するのは、職人に顔を覚えてもらうためだ。


 冒険者は特注品を依頼することがあるのだが、顔見知りだと頼みやすい。多くの冒険者は、工房を頻繁に利用して顔を覚えてもらうという。



 工房は商品を売るための場所ではないので、商品の数は少ない。小さなショーケースに、魔法石や杖、装飾品などが数点並べられているだけだ。その少ない商品を、ココは興味深く商品を眺めている。


「どれも結構高いんですね……」


 ココが寂しそうに呟くと、アンナはこともなげに答える。


「まあ、この工房にはお小遣いで買えるようなものは無いかもね」


 このショーケースの中に並んでいる商品は、どれも1万センスを越えている。中には100万を超える商品もあるほどだ。どれも質はいいのだが、その分値段が高い。他所と比べて数倍の値段が付いているものもあるという。


「こんなん、誰が買うんすか……」


 ルークがボソリと呟いた。金銭感覚に疎いルークでも、この商品の値段の高さには気付いたらしい。


「ゴミを買って使えなかったら嫌でしょ? 多少高くても、良いものを使いたいのよ」


「では、アンナさんは、普段どんな魔法道具を使うんですか?」


「あたしは剣を使うから、魔法石で補助をする感じね」


 前回の依頼の際、アンナの剣はルークが持たされていた。街の中では必要ないので、今は帯刀していない。ココとルークは、アンナが剣を握っている姿を見たことが無い。そのため、剣を使うと言われても、いまいちピンとこない様子だ。


「じゃあ、なんで魔法石なんすか? 本当に剣を使えるんすか?」


 ルークは茶化すような口調で言う。


「何? バカにしてんの?」


 アンナはそう言ってルークを睨んだ。ルークはこの手のやり取りを何度も交わしているのに、一向に懲りないと思われる。


「いやいや、そんなつもりは無いっすよ。気になっただけっす」


 ルークが苦笑いで答えると、ココが会話に割って入った。


「それでは、魔法石や剣だけで戦うのは、不可能なんですか?」


 ココは、ルークのフォローをしたつもりのようだ。その思惑通り、アンナの意識は魔法石に向いた。


「そんなことはないわよ。高級な魔法石を使えば、どんな魔物でも一撃よ」


 アンナは、ショーケースに並べられた赤い魔法石を見ながら言う。値札には、10万センスと書かれている。この値段は、ほとんどの魔物の買取価格よりも高額だ。


「え……でも、これだと……」


「そうね。これを使うと利益が出ないわ。だから、魔法石はあくまでも緊急用なの。それに、赤の魔法石は強力なんだけど、強すぎて死体が残らないわ。普通は使わないわね」


 そう言って、アンナが解説を始めた。


 赤の魔法石は、強力な炎が発生する。街の近くに出没するような魔物は、もれなく一撃で討伐できるほどの威力があるという。その反面、使った後には黒焦げのカスしか残らない。素材ごと焼き尽くしてしまうのだ。


 このような強力な魔法石は、危険な魔物から逃げたい時や、どうしても討伐を優先しなければならない時など、緊急性が高い場合に使われる。これを多用しなければならない状況というのは、冒険者としては失格だと言える。


 この解説を聞いたルークは、以前「灰色の魔法石はどれだけ使ってもいい」と言われたことを思い出した。


「灰色の魔法石はどうなんすか?」


 この工房のショーケースにも、灰色の魔法石が置かれている。値段は2000センスだ。ずば抜けて安い。安いだけあって、いい加減なザルに適当に詰め込まれている。


「かんしゃく玉ね。あれは威嚇のための魔法石。魔物には効かないから、どれだけ使ってもいいのよ」


「ええ……? ちょっと、アンナさん。俺に『これで戦え』って言ったじゃないっすか」


 ルークは不満げな声を漏らした。すると、アンナはバツの悪そうな顔で答える。


「……そう? まあ、あの時は時間稼ぎができれば、それで良かったからねえ……」


 しばらく雑談をしていると、工房の奥に居た職人が、3人の前に顔を出した。3人の会話は、工房の奥にも聞こえていたようだ。


「誰か来たのか?」


 この職人の名前はフリーデルという。細身の中年男性だ。色黒で背が高い。茶色い髪に、少しだけ白髪が交じっている。手は傷だらけで、歳の割にシワが多い。


「あ、おじさん。久しぶり」


 アンナは気安い様子で声を掛ける。すると、フリーデルは笑顔で手を挙げて答えた。


「よお、嬢ちゃん。よく来たな」


「相変わらず高いわねえ。もっと安いものを作ってもいいんじゃないの?」


 顔を合わせるなり、アンナは苦言を呈する。常連のアンナでも、この工房の商品は高いと感じていたらしい。


「いいんだよ。そんなものを作ったら、客が増えちまうじゃねえか」


 フリーデルは、そう言って胸を張った。フリーデルは、客を遠ざけるために敢えて高額な魔法道具しか作らないという方針だと言う。


「お客さんが増えなくていいの?」


「面倒くせぇ。仕事なんて、ただの趣味なんだ。わけの分からん客が増えたって、ロクなことにはなんねぇよ」


 フリーデルがやれやれ、と両手のひらを上に向けて言うと、アンナは「あたしには、よく分からない感覚ね……」と呟く。金儲け至上主義のアンナにとって、客を遠ざけたいというフリーデルの考え方は理解できないのだろう。


「まあ、いいわ。青の魔法石の在庫はある?」


 意見の違いを議論しても仕方がない。アンナは雑談を終わらせ、本題を切り出した。

 今回この工房に来たのは、ルークが使った青の魔法石を補充するためである。本来、アンナは魔法石を多用するスタイルではない。とはいえ、格上の魔物と出会ってしまった時は魔法石に頼らざるを得ない。いざという時のために、1つは持っておきたかった。


「なんだ、もう使っちまったのか?」


「このアホが、勝手にね。ついでに、このアホに使い方を教えてくれない?」


 アンナはルークを一瞥すると、フリーデルは面倒そうな表情を浮かべる。


「それくらい自分でやれよぉ……」


 フリーデルの言う通り、これは職人の仕事ではない。熱心な職人が自分の売上のために教えることもあるが、彼にとっては面倒ごとでしかないのだ。


「そうっすよ。俺はアンナさんの弟子なんすから、アンナさんが教えて下さいよ」


 ルークが目尻を下げて言うと、アンナは物凄く嫌そうな顔をして黙った。おそらく、アンナには教える気が無い。


 ルークの一言で会話が途切れ、フリーデルが『パン』と手を叩いて仕切り直す。


「それはそうと、青の魔法石なんだが。悪ぃけど今は在庫がねぇ。材料もねぇ。しばらく待ってくれ」


 青の魔法石は凍らせる魔法石で、攻撃力は赤の魔法石には敵わない。しかし、青は赤と違って素材が回収できるため、冒険者の間では青の方が人気がある。


 この工房でも、普段は在庫を抱えている。材料が無いため、売れた後に補充することができなかったようだ。


「しばらくって、どれくらい?」


「半年か……いや、もっとだな。魔石が手に入らないから、作れる目処が立たねぇ」


「魔石が?」


 アンナは意外そうに聞き返した。魔石は魔物から剥ぎ取ることで得られるのだが、それ以外に鉱山からも産出される。特に鉱山から産出される魔石は潤沢で、流通がストップするようなことは、普段なら考えられない。


「ああ。鉱山で何か問題があったらしく、しばらく入荷しねぇって話だ。聞いてねぇか?」


 フリーデルはそう言って腕を組んだ。彼は『アンナなら知っているはずだ』と考えているようだが、アンナは何も知らないとでもいいたげに、訝しげな表情を浮かべて「初耳ね」と答えた。


「冒険者協会からのお達しなんだがなぁ」


「そうなのね……」


 熊の魔物の買取価格は、普段よりも高かった。その理由は、魔石の価格が高騰しているからだろう。アンナはそう考え、「あのグリズリー、売るべきじゃなかったわね……」と呟いた。売らずに魔石を取り出していれば、フリーデルに渡して魔法石を作ってもらうことができたはずだ。


「あぁ、嬢ちゃんは独立するって言ってたか。聞いてねぇんだな」


 魔石に関する情報を先に得ていれば、アンナは熊を売るようなことはしなかっただろう。

 しかし、冒険者協会は独立したばかりの人間に冷たい。本来なら知らされるはずの情報も、アンナのもとには届かなかった。


「そうなのよ。資金も心もとないし、どうしたらいいかしらね……」


 アンナが不安げな声を漏らすと、フリーデルは何かを閃いたように、ニヤリと口角を上げた。


「だったらよ、俺から仕事を依頼してもいいか?」


「それは助かる! どんな仕事?」


「魔石を入手してきてほしい。面白いもんを思いついたんだが、材料がねぇから作れねぇ。高値で買い取ってやるから、頼むよ」


 フリーデルにとって、この工房の運営は趣味のようなものだ。そのため、材料が手に入らないという今の状況は、趣味を取り上げられたと同じである。彼は暇すぎて我慢できないといった様子だ。


「分かったわ。行ってくる。でも、魔石の質には文句を言わないでよね?」


「いや、たぶん文句は言うが……まあいいだろう。頼んだぞ」


 とにかく大量の魔石を納品するという条件の依頼だ。質によって買取価格が上下するが、フリーデルは相場よりは高く買い取るという。アンナは、「文句を言われるのは仕方がないわね」と諦め交じりの声で答えた。


「そうと決まれば、すぐに行くわよ!」


「ええ? 行くって、今からっすか?」


 ルークが顔色を悪くして聞くが、アンナは意に介さないようだ。


「文句を言わない!」


 アンナはそう言って、そそくさと工房から出ていった。ココとルークはアンナの決定に従うだけだ。勝手に決められたことでも従うしか無い。ココは意気揚々とアンナについていったが、ルークは浮かない表情でその後を追った。

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