表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

お目覚め

 ルークの朝は早い。夜明け前に目を開き、ムクリと起き上がった。朝一番で向かう先は、アンナが住む母屋である。目的地はもちろんアンナの寝室。風呂は無理でも着替えなら……というわけで、アンナの寝室の前までやってきた。そこにあるであろうクローゼットに身を隠し、アンナの目覚めを待とうと考えている。


 アンナの寝室の扉に手を掛けると、突然扉が勢いよく開いてルークの顔を殴った。


「痛っ!」


 ルークは下の壁に叩きつけられた。罠だ。ルークだけを狙ったものではない。アンナは冒険者として、何の対策もせずに眠ることができないのだ。


「何!? 誰!?」


 アンナは眠そうな目をこすりながら、剣を掴んで廊下に出た。そこでルークを発見し、呆れたような表情を浮かべる。


「こんな朝早くから、何の用?」


「……ははは。起こしに来たっす。おはようございます」


 ルークはとっさに嘘をついた。


「どうして家に入ってるのかしら……?」


「ははは……。鍵が()()()んで、入らせてもらったっす」


 ルークは苦笑いを浮かべながら頬を掻く。ルークの特技、ピッキングである。


()()()()んじゃなくて、()()()のね。鍵も付け替えないとダメね……」


 アンナは額に青筋を立て、ルークの腹に足を押し付けた。傍目には暴力のように見えるだろうが、ルークは嬉しそうな表情を浮かべて満足げだ。


 すると、物音に気付いたココが、アンナの部屋の前にやってきた。寝起きだったらしく、パジャマ姿のままだ。


「どうしたんですか!?」


「なんでもないわ。朝の運動よ」


「そうでしたか……」


 ココは腑に落ちない様子で、首を傾げながら自室に帰っていった。



 しばらく後、みんなで朝食を食べることになった。ルークは馬小屋に帰らず、母屋に残って朝食をともにする。これがルークの朝のルーティーンになりそうだ。


 今日の朝食はココが担当した。しかし、ココはあまり器用ではないようで……。


「ごめんなさい。あまり上手にできませんでした」


 サラダの野菜は、口に入らないくらい大きい。大根とレタスのサラダだと思われるが、大根はこぶし大、レタスは手のひら大である。スクランブルエッグが添えられているが、パサパサで所々が焦げている。唯一普通に食べられるのは、市販のパンだけだ。


「いいのよ、食べられれば」


 そう言うアンナも、あまり上手ではない。昨日の夕食はアンナが担当したのだが、どうにか食べられる程度の料理だった。


「できれば、美味しい方がいいっすけどね……」


「文句があるなら食べなくてもいいのよ?」


「いえ! 文句は無いっす!」


 ルークは、そう言って大根をボリボリと噛み砕いた。ルークとしては、食べられるだけありがたいのだ。下手なことを言って食事抜きにされると困るので、何も言えない。



 食事を終えると、ルークは早々に母屋を追い出された。アンナとココは、外出の準備をするという。今日の予定は魔法石の購入と熊の売却だ。アンナはできるだけ早く出発したいらしい。


 ルークは馬小屋に帰り、「ふぅ」とため息をついた。考えることは、今朝の反省である。鍵は簡単に開いた。しかし、罠のことまでは頭が回らなかった。風呂場に罠があることは知っていたが、寝室にまで設置されているとまでは考えが及ばなかったのだ。


「いきなり開けたのが拙かったか……」


 まずは軽く開けて罠を発動させれば、難なく侵入することができる。ルークは考えを巡らせ、明日のための計画を練った。


 ルークがしばらく考えていると、馬小屋の扉が開き、アンナが顔をのぞかせ、ぶっきらぼうに言う。


「買い物に行くわよ」


「いってらっさーい」


 ルークはいい加減な返事で見送りをするが、アンナはズカズカと馬小屋の中に入ってきてルークの頭をはたいた。


「あんたも来るの! あの熊、誰が持つと思ってんのよ!」


「あ……アンナさんなら片手で行けるっすよ」


「何のための荷物持ちよ! いいから、熊を持ってついてきて!」


 アンナに怒鳴られたルークは、面倒くさそうに立ち上がった。


「はいはい……行くっすよ……」


 持ち帰った熊は、馬小屋の横に放置されている。これを運ぶのが、ルークの仕事だ。今日はアンナとココの荷物が少ないので、昨日よりはマシだろう。今日のルークの荷物は、この熊だけだ。


「それで、どこに行くんすか?」


「昨日言ったじゃない……。聞いてなかったの?」


 どうやら、夕食後の会話の中に含まれていたらしい。ルークには興味がないため、当然聞いていない。


「ちょっと忘れたっすね。で、どこっすか?」


「……素材屋よ。予定くらい、ちゃんと聞いておきなさいよ」


 アンナはうんざりした様子で零した。

 獲物を売るとき、食べられない獲物は素材屋に持ち込み、食べられる獲物は肉屋に持ち込む。どちらの店でも、解体作業をして店頭に並べられる。


「あ、熊を売るんすね」


「当たり前じゃない。あんた、何のために引き摺ってると思ってんのよ……」


 話をしているうちに、近所の小さな素材屋に到着した。

 今回の熊は魔物だ。魔物は食べられないので、素材屋で買い取ってもらう。魔物と動物を見分けるには、魔石を含むかどうかを調べればいい。魔石は高値が付きやすく、革などの素材も高級なので、素材屋は魔物の持ち込みを歓迎する。


 ルークの仕事はここまでだ。店内で交渉をするのはアンナの役目なので、ルークとココは店外で待機する。


 ルークとココは2人で並んで待っているのだが、2人とも会話を始められないでいた。ルークが会話の糸口を探っている間に、熊の売却を終えたアンナが外に出てきた。


「おまたせ。行くわよ」


 アンナはそう言うと、買い取り交渉について何も言わないままスタスタと歩き始めた。


 今持ち込んだ熊は長時間引き摺ったので、皮が少し傷んでいた。かなり安くなるはずだ。ルークはアンナに小言を言われると思い、先に切り出す。


「いくらで売れたんすか?」


「7万センスだったわ。ルークの給料2年分ね。悪くないわ」


 ルークの予想とは裏腹に、アンナの機嫌は悪くない。予想よりも高値で引き取られたようだ。

 庶民の生活費は、1カ月あたり1万センスから2万センスである。アンナの事務所には3人居るが、最低でも2カ月は生活できる金額を得ることができた。


 しかし、計算が合わない。ルークはアンナが言った額を計算して、怪訝な表情を浮かべた。


「俺の給料って……」


「1カ月3000センスよ。文句ある?」


「無いっす! タダでも文句は言わないっす!」


 食事と住居は供給されているが、自由に暮らせる金額ではない。しかも、ルークはこの全額を没収されている。魔法石を弁償するためだ。

 この事務所にしがみつきたいルークにとっては給料が安い方が都合がいいのだが、アンナはそのことに気付いていないらしい。


「まあいいわ。次に行くわよ」


「次は魔法道具店さんですね」


 ココが笑顔で言う。こころなしか声が弾んでいる。楽しみにしている様子だ。


「待って。その前に、ちょっと寄り道させて」


「え……? いいですけど、どこにですか?」


「あ……俺は帰っていいっすよね?」


 ルークが不意に口を挟み、踵を返した。


「いいわけないでしょ! 帰りの荷物は誰が持つのよ!」


 アンナはルークの襟元を掴んで引っ張る。ルークは「うわっ!」と小さな叫び声を上げ、アンナの前に立たされた。


 質問を遮られたココは、少し不機嫌そうだ。


「それで、どこに行くんですか?」


「ごめんね。錠前を買いたいのよ。ちょっと本格的なやつ」


「え……? 錠前?」


 ルークが戸惑い混じりの声で聞き返す。


「簡単に開いちゃう錠前じゃ、危ないでしょ?」


「いや、まあ、そうなんすけど……」


 ルークはかなり焦っている。アンナの家に付いている錠前は、ルークにとっては付いていないも同然。数秒で開けられる。それが交換されると、朝の日課が行えなくなってしまう。


 ルークの不安を他所に、アンナは鍵屋の中に入っていった。


「これでいいんじゃないっすか?」


 ルークは、入ってすぐに目に付いた、一般的な錠前を指差して言う。


「これじゃ、今と変わらないでしょうが。もっと厳重なのが欲しいの!」


 アンナは一目で却下した。一般的な錠前を付けたところで、ルークは簡単に突破してしまう。罠が効果的なのだろうが、来客を迎える玄関には設置するのが難しい。そのため、厳重な錠前で管理するしか無いのだ。


 出入り口の正面で、気弱そうな中年男性が店番をしているのが見える。この店の店主だ。アンナは店主を見つけて声を掛けた。


「この店で一番厳重な錠前が欲しいの。どれかしら?」


 すると、店主は店の奥から高級そうな木箱を持ってきた。


「……だったらコレだよ。重犯罪者の牢獄にも使われる魔法鍵だ」


 店主はそう言って、木箱の蓋を開けた。中には鈍く光る鉛色の塊が入っている。扉の内側に内蔵するタイプの錠前だ。一見すると、今使っている一般的な錠前と同じように見える。


「いいじゃない。これをもらうわ」


「何が違うんすか?」


「鍵に魔法がかけられていて、偽造することができないのだよ」


 店主は鍵を取り出した。スプーンの柄くらいの大きさで、黒い板を2枚の鉄の板で挟んだような材質で作られている。側面には溝が無く、表面には数箇所にくぼみがある。


 物理的な鍵部分は普通のディンプルキーだが、そこに魔法が加えられてさらに堅牢になっているのだと言う。


「……この鍵は突破できないんすか?」


「心配いらないよ。これが突破されたなんて話は、今までに一度も聞いたことが無い」


 店主はカラカラと笑いながら答えたが、ルークの表情は暗い。ルークが心配しているのは、そうじゃない。突破できる可能性である。


「マジっすか……」


 絶望したような表情を浮かべるルークとは対象的に、アンナの表情は明るい。


「ふふっ。いい買い物ができたわ。ありがとう」


 アンナは錠前を受け取り、店を後にした。

 この荷物は、ルークには持たせない。ルークが()()()()置き忘れる可能性があるからだ。アンナは錠前が入った箱を大事そうに抱え、スタスタと歩くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ