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初戦闘

 魔物の目撃があったのは、森にほど近い畑の真ん中。ココの話では、気まぐれに畑に顔を出し、畑をひとしきり荒らして森に帰っていくという。同じ魔物から3度の襲撃があり、村人たちは警戒を強めているそうだ。


「ココって言ったっけ? 初めて見る顔だけど……」


 ココの話を一通り聞いたところで、アンナが怪訝な表情で言う。アンナは全ての村民と顔見知りというわけではないのだが、それでも村長の一家のことは知っているはずだった。アンナは村長の家から出てきた娘を知らないはずがないと思う。


「そうですね……。先日父を亡くして、今は村長の家でお世話になっているんです」


「そう……悪いことを聞いたわね」


「いえ。避けられないことでしたから……」


 ココは申し訳無さそうに答える。そして、前方を指差して言葉を続けた。


「あっ……この先です。罠が仕掛けてありますので、気を付けて進んでください」


「そう。助かったわ。ありがとう。ルーク! 罠があるって!」


「聞いてるっすよ……」


 ルークはココとアンナの尻を交互に見ながら、気のない返事をした。ココの説明は、きっと聞いていない。


「あんた、どんくさそうなんだから、気を付けてよね」


 アンナはそう言い終えると、『ガチャン!』と金属音が鳴って足を止めた。


「あ……」


 アンナはバツの悪そうな顔で声を漏らす。ルークが「どうしたんすか?」と聞くと、アンナは気まずそうに「ちょっと、これを外してくんない?」と呟いて足元を指差した。


 そこには大きなトラバサミがあり、アンナの足にガッチリと食い込んでいる。幸い、半円状の鉄の塊がバネで閉まるだけの構造になっていて、アンナは怪我をしていないようだ。その姿を見たルークは、「ふぅ」とため息をついて言う。


「自分で外せばいいじゃないっすか」


「外せないのよ。この金属は魔力を吸い取るから、力が入らなくなるの」


「へぇ? 力が……」


 ルークは目尻を下げて指を小刻みに動かした。全身から下心を滲ませているように見える。


「待った! 自分でやるわ!」


 不穏な空気を感じ取ったアンナは、焦りながら叫んだ。しかし、ルークはその言葉に納得がいかないよう。


「どうしてっすか?」


「顔が気持ち悪いのよ……。また良からぬことを考えていたんじゃないの?」


「そんなことないっすよ……?」


 ルークは目を泳がせながら言うと、アンナの足に手を伸ばした。その時……。


「きゃあああ!」


 遠くからココの叫び声が聞こえる。アンナが叫び声が聞こえた方向に目をやると、そこには自分よりも何倍もの体躯を持つ熊が、立ち上がってココを威嚇していた。


「グリズリー……」


「ああ、でかい熊っすね。アンナさん、ちゃっちゃとやっちゃってくださいっす」


 ルークは平然とした様子で言う。


「簡単に言わないでよ! トラバサミで動けないんだから!」


「ああ、そうっしたね。さっさと外しましょう」


 ルークは両手の指を蜘蛛の足のように動かしながら言うと、アンナは焦ったようにその動きを制止した。


「ダメ! すぐには外れないわ! あたしの荷物の中に魔法石が入っているから、あんた、それで戦いなさい!」


「えぇ!? 俺、戦ったことないっすよ?」


「魔力があれば誰にでも使えるわ! 灰色の石なら何個使ってもいいから、早くやって!」


「うっす……」


 ルークは不承不承に頷いて背負っていた背嚢を地面に置くと、手慣れた様子でためらいなく漁った。そして背嚢から小さなポーチを取り出し、口を開いて中を覗き込む。


「違うっ! それは化粧道具だから!」


「これから戦いに行くっていうのに、なんでそんなもんがいるんすか……」


「うるさいわねっ! 魔法石は木箱よ! 木箱の中!」


 アンナはそう叫びながら、トラバサミと格闘している。しかし、まだ外れる気配がない。


 ルークはポーチを背嚢に戻し、小さな木箱を取り出す。その中には、親指の先くらいの小さな石がぎっしりと詰まっていた。


「そう、それよ! それを持って早く行って!」


「うーっす」


 ルークは適当に返事をすると、木箱をがっしりと掴んでココの元に駆け出した。


 ココはグリズリーの前で腰を抜かし、尻餅をついている。ルークはその前に出ると、ココに向かって声を掛けた。


「もうダイジョブっすよ。早く下がって」


「ありがとうございます……」


 ココは辿々しい口調で答え、尻を地面につけたまま後ずさりをした。ルークは背中でその気配を感じ、見様見真似の構えを取る。


「さて、どうしたもんかな……」


 見栄を張ってみたものの、戦った経験など皆無である。魔法石の使い方もよく知らない。アンナの言いつけ通り、灰色の石を数個取り出して木箱をポケットに押し込んだ。


 グリズリーは威嚇をやめ、ルークに向かって腕を振り下ろす。ルークは咄嗟にその腕を避け、グリズリーの足元に魔法石を放り投げた。


 しかし、何も起きない。


 使い方を間違っていたのだろうか。ルークはそう考えて、次の魔法石を投げる。だが、やはり何も起きない。


「ただの石コロなんじゃないの!?」


 ルークが投げた魔法石は、ことごとく不発に終わった。グリズリーの猛攻をどうにか躱しながら、木箱から魔法石を取り出して何度も投げる。しかし、何度投げても結果は同じだ。グリズリーの足元にコロリと転がり、何も起きない。


 やがて、灰色の魔法石は無くなった。木箱は空だ。


「ちょ……無くなっちゃったよ!」


 ルークがそう叫びながら木箱を逆さにして振る。すると、二重底の蓋が開いて石がポトリと落ちた。ルークは慌てて拾い、グリズリーに投げつける。ルークは投げた瞬間に気付いた。その魔法石は灰色ではなく、透き通った青色をしていたのだ。


 青い魔法石がグリズリーの腹部に当たる。すると、周囲に強烈な冷気が立ち込め、一面が真っ白な霜に覆われた。その中心に居たグリズリーは、その冷気に当てられてカチカチに固まっている。まるで氷の彫刻のようだ。


「寒っ!」


 ルークがそう言って身を縮めると、アンナが凍える体を震わせながら駆け寄ってきた。


「ちょっと! 何してくれてんのよ!」


「あ。トラバサミ、外れたんすね……」


 ルークはがっかりしたような様子で答える。アンナはその態度が気に入らない様子で、さらに声を荒らげた。


「そんなことはどうでもいい! その石、いくらすると思ってんの!?」


 魔法石は、透明度が上がるごとに威力を増す。ルークが最後に使った青色の魔法石は、周囲の温度を急激に下げる魔法石である。高威力の魔法石は貴重で、とても高価だ。


「え? 何個使ってもいいって言ったじゃないっすか」


「それは灰色の石! 青色の石を使えとは言わなかったでしょ!」


「ああ、そうっすね……。でも、倒せたんだからいいじゃないっすか」


 ルークはハッとして口角を下げるが、すぐに開き直って反論をした。


「それは緊急用だったの! ホンットに高いんだから! 知らないの!?」


「え? そんなに高いんすか?」


 ルークは高ランクの冒険者パーティに所属していたが、メンバーが買い物をしている姿を見ていたわけではない。さらに興味すらも無かったため、冒険者が使う道具にはとても疎い。使い方はもちろん、その値段もまったく知らない。


「あんたの給料1年分よりも高いわよ……」


「げぇ……マシすか……」


「給料から天引きするわ。石を弁償するまで、うちで働いてもらうわね」


 アンナがうんざりしたような様子で言うと、ルークは歓喜に顔を綻ばせた。


「やった! あざーっす! 助かるっす!」


 ルークにとって、目先の借金よりもアンナの事務所に所属し続けることの方が重要であった。少なくとも、魔法石の代金を払い切るまでは一緒にいられる。ルークには、そのことの方が嬉しかった。


「……あんたはそういう人間だったわね。次に同じことをしたら、食事も抜きにするから」


「え? メシも出してもらえるんすか?」


 ルークはもともと食事を期待してなどいなかった。馬小屋に押し込まれた段階で、自給自足を覚悟していた。アンナには食事提供の意思があると聞き、意外そうな表情を浮かべている。


「いらないなら出さないわよ?」


「いるっすよ! 貰うっすよ!」


「ところで、どうして青い石を使ったの?」


「全部不発だったんすよ。不良品なんじゃないっすか?」


「……使い方も知らないのね。がっかりだわ」


 アンナは呆れた様子で呟くと、足元に転がっていた灰色の石を拾い上げる。


「もういいから、魔法石を全部拾いなさい! これもそれなりに高いんだから、1つ残らずね!」


 ルークは地面を這いずり回り、不発だった魔法石をかき集めた。


 大方を拾い終えるころには、辺りの氷が溶けていた。支えを失ったグリズリーは、ドスンと音を立てて地面に転がる。その様子を見ていたココは、戦闘終了を察してアンナの近くに駆け寄って来た。


「あの、ありがとうございました……」


 ココはアンナに向かって恐縮そうに頭を下げた。


「いいのよ。これで任務は終了よね?」


「はい……。村長様に報告に行きましょう」


 ココとアンナが会話を続ける中、ルークは地面を這いながら上を見上げていた。じわりじわりとココの足元に忍び寄る。当然、魔法石を拾うことなど頭から抜け落ちている。


「……何してんの?」


 アンナが冷ややかな目でルークを見下ろす。


「あ……いや。この辺に投げた気がするんすよ」


「ここはさっき拾ったでしょうが!」


 アンナはそう言って、ルークの頭を踏みつけた。ルークは「あざーっす……」と呟いてニヤけ顔を晒す。


「まあいいわ。拾い終えたんならもう行くわよ。あんたはそのグリズリーを持ってきてね」


「はぃ?」


「それがポーターの仕事でしょうが! 文句ある!?」


「……うっす」


 ルークはアンナの勢いに気圧されて、ふてくされながら命令に従った。グリズリーの腕にロープを巻き付けて、ズルズルと引き摺る。これは見上げるほどの大きさの熊だ。物凄く重い。さすがのルークも苦戦する……はずだったのだが。


「遅れたらケツが見えん!」


 血走った目を2人の臀部(でんぶ)に向けながら、必死に熊を引き摺るルークの姿があった。

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