SとM
夜明けとともに、ルークが活動を始めた。ルークはまだ魔法鍵を突破できないでいた。今朝も果敢に挑戦しているのだが、また失敗に終わる。今日もアンナが開けた扉によって転ばされた。
「いい加減、諦めたら……?」
アンナは、呆れた顔で諭すように言う。
「……何のことっすか?」
ルークはすかさずしらばっくれたが、アンナはルークの目論見など、お見通しである。
「いいから、さっさと朝食を食べて出発するわよ」
トラブルには巻き込まれたが、無事に依頼を達成することができた。今日はフリーデルに依頼達成の報告をする予定だ。そのついでに、オークの皮も売却する。オークの皮と26個の魔石を背嚢に入れて、フリーデルの工房へと急ぐ。
魔法道具職人の工房の中は、相変わらずの様子だ。在庫は少なくて閑散としている。もっとも、閑散としているのは在庫のせいではなくて、フリーデルのやる気の問題なのだが。
「フリーデル、居る?」
アンナは工房の奥に向かって声を掛けた。すると、フリーデルはのそりと顔を出す。
「よう。何か問題でもあったか?」
アンナが依頼を受けてから、まだ3日しか経っていない。フリーデルは依頼が終わったとは考えていないようで、トラブルが発生したことを心配しているらしい。
「違うわ。終わったの」
「マジか! さすがだな! 仕事が早い!」
フリーデルは驚いて目を見開いた。
「26個あるから、確認してね」
アンナが魔石が入った袋をカウンターに置くと、フリーデルは袋の口を開けて難しい顔をした。
「……期待はしてなかったが、質のいい魔石じゃないなあ」
フリーデルのお眼鏡にかなうものでは無かったようだ。魔物から得られる魔石は質が安定しておらず、良いものの中にも悪いものが必ず混ざる。
だが、「文句を言う」とは聞いていたので、この反応が来ることは分かっていた。アンナは予定していたセリフを返す。
「しょうがないでしょ。鉱山が使えないんだから、文句を言わないでよ」
「使えない?」
フリーデルは鉱山の詳しい状況を知らないようで、不思議そうな表情を浮かべている。
「そう。国が何かしてるみたいよ」
現在、鉱山から産出される魔石は、すべて国が買い上げている。そのため、民間に出回る魔石が極端に減っているのだ。
「そういうことか……」
フリーデルは、そう言って1人で勝手に納得した。
「でも、量は十分でしょ?」
「ああ、問題ないよ。注文の青い魔法石も、これで作れる」
アンナは「任せたわ」と言って、胸を撫で下ろした。もう一度取ってこいと言われたら、さすがに骨が折れる。質はともかく、量ではクリアできたので、これで依頼達成だ。
本来の用事はこれで終わりだが、追加の用事ができた。アンナはその用事を切り出す。
「ところで、この子でも使えるような武器は無い?」
フリーデルは「この子? この嬢ちゃんか?」と言ってココを一瞥した。ココは戦えるような見た目ではないので、意外に思っているらしい。それを察したアンナは、「そ。自分の身を守る程度のものでいいから」と、さらに条件を付け足す。
「分かった。そういうことなら、ちょうどいい試作品があるんだ。試してみてくれないか」
「助かる! 見せて!」
フリーデルが持ってきたのは、30cmくらいの木の棒だ。先端には、赤く透き通ったガラス玉のようなものが付けられている。
アンナが勢いよく振り回すと、杖の先端から火が噴き出して弧を描く。まるで火を点けた花火を振り回しているかのようだ。
「へぇ……面白いじゃない」
アンナは感心したように言う。見る限り、高い攻撃力を有しているわけではなさそうだが、使い勝手は悪くないだろう。
「だろ? まだ完成じゃねえから、使って感想を聞かせてくれ」
フリーデルは、得意げな顔で返した。これはまだ試作途中で、使いながら改良を加えていくのだという。
アンナはこの杖に満足したようだが、ココは不安げな表情を浮かべている。
「私でも使えますか?」
「魔法石を使う要領で、杖を振るだけだ。簡単だろう?」
「……使ったこと、ないです」
ココは何も知らないままアンナのもとに来たため、魔法石の使い方も知らない。農村育ちのココに扱える道具は、農機具だけだ。
「だったら、使い方は師匠に教えてもらえばいい」
「あとで教えるわ。気にしなくていいわよ」
多少のコツは必要だが、魔法道具は誰にでも使える。それが大きなメリットだ。
デメリットは、壊れやすくて高価なこと、そして攻撃力が変わらないことだ。一般的な武器なら、安物でも使い手によってはそれなりに使えたりもする。しかし、魔法道具の攻撃力は一定なので、相手が悪いとまったく歯が立たない。
ココはアンナから、持ち方や注意点などのレクチャーを受けている。暇を持て余したルークは、フリーデルに質問をしてみることにした。
「どんなものでも作れるんすか?」
「まあ、そうだな。アイディアさえあれば、大抵のものは作れるぞ」
フリーデルは、既存のものだけでなく、オリジナルの魔法道具も開発している。ココが買った杖もその1つだ。と言っても、戦闘道具ばかりを作っているわけではない。ライターやランプのような、生活必需品を作ることもある。
「だったら、服や壁が透けて見えるメガネとか……」
「ほう! 面白い!」
ルークの提案に、フリーデルがニヤリと笑って答えた。すると、アンナがルークの頭にげんこつを落として怒鳴る。
「面白くない! ろくでもない提案をしないの!」
「そうか? 調査や救助の役に立ちそうだぞ?」
「そうっすよ。アンナさんは何に使うと思ったんすか?」
ルークはフリーデルの調子に合わせたが、ルークが考えていた用途はただの覗きである。
それに対して、フリーデルは真面目に用途を模索していた。不審物を持っていないかの確認や、崩落事故が起きた時の内部調査に使えると考えている。……その上で、覗きに使えると思っていた。
「……2人とも、口元が緩んでいたけど?」
「気のせいっすよ」
「……だな」
フリーデルは、苦笑いを浮かべて目を逸らした。
「まあいいわ。あたしからも、もう1つ注文。できるだけ強力な手錠を作っておいて」
「ん? 嬢ちゃん、そんな趣味があったのか?」
フリーデルは怪訝そうに言うと、アンナは顔を赤くして声を荒らげた。
「違うわ! 必要になるような気がしたの!」
「まあいいけど。それなら、警察が使っている手錠よりも強力なやつがあるぞ。在庫だから、すぐに渡せる」
「……何に使うんです?」
ルークは嫌な予感がして、恐る恐る訊ねた。
「昨日テントで休みながら、気になったのよね。ほら、テントには鍵が掛からないじゃない?」
「まさか……」
嫌な予感が的中したと感じ、声を失う。すると、アンナは「あんたは気にしなくていいのよ」と言って、ルークに優しく微笑みかけた。その内心は、全然優しくない。次回の野営から、ルークは外に追い出されるだけではなく、手錠をはめられることが決まった。
アンナはフリーデルから受け取った手錠を自分の片腕に取り付け、感触を確かめている。
見た目はごく普通の手錠だが、魔物用の罠と同じ仕組みが施されていて、付けられると力が入らなくなる。はめたのは片腕だけだというのに、アンナはよろけてルークにもたれかかった。
ルークは咄嗟にアンナの体を両手で抱え込んだ。その腕は、アンナの胸をがっしりとガードしている。
「これは凄い効き目ね……」
この手錠は、何かに触れているという感触すらも奪うらしい。ルークの両手が胸を掴んでいることに、アンナはまだ気付いていない。
「両手にはめたら、声も出なくなるぜ。最強の拘束具だ」
「気に入ったわ。ココ、外してくれない?」
「待って……もう少し……」
ルークは締まりのない顔で呟いた。
「どこ触ってんのよ!」
アンナは怒鳴るが、力が入らない。そのうちに、ココはアンナの腕から手錠を外した。
「アンナさん、外れました!」
ココの言葉と同時に、アンナはルークの腕を振りほどいた。バランスを崩したルークに、回し蹴りを浴びせる。ルークは「うぎゃっ」と嬉しそうな悲鳴を上げて倒れた。
「あ……そっちの趣味だったんだな」
フリーデルは、嬉しそうに横たわるルークを見ると、真剣な顔で頷いた。
「そっちってどっちよ! 変な勘違いをしないで!」
「ああ。人の趣味は人それぞれ。理解しているよ」
アンナの必死の否定は虚しく、フリーデルには届いていない。フリーデルは1人で勝手に納得して、うんうんと頷いている。
「だから、やめてって!」
「そんなことより、注文はこれだけか?」
「そうだけど……」
アンナは不満げに返事をする。まだ否定し足りない様子だ。しかし、何度否定したところで、フリーデルは考えを改めないだろう。アンナはそう考え、否定を断念した。
すると、フリーデルは何食わぬ顔で話を続ける。
「じゃあ、先に今回の報酬を支払っておこう」
「あ、ごめん。面倒だから後でいいわ。相殺しておいて」
アンナは報酬の受け取りを拒否した。今回の報酬は、今注文したものと差し引いても若干余る。
ココの魔法道具とルークの手錠はこのまま受け取るが、青い魔法石の受け取りは後日だ。その時に支払いが発生するので、今報酬を精算するのは無駄だと感じたのだ。
「そうか。分かった。そうさせてもらうよ」
アンナは「よろしく」と言って、フリーデルの店を後にした。
工房の出入り口の前で立ち止まったアンナは、左右を振り返ってボソリと呟く。
「次は皮の売却と……面倒だけど、冒険者協会の事務所にも行かなきゃね……」
「え? 何のためっすか?」
「盗賊の報告よ。今回は捕まえられなかったけど、報告をしなきゃいけないの」
アンナはうんざりとした様子で言う。盗賊を放置すると二次三次の被害が発生するため、速やかに報告しなければならない。義務ではないが、マナーである。
「面倒っすね……。さっさと終わらせましょう」
どうせルークも付き合わされる。面倒ごとを先に終わらせたいルークは、アンナを急かすのだった。




