後始末
ルークとアンナが倒したオークは、全部で26体。1体の大きさは、大柄の人間よりも1回り大きいくらいだ。それが高く積み上がっている。
「とにかく。寝る前に剥ぎ取りを終わらせるわよ」
アンナが面倒そうに言うと、ルークが顔を青くして言葉を返す。
「今から……?」
「当たり前でしょう。この状況で、寝られると思ってんの?」
ルークが倒したオークの中には、ただ気絶しているだけという個体も多く存在する。起き上がったら攻撃が再開されるので、すぐにとどめを刺さなければならない。それに、死肉を狙う魔物に目をつけられては大変だ。
アンナがナイフを鞘から抜いて、足元のオークに突き刺した。すると、ココが申し訳なさそうに手を挙げた。
「あ……解体は得意です! 任せてください!」
「そう? あたしはそんなに上手くないから、任せるわ」
ココが居た農村では、獲物の解体は狩りに行かない女性や子どもの仕事だった。しかし、解体は敬遠されがちな作業だ。ココはしばらく村長の家で居候をしていたため、気を使って率先してやっていたという。
得意だというココの言葉には偽りがなく、ココは慣れた手付きだ。雑談を交えながらテキパキと作業を進めていく。
「肉は売らないんですか?」
というココの質問に、アンナが即答する。
「持って帰れるならね。ルーク次第だけど……」
もし持ち帰るなら、それはルークの仕事である。アンナは手伝う気がない。
「無理に決まってるっしょ!」
解体前のオークは、1体でもかなり重い。解体後の重量は半分以下になるのだが、それでも26体を運ぶのは骨が折れる。
「鉱山の街までだったら、大した距離じゃないわよ?」
「勘弁してくださいっす……。何往復すると思ってんすか」
テントがある場所も警備しなければならないため、運搬作業はルークが1人でやることになる。鉱山の街までは徒歩数十分だが、それでも26体すべてを街に運ぶには、丸1日掛かるだろう。現実的とは言えない。
「ま、そうね。どうせ売っても二束三文だし、捨てて帰るわ」
オークの肉は大量に出回っていて、味もそれほど良くない。買取価格も安く、『貧民街の肉』と揶揄されるほどだという。
苦労して持ち帰っても小遣い程度にしかならないため、売れなくてもそれほど悔いはない。必要な部分だけを取り出して、残りは廃棄処分する。
「だったら、最初っからそう言ってくださいよ……」
「皮は高く売れるから、そっちは持ち帰るわよ。全部」
「うっげぇぇぇ……マジすか……」
ルークは力なく呟いた。結局荷物が増える。肉ほど嵩張らないので、持ち帰るのは比較的容易だ。無理だとは言えない。
ルークは浮かない表情で、オークになものを突き立てた。いい加減な手付きで、適当に切り刻む。
「あ……ルークさん、拙いです。それでは皮が肉に……」
ココが心配そうに言う。ルークは「慣れてないんすよね」と、悪びれる様子もなく、皮がついたままのオークの腕を廃棄する肉の山に放り投げた。
「……これはわざとね。こいつは帰りの荷物を減らすつもりよ」
「いや、そんなことは……」
ルークはバツの悪い顔で言葉を濁した。バレたか……とでも言いたげである。
「あんたは肉を捨ててきて。できるだけ深い穴を掘って、そこに埋めるの。頑張ってね」
「えぇ……? 1人で?」
「本当はみんなでやるつもりだったけど、仕方がないじゃない」
ルークはもっと大変な作業を言い渡された。テントから離れた場所に肉を移動させ、穴を掘って埋めるという重労働だ。
肉をこのまま放置すると、危険な野生動物や魔物が寄ってくる。面倒で大変な作業だが、怠ってはいけない。
作業は夜を徹して行われ、作業が終わる頃には、山の隙間から太陽が顔を出そうとしていた。今回の討伐で、26個の魔石が手に入った。十分な成果と言えるだろう。しかし、3人は睡眠不足と疲労でフラフラだ。
「これだけあれば十分ね。少し仮眠をとったら、帰りましょうか」
「そうですね。従います」
作業を終えて会話をしているうちに、ルークは眠ってしまった。体力の限界を迎えたのだろう。少し臭うオークの皮の上で、縮こまって転がっている。
「ルークは先に寝たみたいだし、あたしたちも寝るわよ」
アンナとココは、そう言ってテントの中に消えていった。
太陽が真上に差し掛かった頃、テントの中で影が動く。最初に起きたのはココだ。野営に慣れておらず、明るい場所で寝ることにも慣れていない。そのため、ココは熟睡できなかった。
次に、気配に気付いたアンナが目を覚まし、着替えを終えた2人はテントから出てきた。
ルークはまだ寝ている。昨日は大荷物を抱えての長距離移動に続き、慣れない戦闘。そして、最後には穴掘りをした。昨日、最も体力を使ったのは、ルークだった。疲れすぎていたのだろう。
「ちょっと、寝すぎよ?」
アンナはルークの背中を足で押しながら言う。
「……え? もう朝っすか?」
ルークはろれつの回らない口で声を出した。まだ目は開いていない。寝ぼけた様子のルークに、アンナはさらに声を掛ける。
「もう昼! 今すぐ起きないと、ご飯抜きだからね!」
「どぅわっ! しまった! 寝過ごした!」
ルークは慌てて跳ね起きた。寝過ごしたというのであれば、ココとアンナも同じだ。2人も起きたのは昼だった。だが、もとよりその予定だ。昼食の時間までに起きられれば、特に問題ない。
「……何言ってるの? まだギリ大丈夫だけど……」
「着替えが……」
ルークは心底残念そうな表情で漏らす。そう、今回は大チャンスだったのだ。鍵がないテントなら、自由に侵入することができるはずだった。
「……なるほど。あんたは外に居ても危険なのね。参考になったわ」
アンナはルークの狙いを見抜き、肩を落とした。テント泊の時は、より一層の対策が必要だ。
簡単な食事を終わらせたら、すぐにテントを撤収して帰る。今日は時間が限られているので、撤収の作業は全員で行った。鉱山の街からアンナの家がある街までは、歩いて数時間。今から出発すれば、日が暮れる前には到着できる。
「じゃ、行くわよ。忘れ物は無い? 特にルーク!」
「大丈夫っすよー」
ルークが軽い調子で返事をすると、アンナはルークの背嚢を注意深く眺めた。
「よし。置き忘れは無いみたいね」
ルークは油断すると荷物を減らそうとするため、アンナは気が抜けない。今日のように荷物が増えた際は、特に気を付ける必要がある。
「マジで信用ないっすね……」
「当たり前じゃない。昨日、何をしたか忘れたの?」
「嫌だなあ。わざとじゃないっすよ」
苦笑いで返すルークを尻目に、最後にココが周辺のチェックをした。意図的な忘れ物が無いことが確認できたので、すぐに出発する。
今日のルークは、珍しくアンナの横に並んだ。歩きながら、アンナの上半身をチラチラと見ている。
アンナが戦闘用にしていた服は、オークに破られた。そのため、今日の服装はラフな普段着だ。少しサイズが小さいようで、布が体にピッタリと密着してボディラインがくっきりと浮き出ている。
アンナはルークの視線に気付かず、ルークに話しかけた。
「それにしても、意外だったわ。あんた、戦えたのね」
「自分じゃよく分かんないっすよ……」
ルークの意識はアンナの胸に集中していて、気もそぞろだ。いい加減な調子で答える。
「だって、お玉よ? あんな使い方、聞いたこともないわ」
「好きで使ったわけじゃないっすからね」
アンナの荷物の中に入っていたお玉は、屋外使用を想定した丈夫な金属製だ。かなり重いが、長持ちする。しかし、遠出をする時に持っていくようなものではない。ルークにとって嬉しい荷物ではないのだが、今回はそれが逆に幸運だった。
アンナがルークを褒める中、ココは申し訳なさそうにトボトボと歩いている。それに気付いたアンナが、ココに優しく声を掛けた。
「どうしたの? 元気ないじゃない」
「ごめんなさい……。私が戦力外すぎて……」
ココは、自分に不甲斐なさを感じで落ち込んでいるようだ。確かに、戦闘面では役に立たなかった。
「そうね。正直足手まといだったから、自分の身くらいは守ってほしいわ」
「身も蓋もないっすね……」
アンナの冷たすぎる言い方に、ルークが反応した。すると、ココは静かに首を横に振る。
「いえ、いいんです。本当に何もできませんでしたから……」
「向き不向きがあるんだから、いいんじゃない? 解体作業は助かったわよ? ココが居なかったら、今日中には帰れなかったかもね」
「そう言っていただけると、嬉しいです。でも……」
ココはまだ何か言いたげだ。ココは魔物と戦うためにアンナのもとに来た。それなのに、魔物を相手に何もできなかったことを悔やんでいるのだろう。それを察したアンナは、ある提案をする。
「魔法道具を買ってみたら?」
「魔法道具ですか……高いですよね?」
魔法石だけが魔法道具ではない。かなり高価だが、使い捨てにならない魔法道具も存在する。剣のような一般的な武器とは違い、長期間の訓練を必要とせず、体格による向き不向きもない。そのため、一部の冒険者には好まれている。
「そうね……。でも、お金なら貸してあげるわ」
「マジすか? あとから奴隷商に売り飛ばしたりとか……」
ルークが意外そうに言う。ケチなアンナが金を貸すということが、信じられない様子だ。
「しないわよ!」
「本当にいいんですか?」
「ま、必要経費だと考えるわ」
アンナとしても、ココが足手まといになるのは困る。本人にやる気があるのであれば、これくらいの出費はかまわないと考えている。
「ありがとうございます!」
「え? じゃあ俺もいいっすか?」
すかさずルークも便乗しようとするが、アンナはルークの頭をはたいて否定した。
「あんたにはお玉があるでしょうが」
「あれは武器じゃないっす……」
今日は移動に費やし、明日になったら魔石の納品をする。その時に、ココの武器も購入することになった。ココは晴れやかな表情で、アンナの後ろを追いかけるのだった。




