表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

勧誘

 鉱山から採掘される魔石は手に入らないということが分かった。依頼された魔石は、魔物から剥ぎ取らなければならない。この街を出て、魔物が出没する場所に移動する必要がある。

 しかし、すでに日が傾きかけている。今から出発するのは危険なので、アンナたちはこの街で一泊することにした。


「今日はここに泊まって、明日の早朝に出発するわ。その前に、食事を済ませておきましょうか」


 この街には宿は一つしかない。大きな建物に飲み屋が併設されていて、宿泊者の他に、酒と食事が目当ての客もいる。


「うっす。もう、腹が減って死にそうっすよ」


 飲み屋の扉を開けて、中に足を踏み入れた。中は50人分くらいの席があるのだが、ほとんどの席が埋まっている。小さな街なのに、大層賑わっているようだ。街には大量の冒険者が来ているため、普段よりも客が多いのだろう。


「……満席みたいね。先に部屋に行って休む?」


 アンナがそう言うと、アンナの背後からゴツい男が寄ってきて、アンナに話し掛けた。


「それは賢明じゃないぞ」


「誰っ?」


 アンナは驚いて振り向くと、ゴツい男はニヤリと笑って答える。


「俺だよ」


 彼の名前はディートリヒ。アンナが以前所属していた冒険者事務所の所長だ。本人も冒険者であり、稀に依頼を受けることもある。今回は、斡旋された部下の様子を見るために来ていた。彼の他にも、数名の部下がこの街に来ている。


「うっげぇ……」


 アンナは嫌そうに眉間にシワを寄せて呟き、無言で踵を返した。アンナはこの男が気に入らなくて、事務所を去ったのだ。今一番会いたくない人間である。


「無視すんじゃねぇ! 待て!」


 ディートリヒはアンナの腕を掴んで制止した。


「……何の用?」


「この店は、閉店時間までこの調子だよ。俺たちは時間を調整してここに来てんだ」


「忠告ありがとう。じゃあね」


 アンナはそそくさと立ち去ろうとするが、腕を掴まれていて自由に動けない。それをいいことに、ディートリヒは質問を続けた。


「いや、待てって。こんなところで何してんだ? お前は呼ばれてねぇだろ?」


 この街には、冒険者協会から斡旋された冒険者しか居ない。ディートリヒはアンナが呼ばれているわけがないと考え、不思議そうにしている。事実、アンナは斡旋されてここに来たわけではない。


「別件よ。あんたには関係ないでしょ」


「誰っすか?」


 アンナが適当に返事をしているところに、突然ルークが割って入った。


「はぁん? てめぇこそ誰だよ」


 ディートリヒは苛ついた様子でルークを睨む。ルークは基本的に空気を読まないので、こういったことは頻繁に起きる。今回はそれが良い方向に進み、アンナは気が逸れたディートリヒのスキを突いて腕を振り払った。


「関係ないって言ってるじゃない。行くわよ」


 アンナはそう言って出口に向かう。しかし、ディートリヒは逃すまいと、再びアンナの腕を掴んだ。ディートリヒの執念が窺える。


「だから、何の仕事だって聞いてんだ。答えろ!」


「答える理由が無いわ」


 アンナは面倒そうに答えた。アンナの腕を掴むディートリヒの力が、さらに強くなっていく。しかし、その質問に答えることはできない。


 冒険者にも守秘義務がある。依頼者についての情報は漏らせないし、遂行の妨げになるなら依頼内容についても言えない。リディアのような協力者になら言えることでも、ディートリヒのような敵対するおそれがある人間には、言うわけにはいかない。


「なぁ、どうせ苦労してんだろ? 悪ぃことは言わねぇから、独立なんてやめて帰って来い」


 答えが返ってこないと察したディートリヒは、話題を切り替えた。これがアンナに声を掛けた本当の目的だ。ディートリヒの狙いは、『アンナの独立を阻止すること』である。


 そのことはアンナも理解している。アンナが依頼を受けた際は、ディートリヒが妨害をしてくる可能性を考慮しなければならない。


「戻る気は無いって、何回言えば分かるの? 離して!」


 アンナは、余計なことを言わないように細心の注意を払っている。しかし、ディートリヒも引き下がるつもりは無いようだ。


「ふん。それが今のパーティかよ。そんなひ弱そうな姉ちゃんが、役に立ってんのか?」


 ココをじろりと見て、鼻で笑いながら言う。ディートリヒは、挑発をしながら付け入るスキを探しているのだろう。


 しかし、ココが役に立っていないのは否定できない。資格を持った冒険者でもなく、特別な知識や経験があるわけでもない。荷物を持っているルークの方が、まだ役に立っているくらいだ。


「それは……」


 ココは言葉を返すことができず、後ろめたいような表情を浮かべて俯いた。挑発されたと感じたルークは、とても不機嫌そうだ。


「失礼なおっさんっすね。あんたに、ココちゃんの何が分かるんすか」


 ルークは堂々とした態度でディートリヒの腕を掴み、アンナの腕から引き剥がした。その姿を見たアンナは、得意げにふふんと鼻を鳴らす。


「あんた、たまにはいいこと言うじゃない。ココにだって、いいところがいっぱいあるからね」


 今のところ、ココが役に立ったことは一度もない。しかし、今それを言っても仕方がないので、アンナはココのフォローに回った。すると、ルークもアンナの言葉に続く。


「そうっすよ。今日は隠れているっすけど、ココちゃんの足はアンナさんよりきれいなんす!」


 ルークは、そう言ってココの足に視線を移した。


 鍛えられたアンナの足は、きれいではあるが少しゴツゴツしている。対するココの足は、健康的で肉付きが良い。ルークのお気に入りである。


 残念ながら、今日のココはパンツスタイルだ。スキニーなら良かったのだが、ダボダボのパンツ。今日のココからは、足のラインをうかがうことができなかった。


「え……?」


「感心したあたしがバカだったわ……」


 ココはキョトンとして声を漏らし、アンナは呆れた様子で呟いた。


 話の腰がポッキリと折れ、しらけた空気が漂う。あたりには、飲み屋の喧騒だけが響いている。そんな中、ディートリヒはルークが背負った荷物を見て、ニヤリと口角を上げた。


「くくく。お前はなかなか筋が良さそうじゃねぇか。うちの事務所に来ねぇか?」


「え? 俺?」


 ルークが持たされている荷物は、かなり大きくて重い。この荷物を文句も言わずに持てるというのは、ある種才能である。ディートリヒはそこを評価しているようだ。


「いいじゃない。このアホはくれてやるから、あたしに関わらないで」


 アンナはそう言って、ルークの背中をグイと押した。


「ちょっ! 勝手に決めないでくださいよぉ!」


「お前にだったら、高い給料を払ってもいいぞ」


 ディートリヒはルークをおだてるような素振りを見せる。すると、その後ろに控えている下っ端風の男が、嫉妬に満ちた目でルークを睨みつけた。彼はルークのことが気に入らないようだ。もし移籍をしたら、ルークは大変だろう。


 しかし、ルークはそんなことは気にしていない。


「金じゃないんすよ。もっと大事なものがあるんで、それは無いっす」


 ルークにとって、金は重要ではない。女が居ないパーティに同行するなら、ポーターという仕事を続ける理由が無くなる。ルークの中に、アンナの事務所を辞めるという選択肢は無いのだ。


「……ま、無理にとは言わねぇよ。それよりもアンナだ」


 ディートリヒはすんなりと引き下がった。しかし、アンナを諦めるつもりが無いようだ。


「だから! もうあたしに関わらないで!」


「そうは言ってもなあ。仕事、無ぇんだろ? 素直に戻ってこいよ。今なら3人まとめて面倒見てやる」


 アンナが何度否定しても、ディートリヒは折れない。ついにはルークとココが交換材料にされてしまった。


 ルークはそれが気に入らないらしく、またしても会話に割り込む。


「ちょっといいっすか?」


「ん? 何だ?」


「アンナさんの何がいいんすか?」


 ルークは真剣な表情でディートリヒの前に立った。


「あん? 何が言いてぇ?」


「本気で戻ってきて欲しいなら、その理由を説明しないとムリっすよ?」


「そりゃお前……」


 ディートリヒは戸惑いながら口ごもる。その様子を見たルークは、さらに追い打ちをかける。


「アンナさんの何が良くて、何をして欲しいんすか?」


「いや……仕事を……」


 ディートリヒは必死で言葉を選んでいるようで、上手く答えられない。これでは、ディートリヒの真意は伝わらない。


「即答できないんすね。だったら、この話は終わりっす」


 ルークの言葉に、ディートリヒはかなり動揺している。その間にルークはアンナとココの手を引き、そのまま飲み屋の外に出た。



 少し歩いて、飲み屋が視界から外れた。追ってきたりはしていないようだ。ルークは「もういいかな」と呟いて一度立ち止まった。


「あんた、今日はいったいどうしたの? 妙にいいこと言うじゃない」


 アンナが嬉しそうな笑顔をルークに向けた。ルークは真剣な表情で答える。


「アンナさんの乳の良さが理解できない奴なんて、マジで信用できないっすからね。アンナさんは世界有数の美巨乳っすよ? 見たい! 揉みたい! 吸い付きたい! それが答えっすよ!」


 ルークが口を動かすたびに、アンナの嬉しそうな表情はみるみる崩れ、呆れ顔に変わっていく。


「……あんたには、感心するだけ損ね」


 アンナが言葉を失う中、ココが訝しげに質問する。


「あの……もしあの人がそう答えたら、ルークさんはどうするつもりだったんですか?」


「何言ってるんすか。絶対に許さないっすよ」


 ルークは即答した。言っていることが矛盾しているが、それとこれとは別問題だ。信用できたところで、すんなりと渡すわけがない。ありとあらゆる手を尽くして、移籍を妨害する所存である。


「そうですか……」


「だから、こいつに興味を持ったらダメだって……」


 アンナは可哀相なものを見る目でルークを見つめながら、アンナの肩に手を置いた。


 静かに時が流れるが、ぼんやりとはしていられない。アンナが小声で「行くわよ」と呟き、一行は街の外へと歩き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ