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エロい人

「雇ってくださいっす! お願いします!」


 ある男が若い女性の大きな胸を凝視して頭を下げた。この男の名はルーク。ある冒険者パーティで荷物持ち(ポーター)をしていた男だ。少し長めの金髪を振り乱し、若い女性に向かって一心不乱に頭を下げている。



 遡ること1時間前。レンガ造りの建物が立ち並ぶ地方都市の宿屋の前で、ルークは自身が所属する冒険者パーティのメンバーたちと揉めていた。


「もうっ! だから男なんてやめようって言ったのよ!」


 背の低い女性が声を荒らげる。すると、優しそうな顔立ちの女性がなだめようとした。


「でも、荷物持ちは男の方が……」


「そんなの、あたしたちだけで分担して持てばいいわ」


 そう答えるのは、リーダーのシンディだ。彼女らは旅をしながら魔物を退治することを生業としている。そのような仕事をする者は冒険者と呼ばれ、彼女らは中でも優秀だと言われる集団であった。


 この国の冒険者は独立した事務所を構えていて、独自に依頼を受けて任務を遂行する。所属する冒険者の数はマチマチで、数十人の冒険者を擁する事務所もあれば、1人で事務所を構えている冒険者も居る。

 そんな中、彼女らは事務所を持っていない。旅をしながら行く先々で依頼を受注する、という方針を取っている。ルークはこのパーティで荷物持ち(ポーター)をしていた。


「パーティに男が居れば、変な男に言い寄られたりしないよ……?」


 シンディたちが議論を繰り広げる中、ルークはここぞとばかりに口を挟んだ。


「そうっすよ! 俺が居れば、変な男が寄ってこないっすよ!」


「あんたが一番変な男なのよ! いい加減にして!」


 ルークはそれなりに役に立っていたが、それでもシンディには『ルークが不要だ』と感じるだけの材料があった。


「そんなぁ……」


 ルークは絶望に満ちた表情を浮かべた。ルークはシンディに対して強く出ることができない。なぜなら、彼はただの荷物持ちであり、メンバーの中では使いっぱしりの役割だからだ。


 彼は力の勝負になったら彼女らには勝てないと考えている。そのため、シンディの決定に抗うことができなかった。


「うちらについてこないでね」


 シンディは踵を返しつつ冷たく言い放つ。この言葉がトドメとなり、ルークは両膝を地面についた。そして、遠くに消えていくシンディの姿を目で追った。


 それから間もなくのこと。絶望に打ちひしがれるルークの前に、1人の女性が通りかかった。その女性は、腰まで伸びた金色の長い髪をなびかせて颯爽と歩いていく。

 ルークはその姿から目が離せなくなった。吸い込まれるように、ふらふらと女性の後をつける。


 やがて女性が立ち止まったのは、街の大きな掲示板の前だった。この掲示板は、市民が広告を貼ったり新聞を貼ったりすることに使われる。情報伝達手段が乏しいこの街の住民にとって、重要な情報源だ。


 女性は鞄から1枚の紙を取り出し、掲示板を見回す。すると、古びた紙を1枚剥がし、空いた場所に持っていた紙を貼り付けた。


 ルークの視線は女性から広告に移る。その広告に書かれていたのは、『アンナ冒険者事務所、事務員募集』という文字だ。たった今失業したルークにとって、まさに渡りに船であった。


「あれっ!?」


 ルークは不意に声を漏らす。女性から目を離したスキに、女性の姿はこつ然と消えていたのだ。ルークはしきりに辺りを見回し、女性の姿を探した。すると、交差点を曲がっていったのが見えた。

 ルークが慌てて一歩を踏み出した時、広告の前に数人の男たちが立ち止まった。ルークはぎょっとした目で男たちを見るが、男たちの目的はルークとは違ったようだ。


「こんなことをしたって無駄だってのに……」


 リーダー風の男が、広告をビリッと剥がして呟く。


「勝手に独立するなんて、アンナはバカな女っすね」


 手下風の男が嫌らしい笑みを浮かべて言うと、リーダー風の男は顔を歪ませながら広告をクシャッと丸め、道路脇に放った。


「オレたちには関係ない話だ。さっさと行くぞ」


「うっす」


 丸くなった広告は石畳の上を転がり、草むらに引っ掛かって止まった。ルークはその広告を拾い、口元を緩める。


「これしかない……!」


 ルークはクシャクシャになった求人広告を握りしめ、アンナを追って駆け出した。


 忘れもしない、長くてきれいな金髪。後ろ姿でアンナだと理解したルークは、アンナの前に回り込んだ。


「アンナさんっすね! 俺を雇ってください!」


 これがことの顛末である。



 ルークはアンナの胸をしっかりと見据え、深々と頭を下げた。彼は今を逃すと再就職が厳しいと感じている。が、彼にはもう1つ重要な理由があり……。


「ええ……? あんたが? なんだか頼りないんだけど……」


「俺はポーターなんで、何でも運べるっすよ! パンツでもブラでもタイツでも、どんな物でも任せてほしいっす!」


「どうして下着ばかりなのよ!」


 そう。ルークの頭の中は()()でいっぱいだったのだ。


「あ……剣とかも持つっすよ? ついでに」


「そっちがメインだから!」


 本来、ポーターの役割は前線で戦う人の負担を軽減することである。ルークもそれは心得ている。剣や鎧などの重量物はもちろん、テントなどの野営道具や入手した素材などの運搬もポーターの役割だ。

 危険な上に地味で体力がいる。若いうちしかできないことなので、専業のポーターになる人間は少ない。見習いなどの下っ端に任せるのが通常だ。


「給料はいくらでもいいっすから! さっきまでAクラスパーティのポーターだったんす。役に立つっすよ」


「へぇ? どうして辞めちゃったの?」


 アンナは少しだけルークに興味を持った。専業のポーターが珍しく、さらに高ランクパーティに在籍していたという実績は貴重である。求めていた即戦力になると思い、話を聞く気になった。


「それが、酷いんすよ。ちょっと着替えを覗いて、胸を触って、風呂を覗いただけっすよ」


「……不採用!」


 アンナは害虫を見るかのような目でルークを睨みつけた。しかし、これがルークの日常である。朝は着替えを覗き、昼は意味もなく抱きつき、夜は風呂を覗く。ルークはこの日課を一年間続けた。シンディたちは頑張った方である。


「ちょっと待ってくださいよぉ! 覗くくらい、いいじゃないっすか。減るもんじゃないし……」


「不快なのよ!」


「えぇ……? そこをなんとか! このままじゃ餓死しちゃいますって!」


「ポーターは間に合っているわ。だいたい、募集要項をよく見なさいよ。『事務員』って書いてるでしょ? あんた、事務できるの?」


 アンナはルークが持っていた広告を奪い取り、『事務員募集』という文字をトントンと指で叩いた。


「う……頑張るっす! 雑用でも何でもやるっすよ! トイレ掃除も、風呂掃除も、洗濯も!」


「どれも任せたくない作業ね……」


「何を考えているんすか? 変なことはしないっすよ?」


 ルークはキョトンとした顔で言う。雑用と言われて思い付いた作業を述べただけである。ただし、とっさに出てくる言葉は普段から考えていることでもあるわけで、ルークにとってはシンディたちのパーティに在籍していたときからやりたかった作業だ。


 アンナはそんなルークの下心を見抜いたように、厳しい表情を浮かべて言い放つ。


「とにかく不採用だから。さっさと帰って」


「そこをなんとか! お願いしますよ!」


 ルークはそう言い上がら、膝をついてアンナの腰にしがみついた。アンナは強引に引き剥がそうとするが、ルークも負けてはいない。ルークは全身全霊の力を持って、アンナの臀部(でんぶ)に顔をうずめている。


「離れなさいって!」


「いや……もうちょっと……」


 アンナの左尻に押し付けられたルークの顔は、鼻の穴が膨らんで目尻が下がっている。しきりに口元を動かし、スーハーと何度も深呼吸をしているように見える。当然ながら、アンナにとって気持ちの良いことではない。


「意味変わってるでしょ!」


 アンナはルークの頭を拳で殴り、ルークを強引に引き剥がすことに成功した。


「痛ったぁ……」


「自業自得! じゃ、あたしは帰るわ。検討してあげるから、今日のところは帰ってね」


「待ってくださいよ! まだ名前も言ってないのに! 断る気満々じゃないっすか!」


 ルークは地面に膝をついたまま、もう一度アンナの腰に手を伸ばした。アンナはルークの額を押して払いのける。そんなやり取りを数回繰り返すと、突然あたりに若い男の声が響いた。


「あっ! ちょうどいいところに!」


 すると、薄汚れた麻布の服を着た青年がアンナのもとに駆け寄ってきた。


「あれ? どうしたの?」


 アンナは意外そうな表情を浮かべながらも青年を迎え入れた。アンナと青年は顔見知りの関係だったようで、ルークの存在を無視して会話を続ける。


「今、依頼を出しに行くところだったんですよ。うちの村で魔物が暴れているんで、すぐに来ていただけませんか?」


「……急に言われても、準備ができないわよ。今はちょっと立て込んでるっていうか……」


 アンナはあからさまに迷惑そうな目をしているが、その視線はルークに向いている。アンナが今抱えている一番の問題は、視線の先に居るセクハラ小僧だ。当のルークは、ここぞとばかりに口を挟む。


「人手が要るんじゃないっすか? 俺ならいつでも動けるっすよ?」


 アンナはしばらく考える素振りを見せると、深くため息をついてゆっくりと口を開いた。


「はぁ……。仕方がないわね。今回だけよ。今回だけは同行を許可するわ」


「あざっす!」


 求人が出されているなら、人手は足りていないはず。さらに、アンナは独立したばかりだと聞いた。仕事が無くて困っているはず、ルークはそう考えて提案をした。その予想が的中し、アンナはルークの手を借りることを選択した。


「そのかわり、役に立たなかったらすぐに叩き出すからね?」


「うっす! 了解っす! ルーク16歳、死ぬ気で頑張るっす!」


 Aランクの冒険者パーティを追い出されたルークは、こうしてアンナの冒険者事務所に仮採用されることになった。アンナの苦難は始まったばかりである……。

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