朝の勇者と不思議の森
パパはいつも電車を1本見送るんだ。
そして列の先頭に立って次に来る電車を待つ。
ドアが開いて何人かが降りると、続いていっせいに人の波が車両に向かってなだれ込む。そんなときパパは僕の脇の下にスッと手を入れて、まるで荷物を運ぶように持ち上げるとイッキに一番奥、ドアの前を目指すんだ。
毎日のことだもん、僕も少しは覚えたよ。
バッグに小さなマスコットをたくさんぶら下げてる制服姿のお姉さん。いつも背広のボタンを留めてないおじさん。大きなヘッドフォンを着けてゲームをやってるお兄さん。ほんとにいつも同じ顔。だからみんなみんな、僕をドアのところに立たせてパパがその前に立つことを知ってるんだ。
そして満員電車の波の中、パパは僕をドアに張りつかせるとまるで護るようにして立ってくれるんだ。
パパが立つその向こうには通勤ラッシュの足、足、足、まるでそれは僕の背丈よりも高い葦、葦、葦の群れみたい。そう、今、僕は不思議の森の中に迷い込み勇者に守られてる気分。
毎朝の満員電車、そこは僕にとって身近な異世界なんだ。
朝の勇者と不思議の森
―― 完 ――