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前日譚。少々実験をさせてくれないか?※グロあり。

 暴力、グロ、流血注意。


 不快に思う表現があります。


 ※ネタバレを含みます。

 気付いたときには彼は、独りだった。


 彼に親は無く、頑丈な石造りの、暗く冷たい牢の中に独りでいた。


 月に二、三度投げ込まれる、冷たくて血の気が全て抜けたソレ(・・)が、彼へ与えられる餌だった。


 彼は最初、ソレ(・・)を食べることが(いや)で厭で堪らなく、ソレ(・・)を拒否した。


 しかし、何日もソレ(・・)を食べないで飢えに耐えていたら、彼の主を名乗るモノが現れ、その瞳を淀んだ血の色に輝かせて彼に「喰え」と命じた。


 すると、彼の思考に霞が掛かり、彼の意志とは無関係に身体が動いて……


 彼は、ソレ(・・)を喰っていた。


 それからの彼は、身体と意志とが解離した状態で、記憶がとても曖昧になってしまった。


 牢の中でぼんやり過ごし、投げ込まれる食べたくない(・・・・・・)餌を、主を名乗るモノに無理矢理処理させられて、無為に日々が過ぎて行った。


 ところが、彼のそんな日々は唐突に終わりを告げることとなった。


 主を名乗るモノが死んだという(しら)せと、


「無事かっ!? ……お前っ……喰った、のか? いや、喰わされて……っ!」


 という低い声と共に――――


※※※※※※※※※※※※※※※


「お前、名前は?」


 くすんだ金髪に緑灰色の瞳の、とても長身の男が、彼を牢から出して聞いた。


「……人狼(ヴェアヴォルフ)の、ガキ……」


 彼は、主と名乗るモノが彼を呼んだ言葉を答えた。久々に喋ったので、掠れた声で。


「それは、種族名だ。名前も無い、のか……?」

「?」


 彼には、その長身の男が苦い顔をした意味がわからなかった。


「血に狂った同族は…………すまないが、助けてやれない。俺を恨んでくれて構わない」


 緑灰色の瞳が、憐れむように彼を見下ろす。


「?」


 しかし、彼には憐れまれる意味もわからない。男が苦い顔で腰に帯びた剣へ手を掛けたとき、


「エレイスの若君」


 女の声がした。


「! なんだ、人魚」

「その子供を手に掛けることを躊躇うならば、少々実験をさせてくれないか?」


 男の格好をした小さい女。


「実、験? ……回収はもう済んだのか?」

「ああ。感謝する」

「……なにを、するつもりだ?」


 男が警戒するように女に聞いた。


「××を喰えなくしてみようと思ってな? そうすれば、手に掛ける必要もあるまい」


 アクアマリンの瞳を煌めかせ、女が言った。


「……せめて、コイツに決めさせろ」

「ふむ……それも道理。では、人狼の子よ」


 女が彼を見下ろし、聞いた。


「君は、外を見たいと思わないか?」

「そ、と……?」


 彼は、頷いた。


「では、実験をしよう」


 女が、にっこりと微笑んだ。


※※※※※※※※※※※※※※※


 数日後。彼は、地獄を見た……


 彼は、理性が飛ぶ程に飢えさせられた。そして、その彼へと女が白い腕を差し出した。


 彼は彼女の腕へ喰らい付き、彼女は彼の身を刻みながら、彼へと刻み込む。


「お前は人間を喰らうことができなくなる。お前は、人間を喰えない。お前の身体は、人肉を受け付けない。胃が受け付けなくなる。口へ入れると、吐き出してしまう」


 美しい魔性の声が、彼の心身を侵すように、痛みと共に深く深く染み込んで行く。


 彼は彼女の白い肌を血塗(ちまみ)れにし、彼女は彼を自身の血と彼の血とで染め上げ――――


 体力が尽きては気絶し、血の匂いで目を覚まし、彼女へ喰らい付いては、その身を刻まれる。


 何度も何度も繰り返される赤い地獄の苦痛。


 やがて彼が正気に戻ると、彼女は(たの)しげに笑っていた。とても愉しそうに……


「ふふっ、フハハ、アハハハハハっ!? 成功だっ! アハハハハハハハハつ!!!!」


 狂気を感じさせる、血に染まった美しい笑顔。爛々と輝く、酷く無邪気なアクアマリンの瞳。


 そして――――


「よく頑張ったな?」


 低いハスキーな声がした。


「?」


 ぼろぼろになった彼を抱き留めてくれたのは、とても大きな男。深緑の瞳が彼を見下ろし……


「相っ変わらず、エグいことしやがる。ンで、アンタがそこまでする理由はなんだ? 下手すりゃ、どっちかが死んでたぞ」


 落ちる瞼の中、男と女がなにかを話す。


「うん? 単に、実験を思い付いたからだ。特に理由は無い。その子供が死んだら……また次の機会に実験をしていただろうよ」

「……そうかよ?」


 呆れたようなハスキーがして、彼は意識を失った。


※※※※※※※※※※※※※※※


 彼が目を覚ますと、血を落とした女と長身の男がなにかを話していた。


 彼も、血が綺麗に洗い流されたようで、銀灰色の毛並みがふさふさしている。


「ところで、人魚の」

「なんだ? エレイスの頭領殿」

「暫くは、俺もアンタ達に同行させてもらう」

「成る程。経過観察、か。では、宜しく頼もう」

「応。それで、この子の名は?」


 彼が起きたことに気付いたのか、深緑の瞳とアクアマリンの瞳が彼を見下ろした。


「ふむ……確かに、名が無いのは不便だな。では、今日から君の名は……(シルト)だ。私の盾になるがいい。君が飽くまで、付いておいで」


 こうして彼は名前を手に入れ、彼を救った彼女に付き従うこととなった。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 とある狼さん達でした。

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